Prolog
一筋の狙撃魔法が空を切った。空気が歪むかのような揺れが周囲に広がり、次に、何度も同様の狙撃が繰り返される。
狙われているのは突如上空に出現した一人の少女、ミア。腰まで伸びるブロンドヘアとライトブラウンの瞳が特徴的な十六歳だ。
ミアはほうきにまたがって飛行しながら、地上からの攻撃を避けていた。
「ええっと……こういう時は何だっけ。いつも読んでた本までは地球から転移させられなかったんだよなぁ……あ、そうだ、あれだ! 〝ジーレン・リバイル〟!」
魔法の杖を握り直し、攻撃の元となる方向に向けて構えて呪文を唱える。すると、杖先から一点の輝く光が放たれ一直線に地上へと向かっていった。
この呪文は地球にいた頃に勉強したものだ。自信はなかったため、咄嗟に発動できたことには心からほっとした。
当たったという確かな手応えがあったが、どうやら地上の相手は一人ではなく複数人いるようで、すぐにまた狙撃魔法が矢のように襲ってくる。
数が多すぎる。逃げた方が賢明だろう。
「私、一応この星の救世主なのに何で来て早々こんな目に……!」
ミアは止まない攻撃にうんざりして文句を言った。
防御魔法を利用して作った盾で狙撃を防ぎつつ、ひとまずできるだけ遠くへ逃げねばとほうきのスピードを上げる。
――『ミア、あなたがマギーを救うのよ』
自分の命と引き換えにミアを生かし、そう言い残した母はもういなくなってしまった。だからミアは、母との最後の約束を果たすためここへ戻ってきた。
まだこの星でやらなければならないことがある。だから、ここで死ぬわけにはいかない。
* * *
「エグモント様、何者かが我が国の領空に出現しました」
魔法省長官のエグモントは、その報告を耳にしてぴくりと眉を動かした。
「空に?」
「はい、空にです。防衛軍が狙撃魔法で攻撃を続けているのですが、どうにも撃ち落とせないようで……」
「空というのは、何かの間違いでしょう。あの厚い雲の近くはとても生物が生存し続けられる寒さではありませんし、恐ろしい強風が起きているはずです。どんな魔法を使おうと、空からレヒトに侵入することは不可能ですよ」
「しかし実際に……」と言って口ごもる部下を一瞥し、万年筆を置いたエグモント。
椅子から立ち上がり、魔法省の最高位の幹部のみが身に纏う華美な制服のマントを翻し、カツカツと靴音を立てて部屋を出て屋上階へと移動する。廊下の途中にいた部下たちはエグモントの姿を見るなりさっと頭を下げた。彼らはエグモントに怯えていた。
「僕が魔法で撃墜しましょう。無能な防衛軍には任せていられませんからね」
エグモントが空へ向かって杖を構えた次の瞬間、漆黒の、隕石のような魔力の塊が一直線にミアへと向かう。それはさきほどまでの攻撃とは違い、明らかに異質で強力な魔法だった。
見るからに防ぐことが困難なものが近付いてくるため上空のミアは警戒して構えたが、時は既に遅く――魔法による攻撃はミアの腕に直撃し、ほうきが弾き飛ばされる。
衝撃で気を失ったミアが落下していくのは、レヒトの国。魔法の惑星マギーにある一国――地球上に不規則に出現する【誘いの扉】を越えた先にある、荒廃した国だった。
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