第18話 アデルモ侯爵
今日は元の世界のカレンダー的に祝日になるので授業は休みだ。
この世界に来てから7日も経っている。これまで魔物との戦いの準備という名目で生徒達の息抜きをさせていなかったように感じる。生徒達もよく「あんまり」文句も言わずによく耐えている。本当なら家が恋しくて部屋に引きこもってしまう生徒がいてもおかしくは無い。彼らはまだまだ子供で、多感な時なのだから。一度だけ朝食に起きてこない生徒がいたが、夜中に限界までスォッチでゲームをしていて起きられなかったというふざけた理由だった。誰とは言わないが、水野なのだが。そんな果物をくっつけるゲームって睡眠時間を削る物なのだろうか?
さて、メンタル強者の生徒達に囲まれて嬉しいやら、学級崩壊しないか心配になるやら感情がもにゃもにゃしならがら朝食を取る。今日は授業は休みで、部屋で休みたい者は自由に休んでもらい、街に出たい者は10時集合で集まることになっている。
結局、一人を残して全員が参加することになった。
で、その光景に遭遇したってわけ…。
それは、髪の薄い小太りの半裸おじさんが逆さづりで柱に縛られているところだった。
「お前ら!こんなことをしてタダで済むと思っておるのかぁ!」
おっさんの怒号が犯人達に向けられる。
「ふん、それが貴様の最期の言葉になるかも知れんのだぞ?」
「お前のこれまでの所業、地獄で詫びることだな!」
犯人はうちの生徒達だった。彼らの周りには縛られ猿ぐつわをされた知らない人たちが転がっている。生徒達がこの人たちを襲撃して全員で取り囲んでいた。前に出ているのは中村と田所、確か守護る会とイリス隊だっけ?お前ら息ぴったりじゃねぇか。
起き抜けに逆さづりの半裸おじさんは胃にもたれるな…。
「あの…、あの…、おやめください…」
「みんな、暴力はいけません」
佐藤先生とイリスはおろおろして生徒達を止めようとしている。なんかイリスはいつもこんな感じだな。ウチの生徒達がいつもごめん。
「おいおい、何事だこれ?」
「あ、先生。おはようございますっ」
「お、今頃来ても好感度は稼げねーぞ?」
中村は俺に丁寧に挨拶、田所は雑に返答する。で、結局どんな状況なのこれ?
「おい、貴様がこいつらの主か!さっさと儂を解放せんか!」
俺は半裸のおじさんの前までいく。うーん見たことない人だな。
「で、誰?この人?」
「アデルモ侯爵です…」
「アデルモ侯爵…。聞いたことあるような…」
「いいからさっさと放さんか!貴様ら平民かなにかは知らないが儂に手を出してただで済むと思うなよ!」
「やっぱり思い出せないな…。こういうのって時間が経ったらふと思い出すこともあるから、無理に思い出さないようにしてるんだよな。本当に大事なことなら忘れないだろう理論な」
「あの…、昨日お話しした…私の婚約者です…」
「あ、そうだった!思い出した思い出した!」
「先生っ。完全に答え聞いてからだと思い出したと言えないのでは?それより、我々のイリスたんを守護る会イージスにこの男の断罪の権利をお与えください!」
「いや、俺たちイリスちゃんファンクラブ・イリス隊にその権利があるはずだ!」
「なにおー」
「やるかー」
「えーい。話が進まんからやめい」
好きにさせるとめちゃくちゃ脱線するからなこいつら。その設定生きてたんだ。
こういうときの解説係イリスに話を聞く。ついさっきアデルモ侯爵がイリスを訪ねてきた。彼はイリスを馬車に連れ込もうとしていた。そこにまず居合わせた田所達が侯爵家の配下40人を襲撃、その騒ぎを聞きつけた中村達が合流し、アデルモ侯爵を含む41人を殲滅した。そして、全員を拘束していまに至ると…。
「お前ら現職の貴族を相手になかなかやるやん!ナイスファイト!」
「へへー、凄くないですかぁ?」
「ま、当然だけどな」
「これはなかなか訓練の成果でちゃってるんじゃないのー」
武装した集団を生徒達だけで制圧出来たのはなかなかにデカい。相手は武器を抜いて応戦してきたが、「すご合」の加速状態で中距離からの魔法の連打で一方的にボコしたらしい。ファイアー・ボルトで焼かれたであろう地面が香ばしいにおいを発している。侯爵クラスの貴族がいたのならそこそこのレベルの魔法戦闘になったであろうに詠唱を終える前に物量で押し切れるのは良い結果だ。これは嬉しい結果だ。
「お…おい…そろそろ…たす…け…」
「おっと、そうだった。助けてやろう」
