第9話 一転攻勢

「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉいぃぃぃ!」



俺は部屋に来たメイドさんをその場に残し、イリスのいる部屋まで猛ダッシュで走ると、扉を勢いよく開けて叫ぶ。



「くっくっくっ、黒羽様っ!」



突然の俺の来訪に驚くイリス。部屋にはイリスと例の冒険者達が揃っていて、なにやら会議中だったようだ。しかし俺の怒りは納まらない。怒髪天だ。ずっと怒ってる巨大な人間になれる兵士みたいなもんだ。



「おぉぉぉぉい!どういうつもりだ!あんな子に美人局みたいなことをさせるなんて!俺の職業倫理と欲望が大戦争してまうわ!」


「え、え、え?」



イリスはうろたえている。RPGだったら1ターン行動不能だ。スキル「しかりつける」だ。ボスには効きません。



その間にメリッサが部屋に駆け込んで来てイリスに深く頭を下げる。そのことで作戦の失敗を察したのだろう。失敗を咎めるでも無く、悔やんでいるようでもあり、どこか安堵もしているような複雑な表情をしている。なにがなにやら。説明を求む。



「ご迷惑をお掛けして申し訳ありません」



イリスはメリッサを下がらせると、俺に深く謝罪してきた。



「訳を聞かせてもらえるか」



数日だったがイリスとは何度も言葉を交わしている。彼女がこういうからめ手を使って人をどうこうしようという人間で無いことはわかっているつもりだ。それに俺は鬼畜じゃない、ちゃんと話を聞くべきところだろう。



イリスは事の顛末を話してくれた。俺たちを繋ぎとめる策として、メイドを差し出したということらしい。ふざけるな、と言いたいところではあったが、正直言うと理にかなっているとも思えた。生徒たちのことを考えると、ここから逃げたほうが良いというのは何度も考えたし、美人局にしても生徒たちがいなかったら簡単に引っかかっていたかも知れない。



しかし、一つわかったことがある。



「全部ノーランのせいじゃねぇか!」


「す、すんません」



結局、今の一件の発案者はノーランだ。メリッサというメイドの子もかわいそうだし、それを命じることになったイリスも被害者だ。お前が全部悪いんじゃねぇか。



でも俺がノーランやイリスの立場だったらどうしただろう。自分たちの背負った物と天秤にかけて、それが綺麗な手段で無かったとしても出来ることを全てやろうとするかも知れない。自分だけの命であれば自己完結で諦めがつくかもしれない。しかし、イリスが抱えているのはこの街の全住人だ。可能性が1%でも上がるならなんでもやろうとする気持ちも分かってやらなければならないのかも知れない。



ちょっと強めに怒ると、ノーランはイリスに謝罪した。後でメリッサにも謝るということで今回の沙汰はこんなもんだろう。ちゃんとごめんなさいするんだぞ。これ以上どうのこうの言って、ガタイのいい冒険者の男を委縮させるのは、ちょっと心に負担だったのでこの辺でやめておいて正解だろう。



「で、みなさんお揃いで何を話していたんだ?」


「はい、これからの方針をいろいろと相談しておりました」



この部屋に集まっていたのは、イリス、冒険者パーティーの4人、エルフの3人、現在の騎士団長、執事の男性、後数名のメイドがいた。この街の首脳会談みたいなもんだ。本来ならばマルコもいるはずだったらしいが、用事があるということでその場にいなかった。そのことについてはイリスは呆れ顔だ。どうせ繁華街に行っているのだろうということだ。



どんな話をしていたかと言えば、この街のこれから戦いまでの運営方針だったり、街から出ていく者の受け入れ先を探す相談だったり、食料の備蓄などの報告だったりと多岐に渡っていたらしい。話はほとんど終わっているらしい。



魔物の行軍速度は遅い、まだ街から逃げられるのだ。



「決められることなんてほとんど無いのですけどね…」



イリスは自嘲気味に言った。街の運営なんて市長になって街を作るゲームしかしたことは無いが、それでも月単位年単位での計画だ。それが後7日で戦場になる街で何か決めても意味がない。防衛計画も正直なかなかの無理難題だ。敵戦力が圧倒的すぎる上に、こちらの兵力はほとんどおらず、計画を立てるまでも無い。



ちなみに、街に残っている20人の騎士は職業騎士で軍人だ。街にいる自警団や守衛は別の所属で、基本的には戦争に参加するための人員ではない。その数は500人。騎士は魔法の技量に長けた者がなれる戦闘のエリート的な一面があるので、一概には言えないが、自警団の方が戦力がありそうだ。ウケル。



