第12話 授業を開始せよ
「これが魔法開発の全容だ。テストに出すぞー。なんのテストかは知らんけど。あれか?現代文か?英語にしとくか?やっぱり情報のが近いかな」
俺は生徒達に魔法開発の経緯を説明した。魔法開発には危険が伴うので教えない方がいいかとも思ったが、正しく危険を教える事で無茶なことをしないで欲しいという狙いもあった。彼らは若いが子供ではない。善悪の判断もだし、危険か危険じゃ無いかの判断も出来るはずだ。変に隠し立てして目の届かないところで試したりすることの方が心配だ。
それに生徒達に期待している部分も大きい。いくら「人生を変える速読法すごいこれで大東に合格しました」略して「すご合」をフル活用して新魔法を開発したところで一人でやるには限度がある。生徒たちの中からも適性のある者に手伝ってもらうのが効率がいいだろう。三ノ宮はプログラミング部に所属しているし、藤田はロボット工学部、酒田と北山は情報の成績が良い。生徒を自分の手伝いで使うのは気が引けるが、ここはお願いしておくべきだろう。
「ここまでで何か質問あるかー。ないなー。じゃあ継承していけー」
「「「ちょっと待てー」」」
生徒達から総ツッコミが入る。あれ?ちゃんと説明したよね?
「しょうがないな。質問あるやつは手を挙げて言ってみろー。全部論破してやるから」
「質問しかないわ!」
「論破を前提とするな!」
生徒達がギャーギャーうるさいので挙手させて質問に答えていくことにする。
「はい、葉山」
「いや、ツッコミどころが散らかりすぎて何から処理していいかわかんねーよ」
「そう言うても、いま説明した通りなんだが?」
勢い良く手を挙げた葉山をあてたが、こいつの方が何言ってるかわからない。なんだツッコミたいだけか?ツッコミ気質か?
「じゃあ次、高島」
「はい!先生!この魔法ってヤバいんじゃないんですかっ。なんかアドレナリンどばーってなって頭パーンってなるんじゃないのー?」
「そのためにリラクゼーション混ぜ込んでるから大丈夫じゃないか?一応俺が試したときは鼻血が止まらなくて今も耳鳴りがしてたけど、今は全然異常ないからな」
「それ大丈夫っていわなくないかー」
「大丈夫大丈夫、慣れれば気持ちよくなっから」
「言い方ー絶対危ないやつだし!」
実際、リラクゼーションを間に入れる数を5回にしてからは鼻血も耳鳴りもしていない。継続して使うことで何か副作用があるかも知れないが、今の体感では大丈夫だろう。
「じゃあ次、藤川」
「先生。なんかこう大変な状況なのにほんとに授業しなきゃいけないんですか?」
「藤川ー。留年してもいいのか?お前はクラスでは真面目な部類の生徒だと思っていたんだが、先生悲しいぞー」
「え、ごめんなさい。留年したくないです」
「サクラ!言いくるめられんなって!」
藤川の発言に高坂のツッコミが入る。いや、藤川は何も間違ってはいないと思うのだが。
「お前たち、ちょっと冷静に考えてみてくれ…」
俺は収拾がつかなくなってきた教室を一旦静かにさせる。彼らも少し熱くなっているだけなのだ。
「いまの状況を簡単に言うと、魔物との戦いがあるから魔法を強くしなきゃならない。でも、留年はしたくない。だから時短で授業も魔法の訓練もすればオールオーケー。明日はホームランだ」
そう、話はシンプルなのだ。魔物を倒すために魔法の訓練は行う。留年しないために授業は行う。どちらも達成させるためには圧倒的に時間が足りない。ならばどうするか。コンセントレーションで集中力を高め、時短の授業を行い、時間に余裕を持って魔法の訓練をすれば、どちらも達成できる。新魔法「すご合」で一石二鳥作戦だ。
もちろん、「すご合」には無限の可能性がある。授業や訓練を時間を圧縮して行うことが出来るという点と、実際の戦闘となった場合でも通常の何倍もの反応速度(魔法の理論上では6倍)で戦うことが出来る。これは十分にチート能力だと言えるだろう。すごない?
