第2話 隷属されるかも知れない魔法

金髪碧眼の美少女に連れられて、俺たちは城の中を進んで行く。ともかく詳しい話をするために応接間に案内してくれるという。


現状の確認は大事だ。


一応、即効性の危険は無かったとは言え、未知の場所に放り出された俺たちには情報が足りない。ここはどういう場所なのか。何を要求されるのか。どうやったら帰れるのか。聞きたいことは山ほどある。


城はなかなかに荘厳な造りで、崖の上に建ち、城下を見渡せるようになっていた。なーろっぱを思わせる街並みが広がっている。そして、これまた定番の城壁が街を取り囲んでいた。この規模だと結構な大都市と言えるのではないだろうか。人口は5万人は超えるだろう。この時代としてはなかなかの都市になるのではないだろうか。そんな街の規模に対して人の往来が少ない気もするが、この世界ではそんなモノなのかも知れない。


いろいろと考え込んでいる俺とは正反対に、生徒達はご機嫌だ。「キター」「俺の冒険は始まったばかりだ」「デスゲームの始まりだ」「追放される」と、思い思いに声を上げている。物騒なことを言っているヤツもいるが、その顔には喜色が見えている。ラノベ、異世界物ネイティブの彼らにとって異世界召喚は定番の物ではあるし、それぞれに知っている作品もあるのだろう。


後で聞いてみよう。


話の内容によっては異世界に召喚されたのでは無く、ゲームやラノベの世界に入り込んだ可能性もないとは言えない。


そうこうしている内に、応接間までたどり着く。長テーブルに俺と佐藤先生、向かい合って金髪美少女が座る。生徒達は急遽用意されたアンティーク調のふかふか椅子にそれぞれ座る。


「私はイリス=ナヴァル=ロドラ。この街の領主代理を務めています。どうぞイリスとお呼びください」


金髪碧眼の美少女が丁寧に挨拶してくれた。俺たちも簡単に自己紹介を行う。


ああ、見た目と登場の仕方からお姫様的な何かだと思っていたけれど、領主様だったか。なぜだかわからないが肩透かしを食らった気分だ。生徒達の一部からも「ああ~」と声があがる。おいおい失礼だろが。


「何か残念がっていませんか?」

「い、いえ。そんなことは無いですよ」


イリスが生徒達と俺の顔を見て言う。やばい、顔に出ていたか。


彼女は仕切り直して話を始める。


「使徒様、なにはともあれ私共の召喚に応じてくださりありがとうございます」

「応じると言うか急に呼び出されて拉致られた気分ではありますけど」

「ら、拉致…」


イリスはビクッとして、瞬時に青い顔になる。そして、おもむろに取り出した分厚い本をめくり、何かを調べ始める。


「こういったパターンは初めてなので…」


なにやらブツブツ言っている。


「あ、ありました。えっと…。そういう物だから諦めてください、ですね」


とんでもない事を言い出した。


「いやいや、それで、はいそうですかとはならんでしょう」

「え、そうなのですか?」


キョトンとした顔になる。あれ?この子ちょっと天然か?


「と、とにかく現状の説明からさせて頂きたいと思います」

「結構強引に話進めるタイプなんですね」


ともあれ情報が欲しいのは事実だ。一旦は黙って話を聞こう。


「それでは…」


イリスはコホンと咳払いすると話し始めた。


彼女の話を要約すると。

この世界は期待通りというかなんというか剣と魔法の世界である。

使徒とは世界の危機に度々現れ、世界を救ってきた英雄たちの総称。

使徒は異世界から召喚された者のことで、使徒は女神の加護を受けており高い魔力を持っている。

そしてここはソディアと呼ばれる大陸にあるカルガイア聖王国の西にあるサンクリッドという街。

最近、魔物や亜人の動きが活性化し、大群となり隣国を滅ぼしてこの国に侵攻してきた。

後、10日もしない内にサンクリッドまで攻めてくる。

この動きに魔物の王、魔王の復活が予見されている。

どうか私たちを救って欲しい。


イリスの話を聞いて生徒たちのテンションは爆上がりしている。剣と魔法のファンタジー世界でチート有りとなれば、俺もワクワクが止まらないところだが、生徒たちのことを考えるとそうも言っていられない。異世界から人を呼ばなければ対処が出来ないような危機的な状態。だからこそ俺たちが呼ばれたのだろう。それも始まりの町から始まるのでは無く、10日後に滅んじゃいそうな場所に呼び出される。こんなんムリゲーですやん。