いまここにこの街の首脳陣が集まっている。ならば聞いておきたいことがある。



「なあ、この戦いって勝てる見込みはあるのか?」



聞いておかなければならないことだ。危機的状況なのは分かる。でも、俺たち使徒を召喚して戦う姿勢を見せている。そして、まだ数日だが魔法の訓練を行ってはいる。しかし、高位の魔法の継承は出来ないらしい。魔物は通常の魔法使いが10人がかりで対処する化け物で、魔物の軍勢は3万。これは王国の歴史でも類を見ない大群らしい。いくら使徒がチート持ちだとは言え、その能力は魔法に依存していて今のところ戦力さを覆せるような空気ではない。このペースで魔法の訓練を進めてもワンパンで蹴散らされて、俺は生徒たちと一緒に殺されてしまうだろう。それは受け入れることは絶対に出来ないことだ。



その場にいる全員が口を紡ぐ。こういう状況は見たことがある。そう、授業で当てられたくない生徒がするヤツだ。つまり、答えにくいこと、答えが分からないときにするしぐさだ。そして俺は教師だ、舐めて貰っては困る。



「じゃあ、出席番号一番のイリス。答えてみなさい」



そう、強引に指名するのだ。



「え、私ですか?あの…、勝てる見込みというか…、使徒様にお任せするというか…」



俺たち任せだった。戦力として呼ばれたであろうことは分かってはいたからそれはそうなのだが。



「なんかもっとこう方針とか、訓練するにしても残りの日数でこういうことします的なカリキュラム的ななにかはないんか?」


「カリキュラム?ですか…。みなさん本当に頑張って下さってますので、この調子でいけたらなとは思っているんですけど…」


「いや、ありがとうイリス。じゃあ着席していいぞ」


「え、あの…。立っていませんけど」


「いいからいいから。そういうお約束みたいなもんだから。じゃ、次ノーラン」


「あ、はい…」



ノーランは起立した。なかなか分かってるじゃないか。



「昼間に話してた短縮詠唱を明日にでも継承して、後は訓練するつもりなんですが…」


「それで魔物と戦えるのか?」


「まあ、正直難しいでしょうけど、使徒様達ならなんとかしてくれるんじゃないかなって…」



ノーランは口ごもる。つまりはノープランじゃねぇか。見積もりの甘い人間は存在する。この時代でもどの時代でもそうだ。現代でもちゃんと作業工程見積もって段取り出来る人間なんて限られている。俺は教頭のせいで地獄の残業を強いられた「夏の無限草むしり編」を思い出していた。



ノーラン!お前はいまからハゲ頭(教頭のこと)だ!



「じゃ、次!エルフの…エルフのあなた!」


「わ、私もですか!?」



ノッテきた俺は次の指名をする。自分は当てられないだろうと油断しているヤツを指名するのはとても快感だ。後で「あの時あてやがって…」とブツブツ言っている生徒の話が聞こえてくるとウキウキしてしまう。さあ存分に恥をかくがよい。



「先ほど話に上がりましたが、私は短縮詠唱を継承させて頂くカレナリエルです。短縮詠唱は高度な魔法体系ですが、使徒様方ならきっと使いこなせるのでは無いかと思います…」


「そうだね。で、結局のところ、その短縮詠唱で魔物に勝てるかどうかって話はどう考える?」


「その…。難しいのではないかと…」


「どうやったら勝てると思う?」


「それは使徒様のお力でなんとか…」



お前もノープランじゃねぇか。まあ、この場のリーダーっぽいノーランにプランが無いのだから他の人に聞いてもないんじゃないかなとは分かっていたけれど。ちょっと悪いことしたかな…。



その場に居た騎士の隊長、執事さん、メイドさんにまで当てていくが、予想通り良い返答は得られなかった。



「いざとなれば私が…」



イリスが何か言いかけて執事の男が「お待ちください」と止める。何か隠し玉があるのだろうか?しかし、そもそもこの最悪の状況を打破するために俺たちが呼ばれたのだ。自分たちで解決できるならとっくにしているという話だ。期待は薄いだろう。



「かーっ、やっぱり使徒様でもダメか。なあ、お嬢様よぉ。もうここから逃げ出した方がいいんじゃねぇかぁ」



ノーランは先ほどまでの畏まった言動をやめ、ぶっきらぼうにそう言った。至極まっとうな意見だ。これが彼の本音の部分なのだろう。



「いえ…。私にはそれしか道はありません…」



イリスの口調は重い。何が彼女をここまでこの街に繋ぎとめているのかは分からない。が、彼女は一貫してそう言い続けている。なにがあってもこの街で死ぬつもりなのだろう。それがどうも積極的な決意というよりは消極的な諦めに見えてしまうのは気のせいではないだろう。親は何してるんだ親は。



