第11話 新魔法

魔法の開発には2種類の方法が存在する。



それは一から魔法をくみ上げる方法と既存の魔法にアレンジを加える方法だ。



今回俺が新魔法を開発する時に選んだのは「既存の魔法にアレンジを加える方法」を取った。



理由は簡単で、イメージ出来る通りに「一から魔法をくみ上げる方法」は、深い魔法への理解が必要になってくる。時間に余裕が無い状態では選ぶことは出来ないだろう。「既存の魔法にアレンジを加える方法」も魔法に関して基礎知識の無い俺はもちろんのこと、異世界の住人達でも精通している者は少ないような専門的な技術ではあった。



アレンジだとしても新魔法を開発できる者は魔導士と呼ばれ、異世界の住人からは尊敬の眼差しを向けられるような専門職であった。



それは魔法という物がコモンマジックのような基礎的な魔法ですら全文で15万文字もの呪文で構成されていて、一文字でも間違えると発動しないという鬼畜仕様であるためだった。余談ではあるが、魔法の発動も2種類存在し、その気になればその15万文字の呪文を詠唱すれば魔法は発動させることは出来る。それこそ現実的では無いのだが。魔法の継承は予め魔法を魂に刻むことで詠唱を圧縮し、より簡単に使うための手段であった。つまり俺たちは短縮詠唱を始めから使っていたとも言える。この短縮詠唱を更に短くすることで、実戦で使えるレベルの物を開発しようと言うわけだ。



本来なら不可能なこのミッションだが、不幸中の幸いと言える状況が整っていた。



それは、魔法の開発を行っている魔導士であるカレナリエルがいることと、文明の利器であるPCがあることだった。



俺は昨夜の話の流れのまま、イリスにノートPCの充電をさせつつ、カレナリエルから魔法開発の手法を聞き、新魔法の開発に取り掛かった。



魔法の継承にも関することだが、魔法の開発はその全文を書き出し、書き換えることから始まる。そして、書き換えた魔法の全文読むことで魂に刻み発動をする。文字は全部声に出しても良いし、黙読するだけでもいい。とにかく全文を余さず触れることで魔法を魂に刻むことが出来る。単純に全文が分かっている魔法を再現するだけならば、全文をパソコンに打ち込んで読み上げてしまえば継承を行うことが出来るということだ。



完全に未知であった魔法が既知の物となった。



それは氷山の一角どころか家に持ち帰ったテスト採点の一枚目みたいな小さな一歩かも知れないが、大きな一歩だった。



本来、魔法の研究をする者は呪文を開発するときに羊皮紙と羽ペンを用いて記述していた。この時代の筆記用具の品質は現代と比べるまでも無く悪い物で、これで一冊の魔法書を書こうとすると確実に腱鞘炎になる上に時間が掛かりすぎる。



そこで出番となるのが文明の利器ノートPC。呪文をデジタルで入力しても効果があるのかは不確定要素であったが、勝算はあった。まず魔法書も羊皮紙で書かれた物と紙で書かれた物の2種類があること、継承や伝説級の魔道具なんかからも魔法を覚えることが出来ることから、必ずしも魔法書でなければならないという制限が無いように思えたからだ。



結果としてその賭けに俺は勝った。



館にあった魔法書を打ち込んで読み上げてみると、魔法の継承を行うことが出来た。



当然、打ち込んだのは俺なので魔法書を触っていることで継承が起こった可能性を考え、今回入力した「フレイム・ナイフ」を継承していない使用人を呼びテストしてみて確認をしている。



これでノートPCにテキストで打ち込んだ物でも魔法の継承が出来ることが確定した。余談ではあるが、念のためフォントと一応文字コードを変えたうえで別のソフトで開いても同じように継承を行うことが出来た。



さあ、ここからが本番だ。実用に足りうる魔法を開発しなければならない。



そして、魔法の全文をPCに打ち込んだことで魔法の詠唱についても分かったことがある。まず魔法は膨大な量の詩のような文章から成り立っている。その詩のいくつかをまとめた節があり、節をまとめた章がある。数百文字をまとめた節が60~80程あり、その節をまとめた章が6~12程で構成されている。もちろん、より強力な魔法になればなるほど、その節や章は増大していくようだ。



その章を読み上げるという行為が魔法の詠唱と呼ばれる物の正体だった。



魔法の基本となる部分はこの詩の部分で、節と章はある一定の法則が定められているが、それさえ守ればある程度自由の利く部分となっている。具体的に言うと、記述さえ間違えなければ節と章の言葉を変更出来るという物だ。



