第14話 直談判

「西田さんすいません。こんな夜中なのに付き合ってもらっちゃって」



俺はいま儀式の間と言われる祭壇に来ていた。ここは俺たちが異世界に召喚された場所で、乗っていたバスはそのままになっていた。運転手をしてもらっている西田さんに付き合ってもらいバスに乗せてもらっていた。



西田さんはロマンスグレーの紳士っぽい雰囲気のナイスミドルだ。優しそうで落ち着いた物腰をしている。普通に考えると、この異常事態にも初期から動揺する様子も無い。肝が据わっていると表現していいのか、さすがに変わってると言った方がいいのか。



「いいんですよ。時々動かしてやらないとバッテリーも悪くなっちゃいますから」



西田さんはマイクロバスを器用に運転しながら俺と会話している。運動場くらいの大きさがあるとは言え、器用に周回している。



車も放置していると電気系を中心に悪くなっていくので、たまに動かしてやらないといけない。そのついでと言ってはなんだが、生徒たちのスマホやらタブレットなんかも充電させてもらっている。



昨晩はイリスに相当無理をさせてしまったから、充電魔法は一日お休みだ。



若い子を酷使するのは気が引けていたので、今日くらいはいいだろう。緊急時だとは言っても連日働きづめは大人だって嫌なのに、子供にさせるものじゃない。それで無くてもあんな子が領主代行なんて管理職をやっているのだから頭が下がる。



西田さんとのドライブはぐるぐると1時間は回っていた。運転技術があるとは言え、さすがに気持ち悪くなってくる。早々にバスを外に出せるように壁に穴でも開けてもらおう。



充電も100%とは言えないが、あまり長時間やるわけにはいかない。燃料の心配もある。



「ガソリンも手に入ったらいいんですけどね」



俺の言葉に西田さんが首肯する。



「この世界だと精製出来ないでしょうから、バイオエタノールが現実的かも知れませんね」


「ああ、とうもろこしとかさとうきびのやつですね」



あ、なんか久しぶりに大人同士の会話っぽい気がする。たまにこういうのも無いと自分の精神年齢わかんなくなるんだよな。いうて、エタノールなんかは金属を痛めるから、最後の手段的なものになるだろうけれど、用意はして置いた方がいいよな。



いろいろ現代的な物があるこの世界だけれど、さすがに「ガソリン頂戴」って言って出てきはしないだろう。いや、絶対にないとは言い切れないのが恐ろしいところだ。



さて、生徒達もいないところだし大人っぽい会話にいそしもうじゃないか。



「西田さんってお酒飲まれるんでしたっけ?」


「そうですね。人並みには。先生は?」


「僕も強い方では無いですけど、晩酌程度にはやりますよ」


「ははは、いいですねー。落ち着いたら一緒にどうですか?」


「お、やりますか」



うーん。大人っぽいというよりおっさんっぽくなってしまった。まあ、俺なんかがおしゃんな会話が出来るわけもないのだからこんなもんだろう。かっこいい大人ってどんな会話してんだ?しらん。



この機会にいろいろ聞いてみたい気もするけれど、あんまり込み入ったこと聞くのも失礼だからやめとこう。大人というのはこういう距離感が大切なのだ。



「黒羽先生。この世界はどうですか?」



俺が何を話そうかなんて考えていたら西田さんが話題を振ってきてくれた。



でもなんかチョイスが変わってるな。こういうときは「趣味とかあるんですか?」とか「休みの日なにしてるんですか?」とか「推しって誰かいます?」が普通だろうに。



この世界ねー。どうですかという含意が広すぎて何を言いたいのかはわからないな。



「おもしろい世界だと思いますよ。正直、ずっとバタバタしてて楽しむ時間なんて無いですけど、漫画やらラノベで見た世界が現実になっているってわくわくしますよ。ちょっと子供っぽいですけどね。いや、でもテーマパークなんかは大人も全然楽しめるし、最近市民権を得たと思うんですけど、どうですか」



おっと、後半ちょっと早口になってしまったぜ。俺の年代より上の人って微妙なラインなんだよなー。俺たちより下の年代を生きている人って漫画とアニメがずっと側にあるみたいなところあるけど、一世代とか上になるとアニメとかはあるけど全く見ないっていう人も結構いるんだよな。オタクって思われて困ることはないけれど、否定的な人だったらヤダなーくらいの心持ち。でも、ファーストとかは完全に俺の上の世代だからハマった人って絶対いるはずなんだよ。西田さんはどっち派ですか?



