知の部屋 ⑦



「……なんだったんだよ、あの爺さん」


 テオは疲れ果てた様子で寮へと向かう廊下を進みながら、ブツブツと小言を並べてくる。

 今日は散々な目に遭った、こっそり預かっている部外者がドゥエルに参加するなどと言い出すし、オーナーの店を破壊して自分まで追い掛け回されるし……と。そして、唐突に後ろを歩くミアを振り返り忠告してくる。


「なあ、ミア。ドゥエルするってことになっちまったもんは仕方ねぇし、今更どうこうできる話じゃねぇから別にいいけどさ。俺はともかく、ブルーノに迷惑かけんなよ」


 テオは珍しく真剣な表情をしていた。


「特にあいつは特殊な事情があるからさ」

「特殊な事情?」

「この国じゃ離島出身者は偏見の目を向けられやすいんだ。本来魔法が使えない人間が住んでる場所だからな。何か問題を起こせばこれだから離島出身者はって過剰に文句言う奴だってきっといる」


 カトリナがブルーノのことを〝忌まわしき離島のご出身〟と言っていたのを思い出す。あれはカトリナが個人的に離島出身者を見下しているわけではなく、この国全体の離島出身者へのイメージのようだ。


「ブルーノ、自分の魔法が嫌いだって言ってたんだけど……もしかして、魔法を使って何しても結局周りからそういう目で見られるからなのかな」

「それもあるだろうけど、幼少期の経験もある。離島では逆に魔法使いが疎まれてんだよ。あいつは何故か離島にいて魔法が使えたから、幼少期も周りから迫害を受けてたらしい。俺も長期休みに彼女と離島に旅行行ったけど、あいつら俺らが魔法使いって知った途端態度変えやがったからな。高齢者は特に。俺は昔の話だと思ってたけど、今でも離島の魔法使い差別は健在みたいだ」


 ブルーノは離島で迫害を受け、本土に来ても白い目で見られ、どこへ行っても苦しんできたのだろう。ミアは何だか悔しい気持ちになった。


「離島はそんな感じだから魔法書もろくにない。あっても処分される。だから力の正しい使い方を勉強する術もない。あいつ、そのせいで昔魔法で身近な人を殺しちまったんだよ」


 ミアは息を呑んだ。自分の手で誤って大切な人を殺してしまうというのは、どれだけの心の傷になるだろう。ミアには想像のつかない苦しみをブルーノは抱えている。ミアが素敵な力だと感じた魔法も、ブルーノにとってはそうは思えないものなのだろう。


 毒の花が咲き誇る中庭でのブルーノの表情を思い出し、心が痛くなった。


「とにかく、何度も言うけどブルーノには迷惑かけんな。今すぐお前のことを治安部隊に引き渡しても俺らが困ることはねぇし、お情けとアブサロン先生の気紛れでここにいれてるってこと忘れんな」


 ミアは後先を考えなかったことをさすがに申し訳なく思い、「ごめん」と謝る。


「テオは友達思いのいい人なんだね」

「別に褒めてくれとは言ってねぇよ」

「あんまり何も考えてないおちゃらけ男だと思ってた」


 歩きながら、テオがじとっとミアを睨んでくる。


「ドゥエルすることになっちゃったのはほんとにごめん。……もしもブルーノとテオがピンチになったら、私が助けるね」

「どっから出てくんだよ、その助けられるっていう謎の自信」


 非現実的な提案に聞こえたのか、テオが呆れたように笑う。


「ブルーノが私のせいで悪く言われるような事態は絶対に阻止する。ブルーノのためにも、ブルーノのこと心配してる優しいテオのためにも」


 ね、と胸を叩いて伝えると、テオは「分かったならいいけどよ~」とまだ少し不満そうな顔をした。そして、ふと【魔法使いの弟子】での出来事を思い出したらしくもう一つ忠告を加えてくる。今日は注意されてばかりである。


「あと、慣れてねぇのにむやみに魔法使うのも禁止だかんな。さっきみてぇに色んな場所破壊されたらたまったもんじゃねーよ」

「はーい」


 ゆるゆると返事すると、テオはほんとに分かってんのか? という疑念の目をミアに向けてきた。



 寮の最上階へと続く【星の階段】と呼ばれるほど煌びやかに輝く薄い布のような階段を上がっていく。この階段は登っても体力が減らない代物で、オペラ幹部以外の者が近付いても発動しないらしい。一歩進む事に階段が動き、数倍速で最上階まで辿り着く。

 本来寮の内部から自分の階へ登らなければいけないところが、外から一直線で行ける好待遇――これは、オペラにしか与えられない権利だそうだ。


「ドゥエルの件は自分でどうにかしろ。俺たちは手出しできねぇし、つーかどうにもできねーし、目立つのはもう避けられねぇだろうから、とにかく自分が部外者だってことだけはバレねぇように徹しろ。俺たちのためにも、お前のためにもだ」


 テオがひたすらミアに釘を刺しているうちに、最上階にはすぐに到着した。テオが壁に手を付くと、真っ黒な壁が怪しく揺らめき始め、テオの体が中へと入っていく。ミアにテオが手を差し伸べてくる。ミアがその手を受け取ると体が壁に引っ張られ、次の瞬間玄関にいた。


「帰ったぞー」


 扉を一枚開けると、変わらない一面ガラス張りの部屋が広がる。キッチンの正面に位置するテーブルには、できたてのスープや肉料理が置かれていた。

 作ったのはどうやらブルーノのようで、小型の写真機で写真を撮っている。


「お前飯作るなら言えよ! 外で食べてきちまったじゃん」

「一人分しか作っていないから問題はない」

「それはそれで酷ぇな」

「何で料理の写真を撮ってるの?」

「あー、ミアは知らねぇか。こいつ学内の匿名写真共有システムで料理アカウント作ってて、そこに写真上げてんだよ。フォロワー数百人のガチ勢」


 ミアの質問にブルーノよりも先に答えたテオは、テーブルに置かれた料理をつまみ食いした後、ふと思い出したかのように言った。

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