第16話 魔法は書き換えられる

「みんなが静かになるまで30分たちました」



俺は怒りを込めて言う。魔物の軍勢がこの街に押し寄せてくるまで後5日ほどしかない。そんな時間の無いときにいつまでも落ち着かない生徒達。本当に緊張感の無い奴らだ。



俺は生徒達にもみくちゃにされてボサボサになった頭を手櫛で整えながら言う。



「「「お前に言われたくねーよ」」」



生徒達からの大合唱が入る。おっと藪蛇だったようだ。



落ち着かなかろうがなんだろうが、授業を始めることは変わらない。昨日は少し残って佐藤先生と授業分担を決め、テキストの作成も行っている。1~4限目は国語、美術×2、英語なので佐藤先生の分担だ。文系科目は正直、俺よりも佐藤先生の方が適任だ。



「なんだか、初めて登壇したときくらいに緊張します…」



そんな可愛いことを言っていた佐藤先生だったが、授業が始まると堂々と授業を行っている。いやあ、新人の頃からみているけれど成長したなぁなんて熱めのオタクみたいなことを考えてしまう。いいねぇ、佐藤先生の授業。俺も受けたい。



いま生徒達が使っているのは「人生を変える速読法すごいこれで大東に合格しました」、略して「すご合」改良版だ。



元々の「6倍の集中力で50分間の授業を受けつつ、リラクゼーションも行う」という効果に加えて、敏捷性と半分の効果の筋力アップを加えている。まだまだ実験段階の魔法ではあるが、この効果は凄まじい。1~4限の授業が佐藤先生の受け持ちなので、俺は「すご合」を使わずに授業の風景を見ていたが、完全に倍速再生の世界だ。実際は3倍か4倍くらいの速度なんだろう。わちゃわちゃしていて何が起こっているのか外から見ると変な感じだ。集中すると聞き取れるくらい?でもあれだな、やっぱ倍速とかにすると声って高音に聞こえるんだな。あれか音の波形が変わるからか?



「お前ら外から見てるとめっちゃ気持ち悪いな」



佐藤先生の授業が終わった生徒達に声を掛けると「お前のせいだろ!」とまたみんなに非難された。おっと、また間違えたようだ。



とにかく、この魔法は大成功だ。時間効率がめちゃくちゃ跳ね上がるのはもちろん最高にいいことだ。それにこれは確実に戦闘に転嫁出来る。こと戦闘において速さとは強さだ。相手が攻撃する前に攻撃すれば相手が何も出来ないままで倒すことが出来る。ずっと俺のターンだ。



これを授業で行うことにも一応ながら理由がある。魔法の効果と副作用の確認、そして使徒の魔力量の把握だ。



この「すご合」はカレナリエルさんクラスの魔導士でも使いこなすことが出来ない高度な魔法だ。実際の仕組みは寄せ集めの魔法ではあるのだが、その寄せ集めであるがゆえに効率が非常に悪く、燃費は最悪だ。そんな魔法をどれくらい使ったら魔力切れを起こすのかを確認しておかなければならない。



使徒はチート持ちとはいえ、人間である以上、限界があると考えるのが自然だ。



いざというときに「魔力切れを起こしました」では話にならない。本番である魔物との戦いの前に底を確認して計画を建てることは大切なことだ。



しかし、未だ全く底が見えない。これはなかなか凄まじいことなのかも知れない。



度々、寝ているヤツもいるが、これは魔力切れでは無くて普通にやる気ないだけなのは知っている。「起きろ!橘!」。



そして、イリスから打ち明けられたことについても考えておこう。



なかなかに香ばしい話だったが、穿いてないことはそこまで深堀することも無いだろう。そういう人は世の中に普通にいるし、外に向けて興奮しないだけ非常にまともで良いことだ。彼女が穿いていなくて困る人間は別にいない。…と考えておこう。それが大人ってもんだ。



いまのところ高位の魔法を継承していないので、俺たちには症状は出ていない。もしくは使徒特典で症状が出ないかもしれない。正直それを期待している。この年で、しかも男のノーパンなんてどこにも需要なんてあったもんじゃない。



