第4話 継承される魔法
次の日。朝食を済ませた俺たちは中庭にある運動場のような場所に集められた。校庭の2倍はありそうな巨大な中庭は、壁に覆われていて端の方には武器を立てかける台や打ち込み用の人形なんかが備えられていた。きっとここでは数百人クラスでの鍛錬が行われていたのだろう。今は20人しかいないらしいが…。
これは逃げたな…。
大規模な魔物の進軍に恐れをなして元々いた数百人の騎士達は逃げ出してしまったと無粋ながらも想像してしまう。
まあそれはそれとして、今日はこれから魔法を教わることになっている。これにはさすがにテンションが上がってしまう。これぞ異世界だ。花畑を出す魔法でも、守護霊を創り出す魔法でも、魔法少女に変身する魔法でもなんでもいい。魔力を練り上げて呪文を唱え掌から魔法を打ち出す。ゲーム感覚なのは否めないが、これで興奮しない訳が無い。生徒達も同様に浮足立っている。
さあ、どんな修練になるのか知らないが、やってやろうじゃないか。
俺は意気込みも十分にその時が来るのを待つ。
「使徒の皆様ーっ。お集まりくださーい」
イリスの号令に生徒達も反応し、わらわらと集まっていく。イリスの隣には初顔の老人が立っている。黒いローブに身を包んだ髭をたくわえた男性。いかにも魔法使いと言った風貌をしている。その立ち振る舞いからは、只者では無い威圧感さえ感じる。そして、鋭い眼光が俺たちを見定めるように光る。
彼はうやうやしく俺たちに礼をすると、自己紹介を始める。
「わしはロドラ家に仕える魔術師マルコと申します。歌に聞く使徒様方にお会いできたことを光栄に存じます。本来ならばゆっくりとお話などお聞きしたいところですが…。お時間が限られている中ではそれも難しいでしょう」
重々しいその口調は積年の貫録を感じさせる。鋭い眼光に射抜かれ、俺は自然と背筋が伸びる。
「なので…サインだけでもいただけませんか?」
脈絡も無く変なことを言い出しやがった。見た目によらずミーハーなのか。
「マルコ!何を言っているんですか!」
当然、イリス注意する。
「お嬢様。後生でございます。メシュメシュちゃんと約束しちゃったんです」
知らない名前が出てきた。この老齢な魔術師がちゃんづけで呼んでいるところを見るとお孫さんにでもねだられたのかな?使徒というのはこの世界では有名人扱いのようだし、「おじいちゃんが貰って来てあげるよ」みたいなノリで安請け合いしたんだろうな。ちょっとほっこりなエピソードだ。
「まあ、サインなんて書いたこと無いから署名みたいなのでいいなら書きますよ。減るもんじゃないし」
「誠でございますか!ありがとうございます使徒様!」
「使徒様!おやめください!」
俺が助け舟を出そうとするとイリスが強めに止めに入る。どうしたらしくないじゃないか。
「使徒様。マルコの言うメシュメシュという子は、彼が入れあげている、あの街の端にあるえっ…ちなことをするお店の女の子なんです!」
「なに?」
俗に言う歓楽街ってことね。ヤベーじいさんだな。生徒達もいるから情操教育よくないなぁ。
「お嬢様。メシュメシュちゃんは花街で働いてはいますが、働いているのは酒場でございます。そこはちゃんとして頂かないと」
「なんで私が責められてるんですか!?お給金も何度も前借して貢いでるっていう話も聞きましたよ!」
「仕方がないのです。彼女には病気の母がいてどうしてもお金が必要なんだそうです。会ったことはないですが…」
絶対騙されてるやつじゃん。多分、本人も薄々感じ取っているから「会ったことない」とか言っちゃってるんだろうな。あんまり深入りせんでおこう。
「使徒様のことは絶対口外しないように言ってあったのに…。サイテーです。こんな状況じゃなかったら絶対解雇してたのに」
「いやじゃいやじゃ。絶対しがみついてやるもんね」
「ぐぬぬ…」
リアルで「ぐぬぬ」って始めて聞いた。ちなみに佐藤先生はさっきからのやり取りについてこれずに狼狽えている。かわいい。
「でも街がこんな状況じゃあその子も避難して何処か行ってしまってるんじゃないか?」
「いえ、それは無いと思います…」
俺は何の気なしに聞いてみる。それに対してイリスの返答は否定的であり、表情は暗い。この街は魔物の大軍が押し寄せることが分かっている危険地帯とされている。そんなところに残っている方が不自然だと思うのだが、そうでもないらしい。
兎に角、話は逸れてしまったが、いまは魔法だ。実質、危険地帯に放り出された俺たちには戦う力が必要だ。俺たちが自衛隊員だったなら、異世界に放り出されても武力で制圧できたかも知れないが、なんと言っても丸腰の一般人だ。戦国乱世では生き残れない。
「では使徒様方、魔法を継承させて頂きましょうかのぉ」
先ほどのまでのやり取りがまるで無かったかのような口ぶりでマルコが言う。俺の傍までゆっくりと歩み寄って来た。そして、俺の額に手を当てると少し長い呪文を唱え始めた。
「あの…」
事前情報も無く始まったそれに疑問を持ったが、マルコは反応せずに続ける。耳が遠いのか集中してるのか分からないが黙々と詠唱を続けている。
次の瞬間、マルコの目がカッと見開き、叫ぶ。
「アーク・エクスリプ!」
「痛っ」
その瞬間、俺の頭にバチッという電気が走ったような痛みが走った。一瞬の軽い頭痛みたいな物で、例えるならかき氷のキーンくらいの痛み。なにがなんだかわからないが、これで正解なのだろうか?
