第7話 現代知識無双

冒険者パーティー「マグド」。人間2人、ドワーフ1人、ハーフリング1人の4人パーティー。カルガイア聖王国の西側を中心に活動している有名な冒険者パーティー。魔物を倒すのに10人がかりのこの世界では、4人パーティーというのは少数精鋭のパーティーということになる。彼らは今回のような斥候のような任務や探索を中心に活動していて、討伐依頼などの大掛かりなクエストでは他のパーティーと共闘するなどしているらしい。なんか部活の大会みたいだな、違うか。その時だけ集まるプロジェクトチームって言った方がかっこいいか。エルフの3人は事情があって行動を共にしている別のパーティーとのことだ。


これからマグドから斥候の報告と、今後の方針を話し合いたいという。


俺と佐藤先生、マグドのリーダーのノーラン。イリスとお付きの執事が応接室に入った。こないだ召喚された日に話し合いを行ったあの部屋だ。


「こうして話をするのは初めてですな。無礼があったらすんません」


武骨ないかにも冒険者といった風貌の男が挨拶してくる。茶色い髪に茶色い瞳、無精ひげをはやし、革鎧はくすんでいる。ガタイのいい体は格闘家のようだ。年は俺よりも上かな?俺は差し出された右手を握り握手に応じる。


「いやあ、使徒様ってどんなヤバイやつかと思ってたんですが、人がよさそうでほんと良かったですわ」

「ノーラン!失礼ですよ!」

「ああ、そうかすんません」


ノーランのぶっきらぼうな物言いをイリスが嗜める。親子ほど年の離れた二人だが、立場は完全にイリスの方が上らしい。美少女におっさんが怒られている図はグッとくるものがある。ノーランはガハハと笑い、俺にも「すんません」と謝ってくる。いや、全然いいですよ。


「ノーラン、報告をしてください」

「いやいやお嬢様。その前に使徒様にちょっと挨拶させてくださいよ」

「な、なにを悠長なことを!使徒様だってお忙しいのに」


危機的状況に追い込まれてはいるが忙しいかと聞かれると、どうかな?それはそれとして挨拶くらいは全然いいですが?


「構いませんよ。自己紹介って言ってもこっちでは肩書もないけど。俺は七星高校2-Bの担任の黒羽テツヤ。こっちでは使徒やってます」

「副担任の佐藤です」


俺たちが了承したことでイリスも「それなら…」と、渋々といった感じで引き下がった。


「これはこれは。俺はノーラン。この辺を中心に冒険者やってる。実は使徒様たちが召喚されたときにもいたんだけど、依頼のせいで挨拶も出来なかったからな。話が出来て良かったぜ。なんかあれだな、使徒様ってやつはヤベーやつが多いって話だったけど、話しやすそうで良かったぜ」

「ノーラン!だから嫌だったんです!」


気さくに話しかけてくるノーランとそれを諫めるイリス。別に失礼というほどの物言いでもないけどな。イリスはちょっと使徒という者を神聖視し過ぎてるところがあるからな。これが貴族と一般人の差なのかイリスが特別なのかわからないが。アイドルのマネージャーのような立ち位置だな。さしずめ握手会の黒服さんだ。握手したらすぐ離れてください持ち時間は6秒です。


「全然いいですよ」

「ほら、使徒様だってそう言ってるじゃないか。こう見えて俺もそこそこ使徒様って好きなんだよな。俺たちのパーティー名のマグドも使徒様からとったんだぜ。使徒様の世界には魔苦怒那琉怒っていうのがあるんだろ?使徒様の聖地で、この世界に来た使徒様はそこに恋焦がれるとかって話。俺もそんな楽園を目指すって意味でマグドって名づけたんだぜ」


それポテトのおいしいお店じゃん。しかも昔のヤンキーの当て字じゃん。召喚された使徒の中に絶対ヤンキーいただろ。


ノーランは俺たちに様々な質問を投げかけてきた。年齢、趣味、家族構成、恋人の有無、休日の過ごし方、仕事の内容、年収、最近のマイブームまで、これで結婚観まで聞かれたら婚活のプロフィールだ。嫌だよお前と結婚するのは。初めは文句を言っていたイリスに至っては紙とペンを取り出し一言一句メモを取っている。