さすがに!さすがにだけれど、佐藤先生がそうなったら…いいかも知れない。それはアリだ。



イリスは聖痕を受けて穿けない体になってしまっているのは不憫ではある。俺たちにもそれぞれに何か変化が起こるかも知れないことは肝に銘じておこう。出来たら社会から抹殺されるような聖痕は避けさせて貰えると本当にありがたい。



イリスの持っていた「図解使徒様大百科(聖教会出版)」にも、言い方はマイルドになっているが、昔この世界に来ていた使徒達の性癖っぽいものが散見して見られる。男の夢ハーレムを作っている使徒も見受けられた。元々の性格か聖痕の仕業かはわからないが、心に留めておこう。



マルコのような聖痕だったら元の世界に帰ることが出来ないかもしれない。帰ったら即通報ですよ。獄中で点呼されてしまう。



事情を知っている生徒たちは差し入れに魔導書とか持ってきてくれるだろうか。



生徒達に聖痕が現れることも心配だ。元の世界に帰って不自由な生き方を強いられるのだけは避けなければならない。聖痕で煙草を吸うようになった者がいるという、そんなん高校生だったら完全アウトだからな。



テスターになれるかはわからないが、まず俺がギリギリのラインを見極めてやらなければならない。そのことも話をしておいてやろう。



魔法の継承が影響することが分かっていることは救いだ。対策は立てやすい。



そして、帰還魔法が無いということ。これは薄々気づいていたことではあったが、ショックはある。しかし、こっちの世界と元の世界がなんらかのパスで繋がっているのは確定している。それはこれまでこの世界に来ていた使徒達の多くが元の世界の名前を名乗っていて、元の世界の文化や技術を持ち込んでいることからも分かる。



召喚魔法を逆手にとって研究すれば帰ることは出来ると考えるのが道理だ。エルフ達や魔導士たちの協力を得て調べてもらうのがいいだろう。その為にも魔物を倒して平穏な状況を作らなければならない。



後は、使徒召喚が禁術とされていることだ。正直これは大した問題では無いと考えている。どうせ、200年前にやってきたショーイチという使徒が決めた決まりだ。理由は自分の障害となる者を増やしたくなかったためってとこだろう。



気持ちは分からなくもない。チートで好き放題やっていて、その暮らしを脅かす者といったら、同じチート持ちが一番に思い浮かぶ。そして、使徒が度々この世界にやってきていることは周知の事実だ。だったらその召喚魔法を禁じるのは当たり前の帰結だろう。



元の世界に帰る俺たちであれば、それほど王国の貴族社会における脅威にはならないであろうし、使徒は教会が認めた英雄だ。下手な手出しはおそらくしない可能性だってある。



それでもあまり使徒であることを吹聴しないのが得策だろう。俺たちはいいけれど、イリスはまあ間違いなく処罰されるのだろうから。



修学旅行の日程とは大きく延長してしまったけれど、帰る見込みがない訳ではない。それを目標に頑張っていこうじゃないか。



こっちの世界とあっちの世界では時間の進みが違うっていうのが理想ではある。



はい、それでは後半5~6限目の授業は俺の担当だ。生徒達に2回目の「すご合」を唱えさせ授業に入る。



5~6限目の授業を行い。その後、新魔法を生徒達に覚えさせる。



その後、自由時間と昼食を挟んで午後からは魔法の訓練を行う。2日目にしてなかなかに段取りが良い。



昼食を終えた生徒達を中庭に集合させ、魔法の授業の開始だ。



ノーランやカレナリエルさんも同行しての実戦的な訓練となる。が、この世界の魔法戦闘は魔法戦闘であって魔法戦闘では無い。なにを言っているんだと思うかも知れないが、そうなのだからしょうがない。



とにかく魔法の使用回数の限度が厳しく、魔法をガンガンに打ち合うというスタイルは取れない。奇襲やインパクト時、強力な魔法を放って撤退といった散発的な使用に留まる。それに詠唱が長い。