「黒羽様、大丈夫ですか?」
「ああ、一瞬ビクッとしたけど今はなんともない」
「良かったです。では、使徒様方も順番に魔法を継承させて頂きますね。では、マルコお願いします」
マルコは次々と生徒達に魔法を唱えていく。俺は疑問をイリスに投げかけた。
「イリス、これは何の魔法なんだ?」
「ああ、そうでした!使徒様方の世界には魔法はないんですものね。これは失礼をしました」
「ああ、そだね。で、なんなのあれ?」
「はい、アーク・エクスリプは魔法を使えるようになる魔法です」
「いや、なんて言うの?もっとこうあるだろ」
魔法が使えるようになる魔法…。なんか、そういうもんなのか。もっとこう魔力の流れがーとか大気のマナを感じてーとかから始めるもんだと思ってたんだけど。まあ、いいんですけど…、なんかちょっと思ってたのと違ったな。いいんだけどね。
「私どもの世界では、子供の5つになるお祝いの時に女神の祝福として教会で洗礼を受けます。このとき、神父様からアーク・エクスリプの魔法を使って魔法を使えるようにしてもらうんです。教会の教えですが、この魔法を使うことでイデアに魔術回路を構築して魔法を行使する基盤を作り上げているそうです。突き詰めると神話の話になってしまいますので、ご興味がおありでしたら神父を呼んでまいりますが?」
「いや、いいよ。でもマルコさんて神父じゃないけど大丈夫なの?」
「そこは大丈夫です。神父様にお願いするのは儀式的な意味合いが強いだけで、魔法を使える者でしたら誰でも魔法を伝えることが出来ますので」
「なんて言うかあれね、コピペされたってことね」
「コピペ…ですか?」
イリスは分厚い図解使徒様大百科を取り出してバババッとページを捲る。たぶんその百科事典には載ってないんじゃないかな?
「いや、こっちの話だからいいよ」
「そ、そうですか。お時間があるときでいいので、是非教えて頂きたいです!」
「まあ、今度ね」
「ぜひっ!約束ですよ!」
イリスは紙とペンを取り出して食いぎみに迫ってくる。使徒に関することならなんでも知りたいんだろうな。教わって面白いもんでもないけど、荷物にノートPCがあるから暇な時に見せてやろう。現代知識に驚愕するがよい。
順調に魔法の継承が進んで行くかと思われたが問題が発生していた。マルコに対して「気持ち悪い」と拒否反応を示した女子達が近づかれることを拒んだのだ。イリスは即座に女騎士を呼び出すと、女子達の魔法の継承を進めていった。俺もどうせならそっちの方が良かったなぁ…。
さて、ちょっとした問題はあったが全員に魔法が継承されたところで、マルコによる魔法の授業が始まった。
「それでは使徒様、僭越ながらわしが魔法について話させて頂きたいと思います…。魔法とは神の奇跡の力を魔力と呪文によって実現させる御業でございます。いましがた皆様に施しました継承によって既に魔法を扱うための下地ができております。あとは皆さまの内にある魔力によって魔法を顕現させることが出来るようになっております。では、良く見ておいてくだされ…」
マルコは中庭にある人型の的の方を向くと呪文を詠唱し始める。
イーグニス・トルボ・グスイーア
フー・トルボ・スラーフェ
呼び起こすは赤
放つは熱
生物の恐怖たる原初の火よ
その片鱗を見せ一筋の線を引き
眼前の敵を燃やせ
ファイアー・ボルト
詠唱と共に、親の顔より見た魔法陣が展開され、掌程の大きさの炎が放たれる。炎は一直線に的に向かい、人型の的に当たって弾けた。
「「うおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」」
俺たちは興奮して声を上げる。
こちらの世界に来て初めての魔法という訳では無いが、アニメやゲームで見るようなド定番の炎の魔法だ。否応なしに興奮してしまう。これを俺たちも使えるようになったということなんだ。これはワクテカせずにはいられない。
「それでは使徒様方もどうぞ」
イリスの号令で生徒たちが一斉に詠唱を始める。次々と的に向かって魔法を放つ。ちなみに藤川がちゃんと聞いてなかったらしく、高坂と三ノ宮にフォローされながら詠唱している。チームワーク良し!
