第3話 …あるよ
俺たちにはそれぞれに部屋が割り当てられ、荷物を運びこむ。部屋の造りは現代的とは言い難いが、家具や調度品なんかは貴族様のそれで、使い心地は非常に良かった。ベッドがふかふかで沈む沈む。しばらくはここでおせっかいになるのだろうから少し安心した。
異世界召喚されていきなり野宿なんて耐えられるかどうかわからないからな。俺なら3日と持たない自信はある。ゆるくないキャンプなんてやってられないのだ。
そして、イリスは俺たちを歓迎するために会食を開いてくれた。
「使徒様方、心ばかりですがお食事を用意させて頂きました。お口に会えばよろしいのですが…。どうぞお召し上がりください」
全員が余裕で座れるバカでかいテーブルに座る。生徒たちも思い思いの席に座り、次々に運ばれてくる高級そうな料理に舌鼓を打っている。
俺の前には橘と田中が座っているが、食の進みは遅い。田中は同年代として落ち着いたクールな印象の女子、橘は逆に幼く見える小柄な女子だ。彼女達は出された料理の半分も食べていない。おそらくはストレスによるものだろう。いきなり異世界に召喚され、選択肢が無いとは言え、魔物と戦うことを承諾してしまった。これからの事を考えると不安になってしまうのも仕方がない。特に、彼女たち女子生徒なら尚更だろう。
俺は助けになるかはわからないが、声を掛ける。メンタルケアも大切だ。
「どうした、橘、田中。あんまり箸が進んでないみたいだが」
「先生。これあげる」
田中は手を付けていない料理の皿を俺に寄こしてきた。
「あたし、野菜食べないから」
ただの偏食家だった。
「好き嫌いはいけません!」
「だっっって、おいしくないじゃん!」
「子供かっ」
そんな俺と田中が話している隙をついて、橘が田中の皿に次々に野菜を放り込んでいる。橘お前もか…。
「なにやってんの!全部見えてるからねアイアイ!」
「はあっ!なに言ってるかわかんないんだけど?野菜食べられないとか恥ずかしいんですけど?」
「ああ?!アイアイお前もだろが!」
「お前これ食えよっ」
「お前が食えぇ」
二人はつかみ合いを始める。アイアイとは橘の愛称だ。彼女、橘アイナと仲の良い友達は「アイアイ」と呼んでいる。キャットファイトを繰り広げているが、仲が悪いかと言えばそうでもないらしい。自由に選んでいる席で、隣に座っているのがそのいい証拠だ。
「お前肉しか食べねーだろー」
「はあ?魚も食べますけど?マグロとイクラとエンガワは食べれる」
寿司限定なのかな?
「使徒様…。お口に会いませんでしたか?」
言い争いを続ける二人を見てイリスが申し訳なさそうに声を掛けてくる。
いや、すんません。こいつらが悪いんです。
「悪いなイリス。ちゃんと残さず食べさせるから」
「やーだー!食べるくらいなら飢えて死ぬー」
「左に同じー」
もうやだ、この子たち…。
「使徒様。お食べになりたいものを是非お教えください。ご要望にお応えしたいと思います」
「ほんとですか!じゃあ肉が食べたいです!」
「タン塩とハラミ!」
「いやいや、それ焼肉屋の頼み方!さすがにそんなメニュー無いだろ?」
「ございますよ。シオタンとミーハラですね」
「そんな昭和のプロデューサーみたいな言い方なに?」
「400年ほど前に活躍された使徒様が様々な食文化を世界にもたらしてくださいまして、私どもの国ではタン塩はシオタン、ハラミはミーハラと呼ばれているんです」
「ちなみに寿司もあるのか?」
「もちろんございます。シースーですね」
想像通りだった。
イリスがシェフに申し付けるとほどなくしてタン塩とハラミの塩ダレが運ばれてくる。それをコックが目の前で焼いて出してくれ、二人は美味しそうに食ベて始める。それを見ていた他の生徒達が我も我もと注文し出した。完全に焼肉屋と化してしまった。さっきまで異世界っぽい食事だったのに、どうしてこうなった。
「でも意外だな。異世界だったらオーク肉とかドラゴンステーキとか出て来そうなのに」
「え?そんな物食べるんですか?」
イリスは効果音で言うと「うわぁ」と言った表情で俺を見る。どうやら異世界定番の魔物肉はゲテモノ食いの類に入るらしい。食用に育てられてるわけじゃないもんな。確かにそう!でもその目はやめてくれ興奮するじゃないか。
「え?魔物の肉はあんまり食べないですよ?硬くて臭みがあるらしいですし、一部の物好きな人は食べるみたいですけど…」
まあ、そうか、ジビエみたいなもんか。
生徒達は調子に乗って好き放題注文し始めた。しかし、この館のシェフは相当に有能らしく、およそ異世界とは思えない数々の注文を次々と作り出していく。ちなみに俺の前には焼き鮭とミソスープが並んでいる。
異世界ってなんだっけ?