これから戦場を共にすることになる彼や彼らとは友好な関係を築いておきたい。こういった雑談もお互いの理解を深めるためには必要な物だろう。それに大きな収穫もあった。佐藤先生は恋人がいないということだ。こんな場所だから正直に答えていないという可能性は捨てきれないが、その口で「恋人はいません」と答えていた。ノーラングッジョブ。


「話のついでで悪いんだけど、短縮詠唱を継承してもらいたいんだけどいいかな?」

「ああ、構いませんよ。俺とライラが第一階層の短縮詠唱を使ってますんで使って下さい。あと、俺たちと一緒に来ているエルフ達に聞いたらなんかあるかも知れないですね。エルフっていうのはそういう研究をしている種族なんで」


彼らにとっても秘匿したい切り札だろうに快く応じてくれた。その辺は冒険者と貴族や魔法使い専門の人間との価値観の違いかも知れない。第一階層の魔法ではそこまで威力に期待は出来ないが、俺たちの魔力であれば連続して打つことが出来る。これはかなりのアドバンテージだ。俺はノーランに感謝の言葉を告げた。


「じゃあそろそろ報告をさせてもらいますね」


キリがいいと思ったのかノーランが切り出した。3万の魔物の軍勢、その斥候に行っていたノーラン達。召喚されてから正直実感の無かった「俺たちが召喚された理由」。それが現実の物として突きつけられるのだ。


「俺たちは群れを迂回してアンセムの町まで行って来たんですが、それはひどい有様でしたぜ…」


アンセムの町は聖王国の西の国境付近にある町だ。そこを目指して魔物達が大行進をしてきたということだ。ノーラン達は群れの本隊からは距離を置いて、数キロ離れた丘からアンセムの町を確認した。そこには確かにアンセムの町があったはずだった。しかし、そこには何も無かったのだ。


町とは言え、国境付近にある町だ。サングリッドほどでは無いが、それなりに堅牢な城壁を持っていたらしい。町を取り囲んでいたはずの城壁は見る影も無く粉砕され、わずかに根元が判別できる程にしか残っていなかった。町の建物もその類にもれず、場所を知らなければここがアンセムの町だと判別することも出来ない程に破壊しつくされていた。


もし町が抵抗を続けていた場合、ノーラン達は救援を視野に入れていた。それは依頼にはないことだが、彼らも何度か立ち寄ったことがある町の危機に命に関わらないレベルなら助力するくらいの人情はあった。しかし、遠目から見ただけでも町の惨状は凄惨な物で、黒い瘴気が立ち上る様子は物語に聞く魔界のようであった。生存者がいるとは到底思えなかった。


「生き残った方はいなかったのですね…」


イリスが悲痛な表情でノーランの報告を聞く。俺も佐藤先生もどういう顔をしていいかわからずに静かに動向を見守った。


「まあ、あれだけの大群ですから進みはめちゃくちゃ遅いんで、逃げる奴はさっさと逃げてるとは思いますけどね」


ノーランは事もなげに言う。それでも町に残っていた人もいるだろうに。彼ら冒険者はこういった悲惨な状況や人の死というものに慣れてしまっているのかも知れない。命が安いというのが異世界ファンタジーの定番ではあるが、そんな定番はいらんかった。


「で、肝心の魔物の大群ですが、あれはダメですね…」


ノーランはアンセムの町を離れた後、魔物の大群の後を追った。相手は3万もの大群だ。ただ通り過ぎるだけでも周囲に甚大な被害を伴い、どこに行ったかは容易に判断することが出来た。魔物達の大群は濁流のように蠢き、進行方向にある町や村を壊滅させながらサングリッドに向かっていることが伺い知れた。とはいっても彼らにとってサングリッドすらも通過点にしか過ぎないことはイリス達には分かっていた。サングリッドを通り、更にいくつもの都市を抜けた先にあるこの国の首都を目指しているのだろう。魔物の侵攻が確認されて2週間。奴らは一直線にカルガイア聖王国の首都を目指しているらしい。ここに奴らが来ることはほぼ間違いないのだ。