「なあ、イリス。聞いていいか分からないけれどご両親はおられないのか?」



こういう場合の定番では魔物達との戦いで戦死した両親に街を任された若い領主みたいな物語をイメージしていた。なのであまり踏み入った話は聞くべきではないと思っていたのだが、もし存命であれば娘がこのような状況にいるのに姿を現しもしないというのは気になって仕方ない。



「父は…。ここより王都寄りにあるエノーで軍を指揮をしています。母や兄弟もそこにいるはずです…」


「娘をほったらかして何やってんだ?」


「黒羽様…。仕方がないのです。私は…」



イリスが言いよどむ。怒りに任せて部屋に飛び込んできた流れだったが、話の流れで終始いじめているみたいな空気になってしまった。よくないなぁ。



「私は…出来損ないですから」



空気が一層に重くなる。



彼女の貴族様とは思えないような低姿勢で自信の無い様子の理由が分かったような気がした。



彼女は魔法がうまく使えないことで家から見捨てられてしまったという。この世界の魔法優位の考え方は相当に歪んでいるな。魔法によって地位も名誉も手に入る。貴族は魔法があるから貴族であって、魔法がなければその座を簡単に奪われてしまう。実力主義と言えば聞こえはいいんだろうけれど。



まあ、可哀そうな子供を見捨てるような人間性は持ち合わせていない。俺が、俺たちが助けてやらないとな。



これまでどうも受け身だったのが性に合わなかったんだ。



これが異世界では常識なんだろうな、とか。この時代の貴族社会はそんなもんなのかな、とか。自分で考えたわけではなく、なんとなくで受け入れてしまっていた。



与えられる物だけでなんとかなるだろうという安易で思考停止な考え方だった。よくないな。



生徒達には普段から「自分で考えて行動していかないと…」なんて結構偉そうなことを言っているのに、いざ自分のこととなると呆けてしまうモノなんだな。



これは格好が悪い。



ここからはそろそろ俺のターンだ。



「子供がそんな難しい顔ばっかりするモノじゃない。俺がなんとかしてやるから」


「黒羽様…」



イリスはいまにも泣き出しそうな顔で俺をみつめてくる。よしよしと頭を撫でてやる。しかし、ヒュッと手を放す。ヤバいヤバい。気持ち悪い上にセクハラじゃねぇか。変な噂が校内で立っちまうところだったぜ。俺は慌てて周囲を見渡す。噂を流しそうなヤツは…いないが、こういうのって普通そうにしているヤツほど裏で情報流すからな。信用は出来ない。



「ほこり!ほこりがついていましたよ?」


「あ、はい。ほこりですか?ほこりついてましたか!」



イリスは上ずった声で言うとうつむいてしまった。これはヤバいか?どうだ?と様子を見る。うーん。わからない。とにかく気を取り直していこう。



「ここからは俺が仕切っていくから、全員案をだしてくれ。どんな些細なことでもいいし、破天荒な案でもいい。いったん出せるだけだしてみてくれ、ブレーンストーミングってやつだ」


「なんでもいいのでしたら…」



そう言って手を挙げたのはさっきのエルフ、カレナリエルだった。



「私は兄と魔法の研究をしている魔導士です。現実的では無いですが研究中の魔法を完成させられれば一矢報いることは出来るかもしれません…」


「いやいや一矢じゃ困るんだよ。でも、その話詳しく!」


「少し長くなりますが…」



カレナリエルの開発中の新魔法というのは「敵の魔法を吸い取って使用する」という実現出来れば画期的な魔法らしいのだが、開発状況は15%程で、骨組みも出来ながっていない物だという。魔法の研究には数十年単位での研究が必要になるらしく、あと1週間程度でどうにかなる物ではなかった。



しかし、彼女から聞いた新魔法を開発するという手順は非常に興味深い物だった。



「これは光が見えてきたかも知れん」



俺はそう呟く。状況的にはほぼ積みの状態からの一転攻勢。おぼろげながら勝利へのルートが見えてきた。



時間が圧倒的に足りない。が、やるしか全員無事で生き残ることは出来ないだろう。



「イリス!カレナリエルさん!今夜は寝かさないからな!」


「黒羽様、目が怖いです」


「ちょっと言い方が…」


おっとおじさん間違っちゃったかな…。

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