怒涛の注文が一息ついたころ、イリスはシェフを連れてきた。坊主頭にいかつい体つきの不愛想な男。筋骨隆々のその体は、いっそ戦士だとか言われた方が納得がいきそうだ。
「黒羽様、彼がシェフのルキ・シェルポポです。国中を渡り歩き、様々な料理を習得している優秀なシェフなんですよ。使徒様の世界の料理にも精通していて、彼が作れないならそれは料理ではない!とまで言われている当家自慢のシェフです」
不愛想なシェフは、鋭い眼光で「どうも」とだけ挨拶する。そのぶっきらぼうな様子を見てイリスは慌てるが、こちらとしては我儘放題した手前もあり、逆にごめんなさいという感じだ。
めちゃくちゃサラダ残してるからな…怒ってないかな?
「こちらこそ、無理な注文ばかりして申し訳ない。けっこう残してしまいましたし…」
「ん」
一言だけ。睨みつけるような視線が怖い。怒んないでよー。
「俺の料理がまずかっただけだ。次はうまくやる」
太く、漢らしい声でそう呟く。プロやでこの人。ちょっとキュンときちゃったよ。
でも残したら悪いので次からはブッフェスタイルにしてもらおうか。偏食ってすぐに治るものでもないからね。
とはいえ、イリスの自信満々な「作れない物は無い」というような物言いに否定するつもりは無いが、挑戦したくなるというのが男心という物だ。
俺は敢えて無理難題を投げかける。
「ルキさん…。ヤサイマシマシカラメマシアブラスクナメニンニクなんてないですよね…?」
わかる人にしかわからないこの呪文のような詠唱。さすがにこれは出てこないだろう。
俺はどこか勝ち誇った気持ちになり、ルキさんの光る頭部を眺めていた…。
しかし…。
「あるよ…」
ルキさんは不愛想にそう答えると、厨房に入っていった。十数分後に野菜非常に多め、スープのタレ多め、背脂少なめ、ニンニク多めなアツアツのラーメンが運ばれてきた。
ルキさんマジハンパねぇ。
◆◆◆
会食も終盤に差し掛かり、それぞれ満足した生徒達はガヤガヤと雑談を始めている。なにはともあれ全員大丈夫そうだ。俺も出されたコーヒーを啜りながら一息ついていた。
「勢いでオーケーしたけど、充電魔法ってそんないる物なん?雷魔法とかで代用できるんじゃない?」
食後のデザートを頬張りながら田中が呟くように言う。野菜は食べられないけど果物は食べられるのだと、少し安心した。お母さん嬉しいです。
違う違う、充電魔法の話だった。この言葉を聞いてイリスはビクッと体を震わせる。交渉の材料が崩れ去ったら困っちゃうよね。まあ大丈夫なんだけど。
「それは難しいんじゃないか?」
「はっ!バカがよっ!」
田中と俺の話を隣で聞いていた橘が煽っている。隙あらば殴りにいくスタイルだ。
「なんだよ。じゃあお前なんでかわかんのかよ!」
「わかんない!」
わかんないかー。電流と電圧とかって小学校の理科でやってるはずだけどな。義務教育の敗北かな。
「誰かわかるやついるかー」
俺は教師らしく他の生徒達に話を振ってみる。
「はい、先生」
渋い声の老け顔の男子が手を上げる。石井タクトだ。彼は超高校級の渋いおっさん顔をしている。スーツ着て俺と隣に立っていたら彼の方が教師だと錯覚されるだろう。まあ、気を落とすな。落ちてないかもしれないけど。
「一番は電圧ですね。家庭用コンセントって100Vですけど、雷だと1億Vって言われてるらしい。そんなのを普通の家電で使ったら一瞬で壊れちまいますよ」
良かった義務教育はまだ負けていなかった。良くできました。花丸をあげよう。お前は明日から小学六年生を名乗っていい。こんな老け顔の小学生いたら即通報されるだろうけど応援はしてる。
「なんか、失礼なこと考えていませんか?」
「だだだだだだ大丈夫だ。そそそそそそんなこと考えてないし、むしろ何も考えていない」
100Vの家電に200Vの電流流しただけでもダメだのに、雷なんて耐えられるはずもない。直流・交流のことやら50ヘルツ/60ヘルツのことなんかもあるが、充電魔法はそれにも対応しているという。ともかく、雷クラスの電気が流れたら煙吹いて爆散するのは目に見えている。雷魔法という物が存在するか否か、その雷魔法がどのくらいの威力なのかにもよるが、100Vってことはさすがにないだろう。だって黄色いネズミが発する電気だって10万Vなんだし…。
「橘、田中、わかったか?」
「「わかった」」
「絶対わかってない返事じゃん!」
他の生徒達もわかったような生徒もいれば分かってないような生徒もいる。それでも、なんとなく充電魔法の必要性が伝わったようなので良しとしよう。イリスもほっと胸を撫でおろしている。