そして、魔物の大群は夢でも幻でも無く、確かに3万もの巨大な群れであることは間違いないらしい。オーク種、ゴブリン種、アンデッド種、昆虫型モンスター種、獣種、トロールなどの大型種まで多種多様な魔物が群れを成して向かって来ている。本来なら交わることの無い魔物達が一堂に介して向かってくる。こんな宝石箱はいらんのですよ。


魔物1体に対して10人の騎士が必要。


俺たちがちょっと魔力が無尽蔵でもどうにもならない匂いしかしないのだが。


「お嬢様、ほんとなら逃げた方がいいとおもうんですがね」

「いえ…」


イリスは言いよどむ。彼女はきっと決意を持ってこの魔物達に立ち向かおうとしているのだろう。ならば俺たちも出来る限りのことをするべきだ。


「まあ、俺たちはヤバくなったら逃げさせてもらいますがね」


ノーランはガハハと豪快に笑いながら言う。その表情からはそれが本気の発言なのか冗談で言っているのかは伺い知れない。物語の世界であれば、そんなことを言っておきながら最後まで戦ってくれる勇敢な男というのが定番ではあるが、現実となれば話は別だ。物語はドラマチックで稀有だからこそ物語であって、実際に世の中で行われている現実はもっと短絡的で冷たい物なのだから。


しかし、心配することは無い。


なぜなら奇跡の体現者がここにいるのだから。


そう、俺たちは異世界から召喚されたチート持ち「使徒」だ。


そして、俺たちがこの世界で優位に立っているのは魔力の高さだけでは無い。俺たちにはこの世界よりもずっと歴史の進んだ世界からやってきているのだ。人の歴史は戦争の歴史だと誰かが言った。その事を脳死で肯定するつもりは無いが、実際に数多くの戦術・戦略を俺たちは知っている。その中には絶対に不利の戦局を奇跡的に覆した物がいくつも存在している。俺の知識でこの戦局を覆してやろうじゃないか。


そう、現代知識無双だ。


今回のような大軍と戦う時の秘策が俺にはある。


ノーランは地図を広げて俺たちに魔物の侵攻状況を説明している。後、7日程でこの街に到達することが予想されている。残り7日、俺の戦術を活かすには十分な日数だ。


「俺に妙案がある」


俺はおもむろに宣言する。イリスもノーランも佐藤先生も執事のロマンスグレーも顔を上げ俺に注目する。さあ、俺の現代知識無双の始まりだ。反撃の狼煙を上げろ!


「イリス、生物が生存するのに必要な物ってなにだかわかるか?」

「え…と、食事…でしょうか?」

「そう、それもあるがもっと根源的に必要な物があるだろ?それは水だ」

「水ですか?」

「俺たちの世界の研究では人体の60%は水だと言われている。そして水を4、5日飲まないと死亡すると言われているんだ。生物であれば水を飲まずに活動することは出来ないことが分かっている」

「つまり、水を断つということでしょうか?でもどうやって」


この世界では大規模の侵略戦争は無かったのかな?この時代で水を断つなんて一つしかないだろうに。


「それは井戸を埋めてしまうんだ」

「イドですか?」

「そう、俺たちの世界でも戦国時代なんかは井戸に水銀なんかの毒を入れたり、井戸を破壊したりして敵軍の水を断つことによって相手を壊滅させたり撤退させたりしていたんだ。どんな大軍だろうと水の補給が無くなったらまともに戦争なんて出来ないからな」

「あの…。イドってなんですか?」


あれ?井戸が無いの?さすがにそんなことは無いでしょう?


「使徒様。イドというのは水を貯めておくため池みたいな物でしょうか?」

「というか地下水まで穴を掘って水を汲みだす場所なんだけど?」

「あの…。水は魔法がありますので…」

「なんやて!」


そうだった。この世界は魔法が一般化している世界だった。


「私達が魔法を使うように魔物の中にも魔法を習得している種族もいます。コモンマジックでも水は作り出せますが、第一階層の中には大量の水を生み出す魔法もありますので水を不足させるというのは難しいかと…」