短縮詠唱の根幹となる部分がこの「言葉を変更できる」という点で、フレイム・ナイフの詠唱の「その片鱗を見せ一筋の線を引き」となっている部分を「線を引き」に置き換えることで詠唱を短縮出来るという物だった。



極端な話をすれば、この一文を「あ」とか「う」とか一文字に変えることも出来る。



フレイム・ナイフの全文



イーグニス・トルボ・グスイーア


アグニ・トルボ・グスイーア


フー・トルボ・スラーフェ


ススーボーライヘデイパート


紅蓮の炎よ


我が手に宿る赤き短剣よ


古の術式を謳い上げ


遥かな闇の彼方から呼び寄せた魔力を


この剣に宿らせよう


使命を示すこの名を聞け


炎の精霊たちよ


我が呼び声に応えて現れよ


鋭利に研ぎ澄まされた刃よ


疾風の如く躍動し


我が敵を焼き尽くし灰と化せ


フレイム・ナイフ



という長い詠唱を



イーグニス・トルボ・グスイーア


アグニ・トルボ・グスイーア


フー・トルボ・スラーフェ


ススーボーライヘデイパート


くらえマジであついほのお



に変えることも理論的には可能になる。これは1章を1文字まで短縮しているので、同じ文字を使うことが出来ないという制限はあるが、この詠唱でもフレイム・ナイフを発動させることが出来る。



本来ならばここまでの短縮をしてしまうと、使用者への負担が大きい上に使用する魔力の量も跳ね上がるため現実的では無いらしいが、そこはチート持ちである俺たち使徒であれば問題ないと考えられる。



魔法の詠唱に関する問題はこの短縮詠唱の仕組みでクリア出来るだろう。



次に取り掛かったのは新魔法の開発だ。



この世界の魔法は使用者の能力に関わらず一定というチート泣かせのロープレ使用。いくら魔法の詠唱が早くなり、連発出来たとしても圧倒的な火力不足は否めない。新魔法の開発は必須な課題であった。



とは言え、新魔法の開発なんて物はヒューマンが一生をかけて出来るか出来ないか、エルフのような長命種が何十年という歳月をかけて行うものだ。俺が手を出して短期間で作り上げられるとは思えない。



そこで俺がとった方法は詩の部分には手を付けず、章と節の部分に手を付けた。魔法の研究をしているカレナリエルですら詩の部分の解析と理解は、ほとんど分からないという代物だ。今の俺が手を出すべきでは無い。



俺が行ったのが「既存魔法のアレンジ」を行い、更に強化版にすることで簡易的に新魔法を開発することにした。



カレナリエルに言わせると、膨大な魔力と異常なまでの魔法能力によって力業で魔法を成立させているごり押しなのだが、新魔法開発のリスクが少ないことは間違いないということだった。新魔法の開発には大きなリスクが付きまとう。魔法を改変するというのは結局のところ、書き出した詩、節、章を書き換えればいいだけの物なので簡単で誰にでも出来ると言える。しかし、書き換えることで何が起こるかわからなくなる。



魔法が発動しないなら別に構わないが、魔法が暴発するなんてことはよくあることで、魔法が変にループしてしまうことで無限発動編に入り衰弱死する者や廃人になる者も少なくはない。そのため、魔法を開発する魔導士という者は熟練の魔法研究者にしかなることの出来ない専門職と言える。ヒューマンの制度では魔導士になるための試験や資格が数多く設けられているというのも頷ける話だ。



そんなわけで俺の取ったやり方は「既存の魔法を強引に連結して強引に魔法を強化した上で短縮する」という魔導士から忌避されるような雑で強引な方法を取った。全く美しくない魔法の開発。専門家のカレナリエルはちょっと嫌そうな顔をしていたが、ねっからの魔導士らしく途中からはノリノリで協力してくれた。



なんかやってるとプログラミングみたいなんだよな。ルールの中でくみ上げていくが、本当に根っこの部分ではどうやって動いているのかわからないところなんかそっくりだ。



そうして出来上がったのが『人生を変える速読法すごいこれで大東に合格しました』だ。



後数日で始まる魔物との戦いのための新魔法の開発と生徒たちが本来受けるべきである学業の両立を達成させるために足りない物。



それは時間だ。圧倒的に時間が足りていない。



そこで俺が一番に開発に手を付けたのがコモンマジックの中にある「コンセントレーション」の魔法をベースにした新魔法だった。



これは、一時的に集中力を高めるというなんともフワッとした魔法なのだが、実際のところ発動から5秒間集中力を通常の3倍にまで高めるというクズ魔法であった。集中力なんてやや精神的な物を、何を根拠に3倍という数値で表しているのか気になったが、カレナリエルの里にいる研究者が幾度となくテストし、その結論にたどり着いたらしい。IQテストでもしていたのだろう。