「使徒様がこんなにもたくさん応じてくださるなんて、嬉しい誤算でした」


イリスの声が弾んでいる。本来なら一人でも強力な戦力となる使徒が生徒20名、教師2名、運転手さん1名の23名もいる。過剰戦力もいいところだ。地下にある墳墓にも匹敵するやも知らん。


「まあ、そっちの事情はわかるけれど生徒達を危険に晒すわけにはいきませんのでお断りします」


俺はきっぱりと断る。イリスはそれを察してうるうると涙目になり、懇願するように俺を見つめてくる。


「えぇぇ、なんでですかー」

「いきなり呼び出されて、さぁ殺れって方がなんでですかでしょうが」

「ちょっとだけ…さきっちょだけでもダメですか?」

「言い方!さきっちょってなんのですか!?」

「他の使徒様はみんなやってますよ」

「セールストークみたいなこと言い出した!?」

「今回特別に!異世界召喚された方限定の!ご依頼になります!」

「動画の倍速動画かな?脱毛しないよ?」

「そういえば聞きました?ご近所の使徒様、魔王討伐に行くんですってぇ」

「主婦の井戸端会議かよ!どこでそんな言葉覚えてくんだよ!」

「はい!これです!」


彼女は嬉々としてさっき読んでいた分厚い本の表紙を見せる。


そこには『図解使徒様大百科(聖教会出版)』と書かれている。


「これは聖教会が出版している教本で分かりやすい図解で使徒様のことが事細かに記されているんです。200年前に私たちの王国に降臨された使徒様ショーイチ様を中心にこれまでに降臨された12人の使徒様達の趣味やお言葉、好きな食べ物から、日頃の習慣など多岐に渡り記されています。使徒様のことをより深く理解するための重要な書物ですよ。私のおすすめはスズキユウジ様の章で、忘れられた迷宮での大冒険とか神の試練の塔の話なんかは有名なんですけど、使徒様のいた世界のことなんかも描かれていて、新鮮で面白いんです。使徒様の元いた世界の鉄のイノシシってなんですか!あと、昆虫の改造人間?が正義の味方でキックで魔王を倒すとか…」

「ストップストップすとぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぷ!」

「申し訳ありません。取り乱しました」


急に早口でまくし立てるように話初めて圧倒されてしまった。先ほどからなんとなくチグハグな言動の一端はこの聖典?の影響によるものだろう。後から聞いた話になるが貴族であるイリスは、一般教養として召喚者の知識を教え込まれるらしい。この召喚者こと使徒の物語は聖教会を通して世界に広まっている物らしい。


「言葉の意味わかって使ってんのか?さきっちょだけとか…」


イリスが不思議そうな顔で首を傾ける。


「異性に対して頼みずらいことをお願いする時に使う言葉だと記されていましたけど?」

「違わない!違わないけれど!」

「なにか間違った使い方をしているのでしょうか?」

「年頃の女の子が使っていい言葉じゃ無いから!」

「折角ですので使徒様!正しい意味をお教えいただけないでしょうか!」

「できるかー!」


俺はそう叫んだ後、周囲を見渡す。隣に座る佐藤先生は目が座り、ジトっとした目で俺を見ている。吹き出しを付けるなら「うわぁ」だ。生徒達の反応は様々だが、女子たちからの視線はもちろんきつい。まるで俺が言わせたみたいな空気になっている。俺何にも悪いことしてないのに。冤罪ってこういう風に作られていくのだろうか。話を振ったのは俺だけれど。


イリスはそんな様子を見て小さく噴き出す。何が可笑しいのだろうか。こっちは今後の教師生活に微妙な危険を感じているのに。昨今、教師への風当たりは結構きついんだから。やめてよー。