「いいですね。私も嬉しいですよ」


「お、ファースト世代っすね」


「なんですか?ファーストって?」



おや違ったかな?じゃあオリジンって言った方が良かったかな?



敵のエース機体が赤になった逸話とか話したら距離縮まるかなとか思ったけれど、そういったことは無さそうだ。



「西田さんはどうですか異世界?」


「異世界ですか…。そうですね。とても素晴らしいと思います」



ん?なんか変わった感想をお持ちのようだ。



「素晴らしいですか?」


「はいそうです。いろいろな物が一つに収束していくよいうのはある種美しさを感じます。こういう物を機能美というのでしょうね」



おっと何言っているのか全然わからなくなってきた。



「何を言っているのかわからないと言った顔をしてますね」


「すいません。あんましわかんないです」



ちょっと距離を詰めたいなーなんて思っていたけれど、やっぱり距離を離そうかなあなんて思ってきた。



「この世界は魔法というただ一つの物で全てが完成されているんです。生活から軍事、産業、司法に至るまで魔法という物を中心に動いていると聞きました。これは現世では無いことです」


「あーそういうところはあるのかも知れないですね。魔法がなくてはならない物バージョンの異世界ですもんね。いわゆる魔法文明といったところでしょうか」


「素晴らしいと思います」


「でも魔法文明って聞くとどこかで滅んでしまいそうですけどね。魔法文明が滅ぶって物語の定番中の定番ですから。で、これがかつて繁栄を極めた魔法文明の遺産か、とか言って後の文明人が回収したりするんです」


「なら、私たちは遺産を作り上げなければなりませんね」


「ああ、はいそうですね。それより先に帰れたらいいんですけどね」



なんやなんや、西田さんめちゃくちゃ異世界大好きやん。やっぱあれかー現実世界に疲れてんのかなー。俺もけっこう気持ちはわかるもんなー。ここだと仕事のストレスとかないし、チートでちやほやされるし、なんか夢あるもんな。



まだ帰れる算段はイリス頼みで、条件として魔物の軍勢の盗伐だから、まだ結果わからないけれど…。



西田さんこっちに移住したいとか言ったら置いていった方がいいんかな?



「ところで、なにか不自由なことがあったら言ってくださいよ。僕に出来ることと言われてもなんも無いですけど」


「ありがとうございます。快適ですよ。先生も何かあったら言ってくださいね」



おお、大人の余裕。俺も年取ったらこんな落ち着いたロマンスグレーになりたいかも。対局とまではいかないけれど、性格違うからこうはなれんかも知れないけど。



そんな話をしていると、少し離れた廊下の方から女性の話声が響いてきた。こんな夜中になにかあったのだろうか。



「…ぶですから…」


「…そ…ぜっ…」


「…るはず」



話声はだんだんと近づいてきて、聞きなれた生徒たちだということがわかる。



薄暗い廊下に目をやると、女子たち4人組が部屋に入ってきた。高坂、藤川に三ノ宮とイリスか。うーん姦しい。女性が3人で姦しいなら4人だったらどうなるのだろう。



「「「いたー!せんせーきいてー」」」



答えは騒音だ。



「えーい!うるせー!せっかく大人のハイソな会話をしていたのに全部ふっとんだわ!」


「なにハイソって?」


「しらん!」



女子たち3人が俺を取り囲みギャーギャー吠えている。イリスはそれをちょっと離れてオロオロしている。



「なになになーに。なにかあったのか?」


「ちょっとプライベートな話になるんだけどさ…」



高坂がチラリと西田さんの方を見る。俺には言ってもいいけれど西田さんはちょっとってことか。西田さんには悪いけれど、場所を変えようかな。



「すいません西田さん。めちゃくちゃ助かりました」


「いえいえ、また何かあったら声をおかけください」



西田さんは気を悪くするわけでもなく、俺たちを見送ってくれた。っぱ西田さんしか勝たんのよ。大人ですわ。



とにかく生徒優先。俺たちはイリスにどこか適当な部屋に案内してもらい、そこで話をきくことにした。



◆◆◆



「んで、なによ」



近くの客室に案内された俺たちはそれぞれに椅子が与えられ、腰をおろした。時計を見ると21時。本来なら消灯時間ってことで見回りに行っている時間帯ではある。ここ2日ほどまったくやってないけど。