「じゃあ全員納得したということでテキスト開いて継承を行ってけー」
だいたいの質問を論破したところで俺は生徒たちに魔法の継承をさせていく。
一人ずつ魔法の継承を行ってもいいのだが、今回は敢えてきちんとした手順を踏まえることにした。
「やっぱり時間がかかるなあ」
俺は生徒達に「人生を変える速読法すごいこれで大東に合格しました」を読ませる。文字による魔法の継承は音読でも黙読でも指でなぞるだけでもいい。とにかく全文に触れることで継承を行うことが出来る。この中では指でなぞるが一番早く継承できるが、魔法を2つ組み合わせた上に文字数も増やしている。結果、全文で30万文字にまでなっている。
時間割通りに休憩を挟みながら魔法の継承を行ったが、午前中いっぱいまで掛かってしまった。当然、進みの早い者、遅い者がいたが、2限目の途中で「終わるまで昼食は食べられない」と宣言したところ無事全員が午前の授業の時間内に継承を終えることが出来ていた。
予定よりも遅くなってしまったが、午後からは通常の授業を1限目から始めた。全員に「すご合」を使わせた授業はなかなかに効率が良く、内容的には3分の1の時間で授業を終えることが出来た。
本来の時間割が現社、地理、体育、情報、化学、数Ⅱで、体育と情報は今回だけ省いて、4単位時間の授業を行ったのだが、現社、地理、化学の授業を50分で十分に終わらせることが出来、「すご合」発動の2回目となる数Ⅱは大きく時間を余らせて終えることが出来た。
これはなかなかに凄い。マッハ20で授業する先生になったような気分だ。全員が魔法を使っている状態では実感は難しいが、イリスやカレナリエルの目から見たら、倍速再生のように映っているのだろう。
ただ、身体能力が上がっているわけではないので、かなり疲れることが判明した。これは更なる改良が求められるだろう。
筋力アップやら敏捷性アップの魔法を組み合わせれば、より効率的に授業を行うことが出来る。これは本気でうちの生徒から大東合格者が出てしまうのでは無いだろうか?
生徒達の反応は見慣れた物だ。まじめに授業を聞く者、集中力強化状態であっても居眠りする者、どこに隠し持っていたのか漫画を読むやつ、それを借りて読みだすやつ。スウォッチでゲームを始めるやつ。はいこれ没収です。全部見えてるからなー。
授業が始まる前はなんやかんやと文句をつけていた生徒達も授業が始まると静かになる。みんな授業では当てられないように目立たないようにしている。完全にいつもの授業風景だ。終わった後にそこそこげっそりしているところなんか完全にいつもの流れだ。
「なんか一瞬、異世界に来たの忘れてたぜ」
と藤田がつぶやくように言った。ちなみにコイツから取り上げたスウォッチは一日は返してやらない。
生徒達の反応はそれぞれだが、昨日よりも晴れやかな顔をしているように見える。
授業を行うという選択は正解だったようだ。さすが佐藤先生の発案だけはある。さすさと。
当の佐藤先生は「私じゃありません」と言っていたが、謙遜するところも可愛いところだ。
「じゃ、今日の授業はここまで、簡単だけど宿題もあるから明日までにやっとけよ。やったんですけど家に忘れましたはここでは通用しないからな」
こうして初日の授業は終わった。複数教科を行うのはかなりの重労働ではあるが、明日からある英語と現国と日本史は佐藤先生にお願いしよう。理数系の科目は俺のパソコンに入っていた資料なんかを駆使してテキストの作成まで漕ぎつけたが、他の科目は専門外なこともあり、十分な物を作れる自信が無い。佐藤先生に手伝ってもらいながら授業に間に合うよう作っていくしかない。
「じゃ、全員ノーランについていって魔法の訓練行ってきなー。部活じゃないけど一応部活扱いってことで。夕食には戻ってくるんだぞー」
生徒達をノーランに任せ、俺は明日の準備と「すご合」の改良に頭を巡らせていると、一人の生徒から声が上がった。
「せんせー。いっこ聞きたいことがあるんですけどー」
少し甘ったるい話し方をする女子生徒。高城だ。
「なんだ?授業の質問か?そんなこと今までしたことなかったのにやるやん。俺泣きそう」
高城は授業を真面目に聞いていたことはほぼない。授業を邪魔するようなモンスター的な生徒ということではなく、学習意欲があんまりない生徒。これは俺の教育が通じて目覚めちゃったのかな?それとも異世界バフか?なんにせよ嬉しいことだ。
「嬉しいぞ高城。お前のやる気スイッチどこにあるかわからなかったけど、ここにあったんだな。いいぞ、なんでも聞いてくれ。俺が教えられることならなんでも教えてやる」
「あ、せんせー。なんでもって言いましたぁ?」
「ああ、何がわからないんだ?最後の授業のところか?数列のところは明日もやるけど前もっていくらでも教えてやるぞ。俺うれしーです」
「やーそういうんじゃなくてー。朝一で誰か言ってたんだけど…。イリスちゃんと朝まで一緒だったって言うじゃないですかー」
「そうだな。魔法の開発に協力してもらってたんだ。それは話しただろ?」
あれ?風向き変わったな。変わったっていうか戻ってきた?