干ばつとか全然怖くない世界じゃん。逆に羨ましいわ。


「じゃあ食料は?兵站を断つって作戦は?」

「兵站は難しいですぜ。あいつらはなんでも食いますし、最悪共食いまでしやがりますから。そもそも飯を食わない奴もいますし」


全然ダメじゃん。アンデッドがコスト0の労働力になっちゃう世界じゃん。


「じゃあ、地雷はどう?俺たちの世界じゃ悪魔の兵器と言われるくらい危険だけど、今回の状況だと有効だと思うんだけど?」

「高位の魔法使いが地雷の魔法を使うと聞いたことがありますが、おそらく宮廷魔術師クラスの秘匿魔法になると思います。いまの私達ではご用意することは出来ないかと…」

「火薬はあるんだろ?」

「火薬ですか?花火で使われている粉ですよね?探せばあると思いますが魔物に効くとは思えないのですが?」

「現代知識無双が通用しない?」


この言い方だと一般的では無いらしい。量が無ければ戦略としては機能しない。ついでに毒も魔法が一般的で王都にでもいかないと量は手に入らないらしい。


俺たちがいま置かれているのは防衛戦で攻城戦だ。更に冒険者を合わせても戦える人数は50にも満たない。相手は3万の大軍だ。奇襲や戦術で覆せる戦力差では無い。ならばこそ戦わずして勝つ方法だったり、罠が必要となってくるのだが、それすらも使えない。


これは終わったのでは?異世界チートってなんだっけ?


「報告は終わりです。じゃあ、俺は下がらせてもらいます」


ノーランは立ち上がった。俺は現代知識無双が出来なくてうなだれていた。


「じゃあ使徒様、俺の使ってる短縮詠唱は明日にでも継承させてもらいますぜ」


そういうと部屋を出て行ってしまった。取り残された俺と佐藤先生も力なく立ち上がり部屋を後にして生徒達の元へ向かうことにした。


これは危機的状況だ。正直言うともう少しなんとかなると思っていた。3万という大群だが、現代知識があれば手があると少し楽観視もしていた。つくづく甘い考えだった。


仮に短縮詠唱があったとしてもこれでは生き残ることは出来ない。


いっそ生徒達を連れて逃げるしか無いだろう。


俺一人だったらまだしも、俺は生徒達の命も預かっている身だ。無謀な作戦に特攻して彼らを危険に晒すわけにはいかない。幸い魔物の侵攻速度は遅い。これは現実世界でも同じだ。軍となると基本的に歩みの遅い者に合わせて軍が動くことになる。ノーラン達が斥候に行って戻ってこれたように、俺たちも逃げるという選択を取れば逃げられないことも無いだろう。そして、魔物たちはこの国の王都を目指している。つまりはその進行方向にさえ気を付ければそれを回避することは容易だと考えられる。


逃げることは出来るのだ。


打算的ではあるが、まだ時間に余裕はある。様子を見守るしかないだろう。


「黒羽先生」

「どうしました?」


佐藤先生が俺に声を掛けてきた。その表情は複雑で不安が顔に出ている。そうだ生徒達だけでなく、佐藤先生も守らなければならない。


「この世界に来てもう3日です。生徒達は元気に見えますけど、きっと心細い思いをしていると思うんです。生徒達に不自由させないように考えていかないと」


優しい。なんだこの人は女神なんじゃないだろうか。こんな状況でも自分のことよりも生徒達のことを心配するなんて。


生徒達は将来のある若者たちだ。こんな世界に来てしまってもう3日も経ってしまった。その間、俺もいろいろと考えることが多く、生徒達のケアを怠っていたのかもしれない。これは教師として由々しきことだ。せめて彼らに不自由なく元の世界に戻してやることを考えなければならない。


そして、佐藤先生もそうだ。


「佐藤先生も無理はしないでくださいね」

「ありがとうございます。黒羽先生も」


俺は佐藤先生と見つめ合う。なんかちょっといい雰囲気のようだ。


ここは何か気の利いたセリフでも言わないといけない場面だ。彼女がいま一番心配していることはなんとなく分かる。その心配を少しでも和らげるために言葉をかけよう。


「大丈夫ですよ、佐藤先生。こんな状況ですから。残業代は特別手当で払って貰えますって」

「先生っ私の話聞いてました?」


佐藤先生は怒りだしてしまった。おっと何か間違ったようだな?俺たち社会人にとってお金は大事だよ?家賃払えないじゃん。


俺は佐藤先生の怒った顔もかわいいな、なんてことを考えていた。

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