そして、どうしてクズ魔法なのかと言うと、単純に唱えるのに5秒以上かかるという1点に尽きる。



使いこなせれば集中状態で戦うことが出来、プロスポーツ選手並みの反応速度を見せることが出来るのだろうが、唱え続けるにしても5秒以上かかり、異世界の住人たちにしてみれば連発できる物でもないため、使っている者を見たことが無いという異世界でも外れ魔法の部類に含まれる魔法だった。



今回行った魔法の開発は単純明快で美しくない物だ。単純に節の部分を大量にコピペして章の部分でそれを圧縮し、短縮詠唱の技術で魔法を短くするという荒業だ。



数をぶち込めば魔法の詠唱一回で複数分の効果を得られるのではないかという思い付きから始まった物だ。



結果としてはそれは成功した。



始めに効果2倍で試してみたところ、およそ10秒間の集中力増加の効果が見られた。これに調子に乗った俺は効果4倍で試してみたところ、効果時間は確かに4倍になったが、頭を屈強なボディービルダーに殴られ続けるような痛みが20秒間襲った。



これアドレナリンどばどばなやつかも知れん。エナドリをガンガンにキメルとなる症状。これは用法容量を守って使わないと体壊してしまうやつや。



そこから、効果2倍をベースに効果時間に関する節を探し始めた。コピペする箇所をそれぞれ変えながら自分を実験体にして次々と魔法を試していく。



その間はずっとイリスには充電魔法を使って充電を続けてもらい、カレナリエルにはアドバイスを貰いながら作業していく。



イリスは俺が脳にダメージを受けて「うぎゃー」「うひょー」とむせび泣いているのを心配してせっせと冷たいタオルやら暖かいアイマスクやらを用意してくれる。優しい。



カレナリエルは魔導士だからかエルフの種族特性だからか、「次はこうしよう」「5分休んだらもう一回だ」とか、野球部の監督の村川みたいなことを言ってくる。うちの野球部いつも予選敗退のエンジョイ勢なんだから昭和指導するのやめましょうよ。そんなことしても学年会議で発言権上がりませんて。



そんな鬼監督のカレナリエルからも有益な情報もあった。魔力を僅かに回復するとされている「リラクゼーション」の魔法が脳のダメージを和らげる効果があるかも知れないという。



これもコモンマジックにある物なのだが、回復する魔力量よりも使用する魔力量の方が多いという謎魔法と言われている物で、これも使う者がほとんどいない魔法であった。



この魔法は他者にも使用できる魔法であることから、パーティーメンバーが主力の魔法使いにかけたりすることもあるとのことだ。気休め程度だが無いよりはマシということで新魔法に組み込むことになった。



そうこうして朝方までかかり完成したのが『人生を変える速読法すごいこれで大東に合格しました』だ。



「コンセントレーション」と「リラクゼーション」を組み合わせた新魔法で、通常のコンセントレーションの倍の効果、600倍の効果時間、5回の魔力回復効果を加えた新魔法だ。6倍の集中力で50分間の授業を受けつつ、脳へのダメージを軽減することが出来るという優れものだ。



これで、短時間で授業のカリキュラムを行うことが出来、魔法の訓練も同時に行うことが出来るという画期的な戦略だ。



正直に言うと、高校の授業は50分で1単位時間になるので、授業時間を減らすことは認められていないのだが、そこは佐藤先生と生徒達を言いくるめて短縮させてもらうしかない。元の世界に戻った時に全員仲良く「もう一回遊べるドン」は可哀そうだもんな。



こうして俺の新魔法は完成した。全文はこうである。



ルカック・ング・クマツク


イカシュ・クイム・シヤ


ラテー・デー・スーロ テ


メアー・デフル・アトー


人生を変える速読法すごいこれで大東に合格しました



頭の4文の詠唱は序文と呼ばれる省略できない箇所になるのでそのままだが、かなり短縮した詠唱になった。



結構いい出来なんじゃないの?



俺自身を使った人体実験という犠牲の上に使える魔法が完成した瞬間だった。



俺は生徒達からの感謝と称賛を夢想したころには日が明けて、朝を告げる鳥がないていた。



ちなみに新魔法が出来るというのでご機嫌だったカレナリエルだったが、詠唱途中で魔法が胡散してしまい発動させることが出来ず少し悔しがっていた。



チートでご・め・ん

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