知の部屋 ②

 一年生の授業が始まって、既に二週間が経過していた。そんな中新しく入ってきたミアは、案の定浮くことになった。事故による怪我を理由に二週間休んでいた――ということになっている。


 担任のバルバラとは少し話をしたが、彼女はミアをあまりよく思っていないようだった。深く関わりたくないと言わんばかりに必要最低限のことしか言わず、聞かずにミアを【知の部屋】の教室へと案内した。バルバラはアブサロンに脅されてミアの不正入学に加担している身だ。このような態度でも当然ではある。


「我がレヒトの国は十五年前まで王政でしたが、魔法軍の反乱により革命が起き、王族が滅びました。現在最大権力を持つ行政機関は魔法省であり、魔法軍は防衛軍と名を改め現在も活動しています。二十三ページを開いてください」


 【知の部屋】は聞いていた通り座学が多く、魔法を使った授業をする気配はない。魔法史や魔法薬学の記号だらけの黒板を写したり、呪文の暗記をしたりと、初めてのミアにとってなかなか苦痛な授業が続いた。

しかし、この授業を通して記憶にないこの地の知識を詳しく知ることはできた。


 ミアが今いるのはマギーという惑星に存在する二つの大国のうちの一つ、レヒトの国だ。


 レヒトの国は王政廃止と同時に身分制度が廃止され、ようやく平民も自由に魔法を使えるようになり現在に至る。かつては王族が魔法書を独占し、貴族や軍関係者、兵器開発者以外の一般人の魔法の使用はかなり制限されていたようで、魔法学校に貴族以外の人間が入学できるようになったのもつい十数年前のことらしい。


 高度な魔法の使用が一般人や企業にも解禁されてからは急速な国内の発展が進んでおり、農業や工業、医療にも魔法が使用されている。戦時中のレヒトは強力な魔法兵器の開発に力を入れていたため、自然環境や生態系の保護については後回しになっている傾向があったようだが、最近は自然や魔法生物保護のための守護省という機関ができ、環境問題にも取り組んでいる。



 そんな座学ばかりが続き疲れ果てていたミアにとって、【魔法生物研究学】の授業で初めて実習が行われることはとても喜ばしいことだった。実習内容は、フィンゼル魔法学校の敷地内にある森に集合し、四人グループで貴重な魔法生物フェザースケイルを観察し記録を提出するというものだ。


 四人グループのメンバーはあらかじめ決められており、まだクラスメイトの名前を覚えていないミアは困ってしまった。しかし、同じグループの生徒がミアを見つけて名前を呼んでくれたため、なんとか合流することができた。


「ああ、本当に楽しみ。私、将来魔法生物学者を目指しているの。学園の敷地には他の地方にはいない特殊な生き物も生息しているから、フィンゼルを志望したのよ」

「あら素敵。けれど、敷地が広い分『フィンゼルの獣』のような危険な生物が出てきてもおかしくはありません。自主研究の際にはお気をつけあそばせ」


 ミアより先に集合していた他の二人の女生徒は見た目にも喋り方にも気品があり、いかにも元貴族といった風貌だった。ミアは何となく恥ずかしくなり、ここまで走ってくる間に乱れた前髪を慌てて整える。

 二人の会話に混ざるため、気になった単語について問いかけてみた。


「ええっと、フィンゼルの獣って何?」


 魔法生物の研究について話し込んでいた二人はようやくミアの方を向き、少し呆れたように教えてくれた。


「昔この学校の生徒を襲った恐ろしい魔獣よ。つい昨日習ったでしょう? 教科書にも写真つきで載ってるわ。さてはあなた、寝てたわね?」


 図星をつかれ、ミアはごまかすように苦笑いして頭を掻いた。

 その直後、二人がはっとした様子でミアの後方を見つめる。


「カトリナ様だわ! 飛行魔法で到着されたようね」

「ドキドキするわね、あのカトリナ様と同じグループだなんて」


 ミアが後ろを振り返ると、ちょうどほうきから降りてこちらへ向かって歩いてくる、気の強そうな美少女がいた。血のような赤い目とグレーの髪が特徴的で目を引くものがある。


「……あの子が今日同じグループのもう一人? 可愛い子だね」

「嘘、知らないの? カトリナ様よ? 名家イーゼンブルク家のご令嬢。知の部屋の名に恥じない知識量があることはさることながら、幼い頃から様々な英才教育を受けていて、魔法剣術などの武術にも長けているの。今年の入学式の新入生代表挨拶もカトリナ様だったわ」

「イーゼンブルク家は身分制度が廃止されて貴族に制約が課された今もなおご活躍なさっている数少ないお家だし、遡ればかつての王族とも遠い血縁のある由緒正しき一族なのよ。あなたも、あのカトリナ様とご一緒できることに感謝なさい」


 次々とカトリナについて説明してくる二人に圧倒されながら、ミアはもう一度こちらへ歩いてくる彼女に目を向けた。カトリナの周りにはなぜか大人数の女生徒がおり、荷物を持ってあげているようだった。


「あら、初めて見るお顔ですわね」


 ミアを見たカトリナがそう言うと、途端に周囲の生徒の一人がミアを叱りつけた。


「あんたカトリナ様にご挨拶してないってどういうこと!? 登校できるようになったのならすぐカトリナ様にご挨拶すべきです!」

「落ち着きなさい。彼女もこれからご挨拶してくれるのでしょう」


 そんな彼女の怒りを鎮めるように言ったのはカトリナだ。

 カトリナは少し視線を下降させ、ミアの首にぶらさがる鍵を目にしてぷっと吹き出した。


「その安っぽいアクセサリーはどこで手に入れましたの? 知の部屋の生徒にはふさわしくありませんわ。わたくしにきちんとご挨拶してくだされば、それよりは何十倍も高価な質の確かなものを差し上げてもよろしくてよ」


 母の形見であるはずの鍵をバカにされ、ミアはかちんと来てカトリナを睨む。


「あら、何ですのそのお顔。まさかわたくしのことをご存知ないのかしら。……って、そんなわけないですわよね。なんてったってイーゼンブルク家の娘ですもの」


 くすくすとおかしそうに笑うカトリナの隣で、他の女生徒たちも同様にミアを嘲笑っているようだった。

 カトリナたちのそんな高飛車な態度に腹が立ったミアはぴしゃりと言い返す。


「自分の荷物も自分で持てない人のことなんて知らないけど?」

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