「いつの間にか敬語がなくなっていますね。使徒様に敬語を使われるのは心苦しいので、そちらの方が嬉しいです」

「そうが、じゃあそうさせてもらおうか」


この世界の領主という立場がどのくらいで、使徒という物がどのくらいの立ち位置かはわからないが、生徒と同じくらいの年齢の子に敬語で話すのはちょっと違和感があった。不敬罪で即刻打ち首なんてことにならないなら、生徒達と話すように話させてもらおうか。


「話は逸れましたが、何卒お力をお貸しください」

「うっ」


イリスは深々と頭を下げる。こんな少女にここまでさせてしまうのは非常に気が引ける。気が引けるが生徒達を危険に特攻させていいはずがない。最悪、俺一人だけならとも思うが、それで俺に何かあった場合、こんな異世界で佐藤先生一人に生徒達の保護を任せてしまうのも可哀そうすぎる。断るしかない。


俺は生徒達の顔を見渡す。きっとこんな急に異世界に召喚されて、魔物と戦えなんて言われて不安に違いない。漫画やゲームとは違うのだ。


「軍曹殿!準備は完了しております!」

「誰が軍曹だ」

「身の程知らずのクソ共に鉄槌を下してやりましょう!」

「田中、身の程どころか状況分かってないのこっちだから」

「奴らの臓物で地が赤く染まるのが楽しみですな」

「北山、物騒過ぎる!」

「あたしは合法で殴れればなんでもいいかな」

「田中、発言がサイコパスなんだよ!」

「サーチアンドデストローイィィィィィィ」

「お前らおかしいよ!」


生徒達は男女共ノリノリだった。嫌だこのクラス。


「ほら、黒羽様!皆様もこうおっしゃってますよ」


イリスは表情を明るくしている。「どやぁ」とまではいかないが「ニマニマ」と言った感じだ。


あかん。周りに味方がいない。


俺は「なら、ええかぁ」となるはずも無く、反対意見の生徒を探す。一人でも反対する生徒がいれば、「少数派を見捨てない」という大義名分を振りかざして断ることが出来る。


生徒達を見渡すと、一人だけ浮かない顔をした女子生徒がいる。水野だ。俺は小さくガッツポーズを取ると、うまく誘導してやろうと水野に話を振る。


「おー、どうした水野ー。やっぱりお前は反対かー?」

「え、あ…はい」


俺は顔のニヤけを抑えつつ、慎重に話を進める。


「まあ、そうだよなー。女子からしたらそんな物騒なことしたくないよなー。わかる、わかるぞ。それが普通ってもんだ。お前は別におかしくないぞー。あいつらがおかしいんだ」


ノリノリ派の生徒達からブーイングがあがる。俺は「だまらっしゃい」と一括する。


「えぇーと、その…」

「ああ、みなまで言うな。お前の言いたいことは分かってるぞ。任せておけ、先生がガツンと断ってやるからな!そんな危険なことできるかーってな。だから安心しろ」

「え、あのちがくて…」


俺は空気が変わるのを感じた。


「あたし、ヌルゲー嫌いなんです」

「はい?」

「なんか、使徒とかっていって、チートっぽいじゃないですか?」

「ん、まあそうかな?どうだろうね?」

「あたし…。こんなん絶対勝てねーだろってボスが出て来て、何回も何回も殺されるんですけど、それにはちゃんとした勝ち筋が絶対あって、相手の攻撃パターンとか、装備とか、立ち回りとか何回も何回も見直して…。それでも何回も殺されるんですけど、それにもちゃんと理由があって…。諦めそうになるけど、もう一回って頑張って、前よりいい感じに出来てたら嬉しくなって…。で、パターンやっと分かってきて、やっと倒せたぁーっていうのが好きなんです」


プラムゲー信者だった…。


現実にそんな世界になったら、人類即滅亡してしまうわ。人間一回死んだら終わりなんだよ?ゲームっていうのは必ずクリア出来るように出来てるからゲームなんであって、現実になったら創意と工夫でどうにもならないこととかいっぱいあるからね。体が闘争を求めて100回リトライ出来るわけじゃないんだからね。