人間って逆さづりになると何分持つんだっけ?とにかく、アデルモ侯爵の顔色が赤から青に変わってきていたので、さすがにヤバいと彼を降ろす。拘束はさせてもらうけど。
「貴様ら!侯爵である儂にこんなことをしてどうなるかわかっているのか!」
アデルモ侯爵は懲りずに怒号を発する。
「どうやらお仕置きが足りないようですねぇ…」
「拷問の仕方って200種類あんねんな…」
「お前らは話が進まないから引っ込んでなさい!」
中村と田所を下がらせてアデルモ侯爵と話をしよう。
「でも、あれな。生徒達も殺気立ってるから侯爵も発言には気を付けてね」
「わ、わかった…」
俺の後ろでは「ガルルガルル」と生徒達が唸っている。やめなさい。
「で、何しに来たんですか?」
「それよりお前たちは何者なんだ?儂の兵隊をこうも容易くあしらってしまうとはなかなかの腕じゃないか。よし、儂が直々に取り立ててやろう。ここにいるという事は公爵の直属では無いのだろう?ならば儂が…ぐほっ」
俺はその辺にあった木の棒を侯爵の口に突っ込んで話を止める。
「質問に質問で返すんじゃねーよ。うちの番犬どもをけしかけるぞ」
「「「ガルルー」」」
生徒達が唸っている。ここはあれだな、俺たちが使徒だということは言わない方が良さそうだな。どう考えても侯爵はイリスに協力的では無さそうだ。
「でもまあ、あれですね…。イリスにヤバい手紙送ってきた印象とちょっと違いますね」
「貴様!あれを読んだのか!イリス!あれは儂とお前だけの会話だろ!なんでこんな訳の分からないヤツに見せたんだ!」
「ほら、また熱くなる。番犬をけしかけますよ?」
「いや、先生。それは先生が悪いと思うんだけど…」
「俺もこれにはおっさん側だな。俺も男だし…」
あれ?番犬機能しないじゃん。これは俺が悪いのかな?ちょっと周囲を見渡してみる。どうも俺の方が旗色が悪いようだ。お前らのおじさんへの理解度なんなの?
「こほん。で、何しに来たんですか?」
「そんな物は考えるまでも無い。儂の妻になるイリスを迎えに来たのだ。こんなところに居ても魔物に食い殺されるだけだろう。儂の領地は魔物の侵攻ルートからは離れている。みすみす見殺しにする道理はあるまい」
なるほど。確かにこれは一理あるかもしれない。俺たちがいるとは言え現状では魔物の軍勢に勝てる可能性は高いとは言えない。残り2、3日で万全の体制が整うかどうかは相手次第といったところだ。実際の魔物の強さが話でしか聞かされてない以上、安全策をとるならば侯爵の領地に全員で避難するというのは悪くない手ではある。その場合、イリスは望まない結婚を早めることになるのだろうが…。
イリスの気持ち次第ではあるが、心情的にはこの案は却下だな。ここまで来たらイリスにはなんとか幸せになって貰いたいという思いはある。それは生徒達も同じだ。なら、出来るだけのことをやって、道を示してやるのが大人ってもんだ。
まずはイリスのお気持ち確認が最初だな。
「イリスはどうしたい?」
「貴様!黙って聞いていれば儂のイリスに馴れ馴れしいのではないか!身分を弁えろ平民が!」
「ばんけーん」
「「「ガルルー」」」
「ひっ…」
「全然話進まないからクレバーにいきましょう」
「お、おう…そうだな…」
脅しておいてクレバーもあったもんじゃないが、静かにさせなければ話にもならない。話を聞いても帰ってもらうだけなんだけど。
すると、イリスは堂々とした立ち振る舞いで侯爵の前に歩み出ていた。そして、毅然とした態度で言う。
「私は逃げません。私にはこの街の領主として、公爵家の娘としてこの街で最期まで戦い抜きます」
彼女の声は優しい。しかし、この時ばかりは強い貴族の姿が見られた。
イリスの決意は変わらない。ならば俺たちはそれを助けてやるだけだ。
「アデルモ侯爵。お引き取りを」
「なあ、イリス儂と一緒に来るのだ。ここにいてもお前はただ殺されるだけだ。それにお前はまともに魔法を使えないのだろう。お前が出来ることなどなにもなかろう。儂と一緒にくれば女としての幸せを与えてやれるのだぞ」
さすがにキモ過ぎると思ったが、水を差すわけにはいかないのでグッと堪えた。
「私にも貴族としての矜持があります。それとも父の命でここにいる私に命ずるということは、侯爵はロドス家に弓を引くと考えてよろしいのですか?」
「わ、わかったわかった。儂の負けだ。後悔しても知らんからな」
アデルモ侯爵はベタな捨て台詞を吐いて配下の者をたたき起こし、帰り支度を始めた。
「貴様ら覚えてろよ。仮に生き延びたとしても儂に逆らったことを死ぬまで後悔させてやるからな!」