高坂、藤川、三ノ宮は目が赤くなっている。どうやらさっきまで泣いていたようだ。



この3人が泣いていて、イリスがおろおろしている。



お化けでも出たのかな?うーん、こいつらが普通の女子っぽく「お化けこわーい」とか言ったら、そっちの方がホラーなんだけど。そこまで言うと失礼か。藤川が若干、お化けとか苦手そうだけど…いや、そうでもないな。こういう子に限ってゾンビとか物理で殴って解決しそうだし…。よってお化けではない。



「せんせぇ…。ほんとマジヤバいから聞いてよぉ…」



藤川が泣きながら訴えている。



「だからなによ。虫でも出たんか?あれか?Gか?Gぐらい出るって、あいつら火星でも占領してしまう化け物なんだから、異世界でも蔓延ってるのはしゃーないから」


「違うって!」



Gでも無かったようだ。こういう時の女子の扱いは難しいんだよな。男性脳だと解決策を提案するけど、女性脳だと共感を求めているみたいなやつな。さーてどうするかなぁ。



「そうだよな。わかるわかる。俺も丁度そう思っていたところだったんだ」


「何も聞いてないのに簡単に言わないで!」



今度は高坂に怒られた。おっと選択肢を間違えたようだ。



「で、なにがあったんだよ」



俺は普通に聞くことにした。



こいつら3人とイリスはさっきまで女子会と称して部屋に集まっていたらしい。そこでイリスのこれまでの半生というか経緯を聞き、いまに至るという。ちなみに、「イリスもあんま寝てないんだから無理させんなよ」と指摘すると、3人から「いまそういう話してないから!」と100倍で返ってきた。やっぱ子供でも女性はつえーんだよな。



さて、本題のイリスの半生。



彼女は公爵家の令嬢で、才色兼備のお手本のような華やかな幼少期を過ごし、歴史に名を残すと言われる程に魔法の力に愛されていた。公爵家に伝わる凄い魔法を最年少で使い、幼くして王子様との婚約が交わされる。順風満帆に思えたその人生が、謎の病によって一変し、親からも見放され、中央から追いやられることになった。まあ、つまりこのサングリッドの領主代行になった経緯ね。魔法は使えるけれど、強い複雑な魔法が使えなくなる病ってことね。



どうやらこの貴族の家に伝わる強い魔法を使えることが貴族を貴族たらしめる物ってことなのね。



ある意味なんか実力主義的な感じはするな。



強い魔力は強い血に宿る。魔力が高い者同士の子供はその強い魔力を受け継ぐ。そうやって貴族社会が形作られているようだ。



なんかドロドロの血縁問題とかありそうな展開だな。



で、ここまででも十分に可哀そうなのに、そこに魔物の大群が押し寄せてきたと。泣きっ面に蜂ってやつだ。まあ、それも俺たち使徒を召喚したことで好転することが出来ているから、なんとかなるんじゃないかって話だよね。俺もみすみす殺されたい訳ではないので、動いているわけだし、今日もいくつか新魔法を作る予定だし。



で、3人に言わせるとここからが本題らしい。



異世界で令嬢が追放される系の話だと、追放された先で才能が開花して人生逆転劇が始まるとか、めちゃくちゃイケメンと出会って前よりもずっと幸せになっちゃうとかが定番なのだけれど、イリスには更に追い打ちがかかっていた。



それは、彼女の婚約者の話だ。王族との婚約を破棄されたイリスは侯爵との結婚が決められていた。その侯爵はイリスの父よりも年上のなかなかに脂ぎったおじさんらしく、魔法が使えなくなり婚約を破棄されたと聞くと、熱心に公爵家に打診してきたらしい。



イリスの父は魔法の使えなくなった娘には価値は無いと思っていたところにこの縁談だ。相手からの条件も良く、どうせこの先貰い手もいないだろうと二つ返事でOKしてしまったらしい。



なんて親だろうと思うが、これが魔法至上主義のこの国の在り方なのかも知れない。



イリスの新たな婚約者となったアデルモ侯爵がなかなかのエロオヤジらしく、中央のパーティーでイリスをなかなかにいやらしい目で見ていたらしい。王子の婚約者ということで、そのことを他の貴族から窘められていたそうだが、今となってはイリスを守る物は何もない。