短縮詠唱の技術をフル活用して、ほぼ無制限に魔法を行使できる俺たちの戦い方と、ノーラン達との戦い方では大きなズレが生じてきている。



魔法での戦闘訓練のはずなのに魔法をほとんど使わないという戦闘スタイルなのだから。ズレてもしょうがない。



素振り1000回はじめ!って言われてもついていけるのは藤井くらいだからね。



そんな訳で今回の訓練からは俺の作ったカリキュラムでの訓練を始めることにした。ノーラン達はその補助だ。



「では、1番から5番、構えっ、てーっ」



出席番号で並ばせた生徒に号令を出す。いま行っているのは、授業の最後に継承させた新魔法のテストだ。「すご合」で行ったコモンマジックを強化するというやり方でファイアー・ボルトを強化した。まずは火力と射程距離を倍にしている。



「「「ファイアー・ボルト・バージョン1」」」


「ふぁいあーぼるとぉばーじょんわん」



一斉にとはいかないまでも魔法が的に向かって飛んでいく。親の顔より見た魔法陣が展開されて魔法が飛んでいく様子は何度見ても壮観だ。見たところ炎の大きさは倍ほどになっているが、射程は大きく変わっているように見えない。



「先生っ。射程はみたところ変化なしで120フィート。火力は向上していますが、外炎温度の変化は無いように見られます」


「あ、え?フィートね。120フィートって何メートル?」


「約36.5メートルです先生!」



昨日の一件があったからか三ノ宮が助手を買って出てくれている。熱心なのはいいことだ。正直、もっと消極的な生徒だと思っていたのだが、こんなにやる気を出すとは思わなかった。意外な一面が見られると教師としても嬉しい限りだ。何が彼女のスイッチを押したのかはわからないけれど、やる気があるのはいいことだ。その熱意を応援したい。



「んじゃ、第2陣、次はバージョン2、構え、てーっ」



今度は魔法の角度を変えられないか試した新魔法をテストする。結果は失敗だ。通常のファイアー・ボルトとなんら変わらない結果となった。術者の方が意識的に角度を調整してしまった可能性もあるが、その辺も要検証だな。



こと戦闘に直結する攻撃魔法は生徒に実際に使ってもらいながらテスト結果を大量に得るのが効率がいい。



ファイアー・ボルトを中心にした新魔法を60種類試したところで今日の新魔法のテストは終了した。結果はなかなかに順調ではある。その証拠でも無いが、昨日まで小ぎれいだった中庭の訓練場が、砲撃でも受けたかのようにあちこち崩れ焼け焦げている。



「バーション16とバージョン22はなかなか良かったな」


「そうですね。でもバージョン40ほどになると、威力は上がっていますけど術を放った時に術者の方も炎の熱が回ってきているようです。安全性を考えると火力は5倍までがセーフラインかも知れませんね」


「そこはあれだな、使う側の対策が出来ないかも考えてみてもいいかもな」


「そうですね。耐熱で皮手袋をつけて魔法が撃てるのか試してみましょうか」


「それもそうだが、4倍の火力まで熱がこちらにこないことを考えると熱を遮断している魔法の構文があるはずだから、そこの解析も進めていけるといいかもな」


「なるほど。それは思いつきませんでした。ふふっ。魔法の可能性は無限大ですね。わくわくしてきました」


「お、やる気になってきたな。じゃあ悪いけど今回のデータ表計算ソフトに入力しといてね」


「わかりました!任せてください」



やっぱりいいなあ、やる気のある生徒って。こんなに幸福感がある物だとは思わなかった。逆にこいつらこれまでどれだけやる気無かったんだよ、と思わなくもないけれど考えないでおこう。