「でも、若い男女がおんなじ部屋でずっと一緒に居たわけじゃないですかー。それって、ほんとに何もなかったんですかー?」
「なにも無いに決まってるだろ?それにカレナリエルさんとかノーランもいたし、他にも執事さんもメイドさんとかもいたんだぞ」
高城は俺に不順異性交遊的な物が無かったか聞きたいのか。まあ、落ち着け。実際になにも無かったのだから事実を言えば良いだけだ。
「でも、ほんとに朝までみんなでいたんですか?」
「いたんじゃないかな?集中してたからよく覚えてないけど…」
「覚えてないっ!覚えてない頂きましたー」
高城が何故か声を大にしてクラスに響くように言う。
「こういう時、男ってすぐに覚えてないって言うよねー。ねーみんなー」
女子を中心にクラス中がざわめき出す。「確かに」「間違いない」と高城の意見に同意している。
あれ?この時間なんの時間だっけ?確か授業の初めに酒田が俺とイリスに何かあったんじゃないかと疑いの目を向けてきて、それは魔法の開発をしていたと懇切丁寧に説明して解決したんじゃなかったっけ?なんでぶり返した?
「じゃあ、証人のイリスちゃん。実際のところみんなその場に残っていたんですかぁ?」
「え、私ですか?えーと。夜もだいぶ遅かったので、みんな下がらせていました。私とカレナリエルさんとメイドのメリッサの3人が部屋に残っていました」
何人かいたと思っていたけれど3人だったんだ。しかも、例のメイドさんだったとは。
「つまり、先生の他に年若い女性が3人だけ部屋にいたということですね」
「はいっ。そ、そうです」
語気を強めた高城にイリスが怯む。
「ありがとうございます。証人は下がってください」
「あ、はい」
「なにこれ?俺の裁判になってない?」
「先生。私はただ真実が知りたいだけなんです。あの時、あの部屋で本当は何があったのか。健全な男女が一つの部屋に居て、夜を共にしたのです。普通に考えれば何も無いというのがおかしいでしょう」
「いやいや、そんなことしねーから。それに俺以外に3人もいたんだぞ?」
「ちっちっち。先生、あなたは何ですか?」
「え?質問の意味が…」
「あなたはこの世界で何ですか?」
「教師だけど?」
「違うでしょ使徒ってやつでしょ?この世界では相当な権力者と言えます。その権力者と女性3人が同室にいるのです。何があってもおかしくは無いでしょう」
「いや、実際何もないからっ。ずっと魔法の開発してたんだからそんな暇ないって」
「それを証明できる人はいますか?」
「いや、イリスもカレナリエルさんも見てたから」
「口止めされている可能性がありますので、証拠とは言えませんね」
「口止めなんてしてないって」
「確認します」
イリスは高城の指示で佐々木と共に連れられて部屋を出ていった。事情聴取をされているのだろう。なんで俺こんな糾弾されているんだろう。良いことしかしてないのに?
事情聴取を待つ間、生徒たちから非難の目を浴びせられる俺。さ、佐藤先生っそんな目でみないでー。ほんと何もしてないんだ。冤罪ってこんな気持ちになるんだな。しかし、本当の警察と違って高城警察は絶対にザルだ。冤罪からの即極刑を食らっても全然おかしくはない。
オーディエンスは完全に高城より、どうしてこうなった?
しばらくして事情聴取に出ていた佐々木とイリスが帰ってきた。佐々木はなにやら高城に耳打ちする。
「判決を言い渡します。判決は無罪!無罪を言い渡します!」
「あたりめーだろ!」
なんだかよくわからない茶番は終わった。高城は何がしたかったのか。
「せんせー。ごめんねっ」
高城はそう言うとペロッとしたを出した。リアルでそんなことをするやつ初めて見たがちょっとかわいかった。
「お前は結局何がしたかったんだよ」
「んー」
高城は少し考えた後、答える。
「なんかわかんないけど、スッキリしなかったから」
「スッキリしなかったかー。ってそんなわけわかんない理由で許すわけねーだろ!お前だけ宿題60倍やってこい!」
「やだよーばいばーい」
そう言うと走って教室から出ていった。本当に意味が分からない。が、そういうモノなんだ。こいつらの行動の全てに合理性を求める方が間違っているのだから。こういう一見意味不明な行動は、そのまま本当に意味の無い行動であることが多く、そこに意味を見出そうとすることが間違っていることを知っている。
そういうモノだし、そういう年ごろなのだ。
俺にも昔はそういう意味の無い行動を取ったことはある。
これは元の世界での教室の光景に似ていた。意味の無い会話、意味の無い行動。そういった物も彼らの青春なのだ。
それは少し彼らのストレスが緩和されたことを表しているのかも知れない。
未だ不確定で不安定な事態は続いているが、俺たち大人が彼らに道を示してやることで、いくらかは緩和されるのならば教師冥利に尽きるという物だ。
俺はなんとなく納得して、魔法の訓練に行く生徒達を見送ったのだった。
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