婚約が決まってから連日のように手紙が届けられていて、「イリスちゃんは、スタイルがいイネ。こんなに可愛く。なっちゃったら女神みたいで小生困っちゃウヨ」だとか「イリスちゃん、愛しいなぁもう。可愛すぎてオジサンお仕事に集中できなくなっちゃいそうだよ。どうしてくれるんダ」とか「イリスちゃん、髪の毛、切ったのかな。似合いすぎダヨ。可愛すぎてオジサンお仕事に集中できなくなっちゃいそうだよ。どうしてくれるンダ」なんて言う手紙が届けられているらしい。



これはあれだな。なかなかに美しい構文だな。



イリスは返事をあまり返していないとのことだが、近い将来に結婚しなければならない相手だ。無下にも出来ないと考えているらしい。



女子達がむせび泣いているのはこのせいだ。貴族社会という物がこの異世界でどれくらい力を持っているのかは、まだ伺い知れないが、元の世界と照らし合わせてみると、可哀そうではあるが無い話ではないだろう。現代知識からすると自由恋愛とか人権問題とかってことになるのだろうけれど、人権が考えられるようになったのも歴史的には近年の話だ。それまでは世界中どこでだって望まない生き方しか選べないのが逆に当たり前だったと言える。この世界ではこれが当たり前のことなのだろう。



だからと言って、目の前にいる少女に同情をしないということにはならないのだけれど。



「いいんです。魔法を使えない私が家のために出来るたった一つのことですから…」



イリスは諦めたように笑う。彼女はこの危機を乗り越えてもハッピーエンドを迎えられないのだ。



「先生、なんとかならない?僕も出来ることならなんでも協力すっから…」



まあ、そうなりますわな。俺もイリスにはさすがに情が移ってきている。こんな少女がいろいろと背負わされ過ぎている。この先、元の世界に帰ったときに、いまのイリスを見捨てて帰ったとなれば、このしこりは残り続けるだろう。



「しゃあない。なんとかしてみるか」



正直解決策はわからない。どうやったら俺たちが帰った後でもイリスが救われる何かを考えなければならない。これは普通に魔物を倒しておしまいというよりも相当に大変なことだ。



そうでなくても今はタスクが貯まりにたまっている。後、6日か5日程でやってくる魔物達の軍勢を倒す。そのための魔法を開発し、生徒達の訓練をする。元の世界への帰還方法を確定させる。不足なく授業を行う。そこにイリスを救うが含まれた。



とはいえ、出来ることからやっていくしかない。マルチタスク苦手なんだよな。とはいえ、簡単な出来ることからやっていくのが吉と見た。とにかく手が足りない。



「お前、いまなんでもって言ったな」


「先生、いくら僕がナイスバディーだからって、いまのタイミングでそういうのはどうかと思うよ」



本気か冗談かわからないこと言う三ノ宮の発言をスルーして俺は宣言する。



「高坂と藤川も手伝ってくれよ。いっそクラス全員でこっからの課題をやっつけていこうぜ」


「おっ、激熱展開もえるっすねー」


「そういうノリはあんまし好きじゃないかなー」


「みなみはすぐ斜に構えんだよなー。素直になりなー」


「まあ、イリスちゃんのためなら一肌でも全肌でも脱いでやりますか」



なんやかんや言いながらも3人は手伝ってくれるようだ。



「みなさん、ありがとうございます。でもいいんです。使徒様たちにそこまでしてもらう訳にはいきません。これは私の家の問題ですし、私が我慢すればいいだけのことですから…」



俺はイリスちゃんの頭をぐしゃぐしゃと撫でながら言う。



「俺たちの世界では子供は我儘いっていいもんなんだよ。変にしおらしい子供なんてのは速攻で児相に通報するもんなんだよ」


「じそう…ですか?」



かっこいいこと言って締めるつもりが締まらないのが俺の冴えないところだなぁ。まあいいけど。



「でも…ありがとうございます」



イリスは少し困ったような顔しながらそういって笑う。なんとかしてこの笑顔をうちの生徒達みたいにバカ笑い出来るようにするのが俺の仕事なんだろうな。



「よし!じゃあお前らさっさと寝ろ!何時だと思ってんだ。明日も授業あんだからな」



散れ散れっ!と4人を部屋に帰らせる。問題は山積みだ。だが、やることはやらなければ終わらない。なんかいろいろ疲れた気もするけれど、簡単なことだけでもやっておかないと終わらない。それが仕事っていうもんだ。



「さあ、いっちょやりますか」



俺は部屋に戻るとパソコンの電源を入れた。


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