「さすがにベタ過ぎるでしょ」
アデルモ侯爵達は馬車に乗り込み、文字通り尻尾を巻いて逃げていった。
「おとといきやがれ!」「次に会ったときが貴様の命日だ!」「家に帰ってチー牛でも食ってろ!」「それはチー牛に謝れ!」「ママのおっぱいでも吸ってな!」「それもママに謝れ!」「やめろ想像したら気持ち悪くなってきた!」「お前の毛根が死ぬ呪いをかけた!」「消毒してやる!」「地面舐めさせてやんぜ」「パパ活きめぇ!」
生徒達は思い思いに逃げ帰る侯爵に罵声を投げ続けている。ここはここで治安悪いな。
「…先生」
イリスはちょこちょこと俺の側まで歩いてきた。
「褒めてください」
「はい?」
「私はこれまで大人に言われたことは正しい物なんだって思って生きていたんです」
「そうなのね。偉いね」
「違うんです。私は聞き分けのいい子で、きっとそれが正しいことだって思っていたんです。お父様も他の大人たちもきっと私が思いもつかないようないろんな事を抱えていて、私はみんなの期待とか信頼に応えることが正しいって思っていました。けど…それだけじゃないってことが分かったんです」
「そうなの?」
「はい。使徒様方に出会って、黒羽様に出会って、いろんな話を聞いているうちに、自分の気持ちを考えるようになったんです」
「なるほどね。現代倫理観でフルボッコってやつね」
現代の知識とか倫理観が異世界で通じるとは限らない。倫理観は人の歴史が作り上げる物だ。地動説・天動説みたいな話だ。イリスのためにと思って言ったことが、彼女の幸せを奪うことになるかも知れない。
「黒羽様、私は凄く動揺しています…」
「それは…なんかごめんな」
「なんで謝るのでしょうか?」
「いや、もろ刃の剣ってやつだなって。この世界で生きるイリスにとってどうすることが正しいのかわかってなかったのかも知れないな」
「そんなことをお考えになっていたんですか?黒羽様や使徒様方は間違っていません!ただ、こんなことは初めてだったんです。大人の人に言い返すなんてしたことなかったから…」
「大人ってハゲルモ侯爵のことね」
「え?はいアデルモ侯爵…。私はお父様の決めたことだから、侯爵との婚約も正しいことなんだって思っていたんです。でも、使徒様方からそれは違うって言われて、お父様と使徒様とおっしゃることが違うので考えることが出来たんです。私はやっぱりアデルモ侯爵が嫌いです。だから婚約はしたくないんです。だからアデルモ侯爵に言い返してやったんです」
言い返したって程の事は言ってなかったけどな…。それはあれか、うちの生徒達の暴言を聞きなれているからそう思っちゃうのか。
「黒羽様、手を握ってみてください…」
「ほい」
イリスが差し出した手を握る。
イリスの手は震えていた。
「私怖かったんです…。でも頑張ったんです。だから褒めてください!」
「お、おお。なんとなくわかった。頑張ったなイリス」
「はい…。頑張りました」
俺は言われるがままにイリスの頭を撫でてやる。イリスは目を細めてそれを受け入れている。
頑張ってるけどまだまだ子供なんだろうな。
こんな我儘なら聞いてやるのも大人の務めだろう。
「イリス。侯爵の件は置いておいて、自分で考えることが出来たなら、ここから逃げるっていう選択は出来ないのか?」
良い子過ぎるイリスは彼女なりに小さな反抗期を迎えた。なら、父親の言われるがままにここに留まる必要もないのではないか。
「黒羽様。それは違います。私は私の考えでこの街に残ることを決めたのです」
イリスは俺から撫でられるのを止め、俺の目を真っすぐに見据えて言う。強い目線だ。彼女の決めた思いがあるのだろう。
そういうのを持ってこられると弱いのが教師ってもんだ。合理性よりも思いを優先させてやりたくなるものだ。
「街に行けばきっと私の思いを分かっていただけると思います。いきましょう」
俺はイリスと共に生徒達と合流する。
「くんくんくん。なにやらラブでコメな匂いがしますぞ?先生?よからぬことはしていないでしょうな?」
生徒達と合流すると中村から疑いの目を向けられた。なんでも色恋に結びつけるんじゃありません。
教師召喚~アラサー教師が異世界魔法を書き換えた結果~クセツヨ生徒達といく英雄譚「これが我が国の攻撃魔法です」「え、こんな魔法でよく戦えてたな」 喜一 @aizawa01
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