かくいう俺も2,3度試して魔法が発動することを確認した。ちょっと感動だ。生徒の前だったのでちょっと詠唱の厨二っぽさが恥ずかしかったのでアレンジしてみたが発動しなかった。正確に厨二詠唱を発生しないといけないらしい。俺の右手が…とか、滲み出す混濁の…とか、黄昏よりも…とか出てきたらどうしよう、いろんな意味で詠唱しきれないかもしれない。
「皆様、大丈夫そうですね。安心しました」
イリスが俺の傍に来た。
「ところでこんな魔法で魔物たちと戦えるのか?」
俺は率直な疑問を投げかけた。初めて魔法を使ったことでテンションが上がっていたが、この「ファイアー・ボルト」の威力は本当に微妙だ。仮に人に向けて放ったとしても致命傷どころか火傷を負わせることも出来るかどうかといった威力だ。こんな物で訓練された騎士が10人がかりで戦う魔物に通用するとは思えない。当然、もっと強力な魔法があると考える方が自然だろう。
「いいえ、アーク・エクスリプは魔法の基礎を継承する物です。いま使える魔法は第0階層の魔法とされているコモンマジックだけになります。それより強力な魔法はこれから別で継承を行っていくことになります」
「そういうもんなのね」
詳しくは全くわからないが、戦闘用?の強力な魔法は別途で継承して、詠唱を覚えて、使えるようになるということね。まあ、いまは教わる側だ。彼らのやり方に従っておけばいいだろう。
生徒たちを見守りながらイリスと話していると、男子生徒が一人ちかづいてきた。学内でも頭一つデカイ体格をした筋骨隆々の男、北山だ。ちなみに手芸部に所属している。
「なあ、一つ聞きたいんだが」
「はいっ!なんでしょうか?」
太い声でイリスに話しかける。北山は普通にしていても強面で威圧感がある。イリスも驚いて身構えてしまっている。
「あの的のことなんだが…。俺が壊してしまっても構わんのだろう?」
「え、は、はい。是非、壊してくださって大丈夫です。でも、あの的は第3階層の魔法も耐えられる訓練用の特殊な材質なんですが…」
「壊していいならそれでいい…」
動揺して変な言い回しになっているイリス。言質はとったと北山は的の方に体を向けた。そういえば我先にと魔法を打ち始めていた生徒たちの中で、北山だけまだ魔法を打っていなかった。
「ふぅ…」
北山は呼吸を整える。
先ほどまで沸き立っていた生徒たちも、何事かと北山に注目している。
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
北山はうなり声を上げて体に力を貯める。なるほど、魔力を集中させているのだろう。心なしか大気が震えているように感じられた。
「呼び起こすは赤っ!」
大きなアクションを入れながら、勢いよく魔法の詠唱を始める。
「放つは熱っ!」
とにかく気合が入っているのが分かる。たしかに北山だけは魔法を打っていなかった。おそらく彼は危惧していたのだ。自分の強力過ぎる力が的どころか城壁ごと消し去ってしまうかも知れないと。
「生物の恐怖たる原初の火よ!その片鱗を見せ一筋の線を引き!眼前の敵を燃やせ」
使徒と呼ばれるチート持ちであるはずの俺たち。その全力の魔法が今まさに放たれようとしている。
「ファイアァァボォルゥゥゥゥゥゥゥゥトォォォォォォォォォォ!」
掌程の大きさの炎が放たれる。炎は一直線に的に向かい、人型の的に当たってポシュっと弾けた。
つまり他と同じ威力の魔法が放たれた。
「あ、ファイアー・ボルト成功ですね」
イリスは嬉しそうに言う。北山は消沈し、体育座りしている。
「イリス。なんか使徒の魔力とかで魔法が強くなったりとかは?」
「え、そんなことありませんよ?魔法は決められたことしかしませんし、人によって効果が違ったら困るじゃないですか?」
どうやら気合で魔法の威力は変わらないらしい。昔やってたRPGで「まりょく」の値が増えても魔法の威力は変わらなくて、MPだけが増えていたなーなんてことを思い浮かべてしまった。
生徒たちは北山のことは無かったことにして、しばらく楽しそうに魔法を放っていた。
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