知の部屋 ⑧

「そういやブルーノ、今日の学内新聞見たか?」

「靴の話だろう」

「さすがぁ~」

「靴の話って何?」

「何事にも興味津々だなお前は……」


 テオは身を乗り出して聞いてくるミアに半ば呆れながら、指を鳴らしてフェレットのような見た目をした魔法生物に学内新聞を持ってこさせる。ふさふさの毛をしたその二匹は、テオの使い魔らしかった。


「この学園内のどこかに現れて、女生徒を虜にする魔法の靴だよ。マジでそんなんがあるのかは確かじゃねぇけど」


 ミアはテオの使い魔から新聞を受け取り、その一面に書かれていることを読んだ。



 魔法の靴とは、この学園の七不思議の一つである。

 赤、黒、ピンク――その時々で目の前の女の好みの姿に変わり、〝履きたい〟と思わせる魔法の靴。履いた者は魂を奪われ、人が変わってしまう。

 ただの七不思議。以前なら生徒皆そう捉えていた。しかし今その靴が話題に上がるのには理由がある。――最近になって実際の目撃情報が増えたのだ。



「新聞部も暇なんだな」


 ミアの隣で新聞を覗き込みながら、ブルーノは興味なさげに言った。あまり信じていない様子だ。

 しかしテオの方はあながちただの七不思議とも思っていないようだ。


「〝あの〟新聞部だぞ。厄介ごとをすぐ拾ってくるので有名な」

テオの言わんとしていることはブルーノにも分かったらしい。

「今回も大ごとになるって言いたいのか?」


 ミアが不思議がってテオをじっと見つめると、テオはミアにも分かるよう説明を加えた。


 新聞部はいい加減な部分もあるが幅広くネタを拾う。彼らの拾ったこういったネタは――何かと事件に発展しやすい。事件を嗅ぎ付ける才能のようなものすら感じるそうだ。

 前は女子寮が大火事に、その前は学園内に潜んでいた脱獄犯が逮捕された。新聞部が記事にしていたちょっとしたネタが大きな事件に繋がっていた、なんてことは過去何度もある。


「まァた俺たちの方に話が回ってくるなんてこともあったりしてな」

やれやれといった様子でテオは大きめのソファに寝転がっていた。



   * * *



 夜も更けきった頃、使い魔たちに作らせたベッドでミアを眠らせたブルーノとテオは、窓を開けて夜風に当たりながら晩酌する。シャワーを浴びた後の二人は、窓を開けて心地よい涼しさを感じながら今日買ってきたワインを嗜んでいた。


「テオ。一応言っておくが、あいつに対しては警戒を怠るなよ。記憶がないのが本当だと証明する術はない。あいつがリンクスのスパイである可能性もある」


 ブルーノから見れば、テオはミアの存在や今の状況を甘く見ているように感じられたため、そう釘をさした。

 レヒトの国とその隣国であるリンクスの国は、長年の戦争で互いに疲弊し現在は停戦中だが、いつまた争いが再開するか分からない状態ではある。魔法先進国であるレヒト国内最高峰の教育機関に、リンクスのスパイが魔法の情報を得るため潜入してきてもおかしくはない。


「そーか? 考えすぎだろ。あの感じ、嘘つけるタイプとも思えねぇけどな。普通にただのバカなやつって感じじゃね?」


 テオはさらっとミアをバカにし、これ聞かれてないよな、とちらりとミアのベッドの方を窺った。ミアはすうすうと寝息を立てている。


「つーか、そういや、あいつドゥエルするんだってよ。正式に申請されたら来週のオペラ定例会議で議題に上がるだろうな」

「……なぜそんな事態に?」


 突然衝撃の事実を聞かされ頭痛がした。


「知らね。そういや聞いてねぇな。でも理由聞いたところでそうなっちまったことには変わりねぇし。自分でどうにかしろっつっといた」


 はあ、と深い溜め息を吐いたテオは、俯いて熱い額を押さえる。


「……俺、なんか守れって言われたんだよな。ミアを」

「アブサロン先生にか?」

「いや、魔法使いの弟子のオーナーに。あの人に言われたら俺逆らえねぇわ」


 酔っていることもあり、分かりやすく項垂れるテオ。テオは昔、殺されそうになっていたところをオーナーに助けられた経験がある。恩を感じていて当然だ。

 ブルーノは冷静に思考を巡らせた。ミアを家族の元に返すためには、ミアに記憶を取り戻してもらうことが必要だ。しかし今のところ記憶が戻る兆候はない。誰か他にミアを知る人物がいればいいのだが――と考えたところで、やはり気になるのは、オーナーがテオにミアを守れと言ったのは何故なのか、だ。


「オーナーは他に何か言っていなかったのか?」

「ミアのこと知ってんのかって聞いたら、〝いずれ分かる〟だとよ」

「……〝いずれ分かる〟……」

「言葉通りに受け取るなら、今は待てってことだよな。ったくあの爺さん、いつも大事なことは話しやがらねえ」


 テオとブルーノの間を柔い風が吹き抜ける。今夜は風の精霊たちがご機嫌なようだ。


「俺たちは厄介ごと抱えて弱ってんのに、呑気なもんだな」


 テオは遠くで楽しそうに踊る精霊たちを見ながら、また深い溜め息を吐いた。

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