知の部屋 ①

「ミアに生徒のふりをさせる?」


 保健室の中へ入ってこいと言われたブルーノは、アブサロンから突飛なアイデアを急に聞かされ、呆れ返るような声を上げた。後から呼び出されてやってきたテオもあんぐりと口を開けている。


「こいつは魔法を使えないんですよ? とてもフィンゼルの授業に付いていけるとは思えません」

「知の部屋クラスならどうだい」


 冷静に反論するブルーノに、魔法茶を入れながらご機嫌な様子で答えるアブサロン。


 フィンゼル魔法学校では、一つの学年の中でも生徒は【占の部屋】【体の部屋】【北の部屋】【知の部屋】に分けられる。


 【知の部屋】とは、魔法ではなく座学を重視するクラスであり、特徴として、親がフィンゼル魔法学校に多額の支援をしている裕福な家庭の子女が多い。


「そもそも、試験を突破してもいない部外者を、一時的にでも生徒として認めるのは常識的に考えてありえません」


 ブルーノは断固反対といった様子だ。


「ハラハラして楽しいだろう? 最近刺激がなくて退屈だと思っていたんだ。知の部屋一年の担任は僕の元同級生だから、そのよしみでちょっと脅したら……いや、頼んだら快く了承してくれたよ」


 が、アブサロンに常識など通用しない。


「もう頼んだんスか!?」

「ああ。思い立ったらすぐ行動するのが一番いい」


 ね、とにこやかにミアの頭を撫でるアブサロン。

 いつもふざけた調子のテオもこればかりは簡単にうんとは言えない様子で、ぶんぶんと手を顔の前で横に振る。


「いやいやいやいや……だめっしょ。それ、バレたら誰の責任になるんすか? 俺ら? オペラの先輩たちにはもちろん共有しますよね?」

「んー。それはちょっとなあ。五年のラルフは滅多に連絡取れないし、ドロテーは生徒に対して不誠実なことは嫌いだし、四年のスヴェンは驚くほど口が軽いから変に共有すると逆にリスクになりかねない。イザベルも隠し事は苦手な方だろう」


 ミアの知らない名前が複数出てきた。ブルーノやテオ以外のオペラ幹部の話だろう。

 難しい顔をしているテオに、アブサロンが付け足す。


「それに君たち何でもできちゃうから、神経すり減らすような経験まだないでしょ。修行だと思えばちょうどいいよ。オペラでい続けたいなら、君たちも〝成果〟をあげないとね」

「……俺らだけでこいつの面倒を無事に最後まで見れたら、オペラ幹部としてもっと評価してくれるってことですか?」

「その通り。君たちならできるだろう」

「隠し通せなかった場合、アブサロン先生のせいにしますからね?」

「ああ、それは構わないよ」


 全く悪びれずにあっさりとそう言ってのけるアブサロン。テオは渋い表情をしたが、頭をガシガシと掻いた後、自分を納得させるようにぶつぶつと呟く。


「……まぁ、魔法が使えるようになったら記憶も取り戻すかもしんねぇしな……」


 そこで、テオの隣のブルーノがミアに疑いの目を向けてきた。


「これはこいつが言い出した話ですか?」

「いや、入学の件はぼくが提案したよ。魔法を練習したいと言い出したのはミアだけどね」

「……なおさら怪しい。この学園の生徒になって内部状況を探れるよう誘導したのでは?」


 じろじろと嫌な視線を向けてくるブルーノを見て、ミアは慌てて否定した。


「違うよ! 純粋に、魔法について学びたいと思ったの。ブルーノの魔法を見てすごく綺麗だと思ったから」

「おいおいブルーノお前のせいじゃん。どーしてくれんの?」


 テオがからかうようにブルーノの肩に腕を乗せてその顔を覗き込む。ブルーノは一抹の責任を感じたのか黙り込んでしまった。


「ま、さっさとミアの記憶が戻って元の場所に帰れるようになればいい話か。案外数日で色々思い出すかもしんねぇし。もしもの時に責任を取るのがアブサロン先生で、あくまでも記憶が戻るまでってことなら俺は別にいいかな」

「本当? ありがとう!」


 嬉しそうにはしゃぐミアの明るいお礼を聞いてテオは苦笑する。その横でアブサロンはしめしめと口角を上げている。ブルーノはまだ納得がいっていない様子ではあるが、顧問の指示であれば仕方がないと諦めたのか、改めて自分たちの目的をアブサロンに確認した。


「記憶喪失が事実だったとして。俺たちは学園内での問題に対処するオペラとして、こいつが外部の人間であることを周囲に隠したまま記憶が戻るまで面倒を見なければならない、ということですか?」

「ブルーノはいつも物事の理解が早くて助かるなあ」


 壁に背を預けて立ったアブサロンがうんうんと満足気に頷いた。


「んじゃ、いい感じに話はまとまったってことで。俺今日クラスメイトにユニコーンの餌やり頼まれてるんで行ってきまーす」


 さっきから時間を気にしていたらしいテオがそう言って無理矢理話を終わらせ、保健室を出ていった。

 テオは落ち着きがないなあ、とその後ろ姿を見ながらミアは思った。

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