知の部屋 ③

 ミアの言葉に、カトリナの周囲の生徒たちがしんと静まり返った。

 カトリナがひくりと口角を引きつらせ、冷たい声で問う。


「……あなた、どこの家の子かしら?」


 ミアの態度をよく思っていないことが一発で分かる目付き。ミアを見下しているかのような、自分の味方にならないのなら排除したがっているような、そんな目だ。


「それって、そんなに必要な情報なの? この国の身分制度はもう廃止されてるんでしょ」


 ミアは反発心を疑問として投げかけた。記憶がないミアは自分の家族や家柄のことを答えられないため、質問を回避したい気持ちもあった。

 カトリナに射抜くような視線を向けられミアは内心少し怯んだが、それを表に出さないよう必死に睨み返す。


 その時、知の部屋一年の担任であり、魔法生物研究学の担当教員でもあるバルバラの使い魔、淡いピンク色の羽毛を持つオウムのような鳥が生徒たちの前に降り立った。サイズはミアの知るオウムよりも大きく、冠羽の先から火花が散っている。バルバラは時折授業でこの使い魔を用い、生徒に伝言するらしい。


『知の部屋一年生の皆さん、こんにちは。前回の授業でもお伝えした通り、揃ったグループから自由に森に入り、フェザースケイルを探して観察を行ってください』


 バルバラの指示が終わると、カトリナの周りにいた生徒たちは解散し、それぞれ自分のグループの元へ向かう。


 フェザースケイルは、羽の生えた翼で空を飛び、鱗で覆われた体で水中を泳ぐこともできる魔法生物だ。色とりどりの羽や鱗を持ち、鮮やかで美しい見た目をしている。近年はフェザースケイルの鱗を使った魔法薬が流行しており、そういった意味でも再度注目されている生物と言える。

 昔はレヒトの国内に広く生息していたようだが、戦時中の魔法兵器の開発の影響で森の生態系が壊されたらしく、現在は絶滅危惧種――フィンゼルの敷地内にある森にしか生息していない貴重な魔法生物である。


(授業で習ったくらいの知識はあるけど……)


 ヒントなしで広大な森の中からフェザースケイルを見つけるのは至難の業だ。どうすればいいのだろう、とちらりと同じグループの生徒たちの様子を窺うと、他の子たちは既に作戦を練っているようだった。


「二十年前の研究者たちの論文では、フェザースケイルは森の中でも特に暗い湖沼で生活をしているとのことです」

「しかしそれは二十年前のものでしょう? 今は環境も大きく変わっておりますし、私が見つけた文献では……」


 授業で習った事柄をただ暗記しているだけでなく、自主的に論文などに目を通して自分たちの知識量を増やしている様子が窺える。


(これが【知の部屋】の生徒……)


 ミアはその真面目さに感心し、このクラスに付いていくにはもっと頑張らねばならないと感じた。


「どう思います、カトリナ様?」


 女生徒の一人がカトリナに意見を求めると、カトリナは得意げな顔でポケットから虹色の鱗を取り出した。


「それは……!」

「フィンゼルに生息するフェザースケイルの鱗ですわ。この課題内容の発表があってすぐ、家の者に頼んで入手させましたの」

「貴重な鱗を短期間で入手できるなんて、さすがイーゼンブルク家ですね」


 体の一部分さえ手元にあれば、その生き物の習性を読み取ることができる魔法もある。一年生はまだ授業で習っていない高度な魔法だが、先のことまで予習しているカトリナには使えるようだった。


「フィンゼルの森にいるフェザースケイルには特殊な習性があるようですわね。暗い湖沼にいるのはかつて他の地域に住んでいたフェザースケイルと変わらないようですが、特に電気を発生する魔法植物の傍を好むようですわ」


 鱗から読み取った情報をグループの生徒たちにすらすらと伝えたカトリナは、森の地図を取り出して奥の方の湖沼に赤丸を付けた。


「早速ここへ向かってみましょう。他のグループに後れを取るわけにはいきませんもの」


 生徒たちはこくこくと頷きカトリナに付いていく。

 向かうのは暗い森の奥深くだ。ミアは正直少し怖かったが、グループ内の他の生徒たちは何とも思っていないようで、他愛もない話をしながら道を進んでいく。


「さすがカトリナ様ですわね。課題内容を知ってすぐ行動する勉強熱心なところ、尊敬しますわ」

「来年度のオペラ見習い候補の一人はカトリナ様で決まりですよ。入学試験の成績もずば抜けていますし」


 〝オペラ〟という単語を聞き、一番後ろを歩いていたミアが顔を上げた。


「オペラになれるかどうかって、総合成績で決まるんだっけ?」

「全ての科目の成績、そして学園内の問題解決への貢献度やボランティアへの参加率なんかを総合的に評価して、二年生に上がる頃には見習い候補者が数人出されます」

「成績だけじゃないんだ」

「ミアさんは入学時の説明会にも参加していませんから、これも知らないのですね。それにしても、随分オペラに興味津々ですね?」

「うん。私、オペラになりたくて」


「……〝オペラになりたい〟ですって?」


 ミアのセリフが気に障ったのか、先頭を歩いていたカトリナが立ち止まり、ミアたちの会話に割り込んでくる。


「オペラはそう簡単になれるものではありませんわ。身の程を知りなさい。あなたごときでは不可能ですわよ」

「そ、そんな言い切らなくても。なれないかどうかはまだ分からないじゃん」


 授業が始まってからまだ一ヶ月ほどであり、最初の学内試験は行われていない。ミアの今後の頑張り次第では、まだ挽回可能なはずだ。


「ただでさえ優秀な生徒たちが集まるこのフィンゼル魔法学校で、ツートップのうちの一人になれるとお思いですの? オペラになるような生徒は皆家柄もよく、幼い頃から魔法の英才教育を受けてきた者たちですわ。一度に保有できる魔力の量も桁違いですし、学校内でも頭一つ抜けております」


 ミアに現実を見せるかのようにそう言い切ったカトリナは、くるりと踵を返してまた暗い道を歩き出した。そして、ふと思い出したように言う。


「……ああ、でも、現三年生のお二方はどちらも平民の家のご出身でしたわね。歴代オペラは皆名家の人間ですのに、フィンゼルも落ちぶれたものですわ。特にブルーノ先輩は本来魔法使いが存在しないはずの忌まわしき離島のご出身でしょう?」


 離島には魔法使いが存在しない――ブルーノも言っていたことだ。けれど、まさか魔法を使えるブルーノ自身も離島出身だとは思わなかった。


 くすくすと上品ながらバカにするような笑い方をしたカトリナの様子を見て、ミアは物凄く嫌な気持ちになった。

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