それに、三ノ宮はプログラミング部だからこういうの好きなのかもな。新魔法の開発はプログラミングに通ずるところもあるから興味があるのかも知れない。



「…これでまた僕の野望に近づいた…必ず大きくしてみせるからな…」


「お?なにか言ったか?」


「いえ、なにも。先生!ほら、ノーランさんが呼んでますよ!」


「ほんと?じゃあ行ってくるわ。悪いけど頼んだぞ」


「はい!」



さて、次は近接戦闘の訓練だ。これも俺のカリキュラムで行うことになっている。俺たち使徒の特性をてんこ盛りした戦い方を編み出さなければならない。



といっても案は既に出来ている。



それは「すご合」を使用した状態での超集中状態での近接戦闘だ。を



改良版の「すご合」には筋力の強化も付加されている。



授業ではタブレットを使って授業を行っているので、集中力に合わせて筋力強化を付与しているが敢えて弱くしている。それでも通常の筋力よりも向上していることは授業で確認出来ている。この魔法にはまだ伸びしろがある。この筋力アップの魔法「パワー・ストライク」は約3秒間だけ筋力を向上させる第一階層の魔法。そこそこ長い詠唱を唱えてインパクト時に充てるという、玄人仕様の魔法だ。相手の動きを完全に読んで、「ここだ」というタイミングがそろそろ来るなと予測してインパクトを叩き込む。俺も一狩り行こうぜにハマってた時ならいけたかな。岩の竜ならガンガンいけそうな気がするけど、黒い竜に充てられる気はしないな。そもそも太刀使いだったし手数勝負なんだよな。それはまあいいか。



対人ならまだしも、初見モンスターにそんな離れ業が出来るはずも無い。



しかし、「すご合」の凄いところはパワー・ストライクの効果時間もちゃんと50分間まで延長させているところだ。カレナリエルさんに言わせると魔力垂れ流しの異常な魔法行使であるのだが、俺たちはチート持ちだ。授業から見ても相当な魔力を消費しているはずだが、一向に魔力切れを起こす気配も無い。これは完全にチート魔法となっている。



館にいたジェマさんをはじめとした騎士の人たちにも協力してもらって今は剣術を行っている。



その効果は圧倒的だ。動きと体つきは素人が多いのに騎士の人たちを圧倒している。技術では劣っているはずなのに、ただの打ち合いでも筋力で押し切り、相手の剣の動きを完全に見切っている。剣術を習ったことのある人間であれば、相手の初動を見てどこに剣が振られるかを予測して動くものだけれど、生徒達の動きはまた違う。見切っているというより完全に見てから避けてるんだろうな。これに更に筋力アップの伸びしろがあると思うと期待が出来そうだ。もちろん、ここに短縮詠唱での魔法を組み合わせることが出来る。かなりの戦力アップが見込める。



一旦の目標は生徒一人で騎士さん10人分の戦闘力を身に着けること。



後、数日あればなんとか達成できそうだ。



俺はハイスピード状態になって宇宙人のような声になっている生徒達と、通常速度のため会話が成立しない騎士さんたちを眺めてほくそ笑んでいた。



「きもっ」



俺は誰にも聞かれないように呟いた。



「先生っ。集計終わりました!」



生徒たちと騎士さんたちの訓練も終わりかけてきたころ、三ノ宮がタブレットを持って走ってきた。おっと、聞かれてないよな。



「なかなかいいデータが取れましたね。次はもっといろんな魔法を試してみませんか?」


「まあ、そうだなぁ…」



今の課題は攻撃力よりも防御力だな。話に聞く限り魔物の暴力性は熊と生身の人間くらいに離れている。もっとかな。物理防御を上げられる魔法の解析と魔法障壁のような物を見つけ出すことで、生徒達の安全が確保される。物理防御に関しては盾や鎧にかけて強度を上げる魔法があると聞いている。そちらの解析を進めていけば実現できそうだ。



本音を言えば生徒達に戦わせたくは無い。が、3万という笑うしかないような数の暴力に対抗して無事に勝利するためにはみんなの協力が必要になるだろう。仮に新魔法の開発がめちゃくちゃうまくいったとして、俺一人で戦える算段となったとしても、自衛のための力は必要だ。この世界では何があるかわからないのだから。



三ノ宮と新魔法の構想を話していると、北山がのっそりと近づいてきた。



「先生。俺にいい考えがあるんだが…聞くか?」



この北山の登場によって俺たちの新魔法の開発は大きく進展することになった。

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