「先生、ついでに聞きたいんだけど…」
田中がまたしても呟くように言う。
「ステータスが開けないんだけど?」
「たしかに!」
それに橘が激しく同意する。異世界あるあるだもんな。まあ、ない異世界物も結構あるけどね、レベル測定の水晶とか冒険者カードで見れるとか。話が聞こえていた生徒達からも「たしかに」の声が上がり、食堂内に「ステータスオープン」の大合唱が始まる。こえー、ステータス教の集会だぜこれ。さすがにこの世界のことはわからないのでイリスに聞いてみるしかないな。
「なあイリス、ステータスって…」
「わあ、本当にみなさんステータスっておっしゃるんですね!生で初めて聞きました!」
手を叩いて飛び跳ね、なにやら興奮している。
「おいおい、イリスさんや、どうしっちゃったんだい?」
「あ、すみません!バイブルに書かれている通りだったもので、つい…」
「バイブルってあれね、使徒様大百科ってやつね」
「はい!この世界に来られた使徒様あるある100選の章に、ステータスが開かなくて慌てる使徒様ってページがありましてですね。ステータスオープンって本当におっしゃるんだなって感動していました!」
「感動するとこかな?で、そのあるあるなんだけど、ステータスって開けないの?」
「ありませんよ、ステータス」
「ないんだ」
「ないですね」
「じゃあ、レベルは?」
「ありませんよ」
「スキルは?」
「ありませんよ。ちなみにプロパティもありませんし、ログアウトもありませんし、気も呪術もサイコパワーも人間性も妖力も個性も念も異能もありませんよ」
「なんにもないじゃん!逆になんならあるんだよ!」
「魔法があります」
「たしかに」
彼女は「充電魔法」という「魔法」を見せてくれた。散文のような呪文を唱え、魔力によって奇跡を起こす。物語の中でなじみ深い物だ。ステータスだったりレベルだったりはRPGの流れを組む近年の創作だと言える。実際に存在している異世界にレベルという概念がある方がおかしいっちゃおかしいか…。
でもちょっと残念ではあるな…。「お前のレベルはなんだ?」「俺は…レベル999だ」「なにぃ!?上限レベル99の世界で999だとぉ!」みたいなことやりたかったのに…。ちくせう。
田中はもちろん他の生徒達もステータスとレベルが無いことでちょっと落胆している。
折角なのでイリスに聞いてみたかったことを聞いて見ることにする。
「ところで、使徒っていうのはどんな力があってそんな優遇されてんの?俺もそうだけど生徒達は向こうでは一般人なんだけど?」
「それはですね。ほんとに凄い能力があるんです!明日には魔法を覚えて頂きますのでそのときに分かると思います」
イリスは声を弾ませて言う。明日には魔法を覚えるという言葉に生徒達は超反応する。「内なる闇の力が目覚めるか…」「汚物は消毒だー」「俺はまだ50%の力も出していない」とおおはしゃぎだ。
魔法を教えてもらえるのは助かる。今の状態で魔物の大軍といっちょやってみっかという訳にはいかない。普通に死んでしまう。どんな修行が必要かはわからないが、俺たちはチート持ちのはず。なんとかなーれ的なあれで出来るようになるんだろう。しらんけど。
「そうですね使徒様もいろいろと疑問に思われるのももっともです。折角のなので使徒様方、なにかお聞きになりたいことがあったらお聞きください。私の分かる範囲でしたらお答えさせて頂きます」
質問タイムが始まった。
次の瞬間、田所が手を上げる。
「イリスちゃんは恋人はいるんですか?」
それ新任の教師にやるネタ!やめときなさい!
「恋人ですか!?え…、恋人は…いません」
男子から「ひゅー」と声が上がり盛り上がる。それを女子たちが冷めた目で見ている。
「でも…。婚約者はいます…」
今度は女子たちが「ひゃー」と盛り上がり、男子たちが消沈する。そして、あっという間に女子たちによってイリスは取り囲まれ、質問攻めが始まった。こらこら、人のプライベートを根掘り葉掘り聞くもんじゃありません。
しばらくしてイリスが解放されたところで夕食が終わり、俺たちは部屋に戻り明日に備えて休むこととなった。
どうせ寝てない生徒達を見回り、さっさと寝るように言って回った後、俺もベッドに倒れ込んだ。
そんな風にして騒がしく異世界召喚の一日目は終了した。
ちなみに、イリスの婚約者が今後ちょっとした事件を起こすのだが、この時の俺たちは知る由も無かった。
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