「それなら大丈夫です!」


声を上げたのはイリスだった。


「魔物達は人類ではまともに戦うことが出来ないほど強いですから!」

「あ…。良かった。ならやります」

「全然よくないわ!逆にめちゃくちゃ不安になるわ!」


とんでもない情報が与えられ、何故か反対する者がいなくなってしまった。隣に座る佐藤先生は「え?え?」と困惑した様子だが、生徒達の意志を尊重する構えのようだ。絶対わかってない反応だ。


「仕方ない。わかりましたよ」

「ありがとうござます!」


生徒の安全のためとは言え、ここで俺一人が反対しても話が進まない。そもそもこの世界での生活基盤やら何やら心配事は多いのだ。一旦は彼女の提案に乗っておくのが賢明かも知れない。


「じゃあ、早速ですけどこちらの書類にサインをお願いします!」


イリスは甲は乙にの形式の書類を取り出して来た。細かな条件がびっしりと書かれたまるで借用書のような書類。


内容は「魔物討伐してくださいね」「衣食住はこっちで提供するよ」「犯罪行為はしないで欲しいなー」「出来る限り要望には応えるよー」といった内容だ。佐藤先生にも読んでもらったが、内容自体はそこまでおかしな物じゃなく、魔物を討伐してくれたら行動は制限しないし援助もしてくれるといった内容だ。どこかに小さく「告知なく変更する場合がございます」とか書いて無いか探したが無かった。


「これ、なんか契約の魔法とかでサインした直後いいなりになるとか無いよね?」

「そんな!使徒様にそんなことしません」


その言葉を聞き、俺はサインする。なにはともあれ生活基盤確保か。でも10日位で戦場になるからどうなるかわからないけど。魔物は現地では脅威らしいが、話の流れからすると使徒というのはチート持ちっぽいし、なんとかなるんだろう。知らんけど。


「ところで、魔物ってどれくらい強いんだ?」

「そうですね。魔物の種類にもよりますが、訓練された騎士10人で魔物を1体倒せるくらいでしょうか」

「それはなかなか強敵そうだな。で、こちらの軍勢と魔物の戦力差は?」

「戦力差ですか…。そうですね。街に残ってる騎士はいまここにいる者達を含めて20名、魔物の軍勢は3万ですね」

「いや、無理じゃん!」


単純計算でこちらの戦力は騎士20名と生徒20名、教員2名にバスの運転手さん1名(加えていいのか分からない)の43名。43対30万て一騎当千どころの騒ぎじゃないってなんなの。さすがにちょっと位のチートじゃどうにもならないだろ。どんなチートかわかんないけど。


「諦めたらそこでー」

「試合終了じゃねぇよ!戦力差で胸焼けするわ!」

「でも、さっき契約書かいたじゃないですか!」

「そんなもん無効だ!クーリングオフだ!」

「そ、そんなぁ」


イリスが泣きそうになりながら訴えてくる。生徒とそう年も変わらない子を虐めているようで心苦しい。が、ここははっきり断っておかないと。


「仕方ありません…」


イリスは意を決したように重く呟く。


「この魔法は使いたくなかったのですが…」

「なに?!」

「使徒様を言いなりに出来る魔法を使わざるを得ません…。本当にごめんなさい」


イリスは散文で幻想的な言葉を発する。


言葉をつづられていく毎に彼女の体は僅かに光を帯びていく…。


俺は恐怖した。物語では良くあるものだ。奴隷を使役するための隷属魔法。彼女達には俺たちが全く知らないアドバンテージがある。俺たちが知らないのをいいことに、簡単にハメることが出来るのだ。使徒様だなんだと言われて持ち上げてみても、結局は戦力として利用するのが目的だ。なら、隷属させて逆らえなくした方がよっぽど効率がいい。


そして、イリスは詠唱を終えてしまう。


「いかがですか?」


イリスの体が発光し、特に両手はバチバチと音を立てている。


「まさか…。隷属魔法か…」

「いいえ、充電魔法です。100Vで右手が50ヘルツ左手が60ヘルツ。スマホ、タブレット、ノートPC、スウォッチまで安全に急速充電出来ます!」


「「「従います」」」


全員一致での降伏宣言だった。


現代人には恐ろしすぎる魔法だった。

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