知の部屋 ⑥

  * * *



 魔法の練習が終わった後、ミアは教室でテオとブルーノを待っていた。寮の最上階への出入りはそこに住む者が同行していなければいけないからだ。保健室に空きがないのなら教室で寝てもいいとミアは言ったが、夜間の校舎内には危険なゴーストが飛び交うらしく、それは危ないとアブサロンに忠告された。


 迎えにきたのはテオだけだった。ブルーノは雑務で忙しいらしい。


「お前、晩飯食べた?」


 テオに聞かれ、ミアはふるふると首を横に振った。


「あーそ。じゃ、カフェでも行くか。大食堂はこの時間帯混むしな」


 テオはくあぁ、と欠伸をしてから、ミアの隣を歩き始める。

 放課後のため数は少ないが、廊下を歩いているとちらほらと残っている生徒を見かける。三年生のツートップの一人となるとやはりかなり知名度があるようで、テオが通ると生徒たちがチラチラと彼の方を見ていた。


 しばらく廊下を歩き、看板に【魔法使いの弟子】と書かれたカフェに入店する。色とりどりに光るソーダがカウンターに並んでいた。小さな瓶や謎の液体が入った試験管、小さな妖精の標本に鉱物……ミアにとって様々な見慣れない物が置いてあるうえライトは暗めで、何だか恐ろしい雰囲気を醸し出している。


「おお、テオくんじゃないか。夕食かね?」


 年配のオーナーらしき人物がテオの元へやってくる。


「そちらは新しい彼女かな」

「ちげーよ! 俺こー見えても今の彼女に一途なの。こいつは後輩」

「ほほう、それは失礼した……飛ばない魔法鳥の肉肉セットでよろしいかな。今日はこれがおすすめだ」


 そう言ってオーナーが店の奥をちらりと見ると、使い魔たちが即座にセットメニューをミアたちに近い二人席に置いた。


「さんきゅ!」

「ごゆっくり」


 早速椅子に座り食べ始めるテオに合わせてミアも椅子に腰をかけ、周りの様子を見る。客数は少なめだ。


「どうよ、フィンゼルでの生活は。ちゃんとなじめてるか?」


 ミアが食事に手をつけ始めると、テオが話を切り出した。


「テオ、私ドゥエルすることになったよ」


 ぶっと白色のソーダを吹き出すテオ。


「は!? なんて!?」

「だから、ドゥエル……」

「自分の立場分かってんのか!?」


 テオは口を拭きながら何か言おうとするが、言いたいことが多すぎるのか何度か口を開けたり閉じたりを繰り返した後、ようやく言葉を発する。


「つーか、魔法使えねーくせにマジ何やろうとしてんの!?」

色々と指摘したいことはあるだろうが、まず出てきたのはそこだった。

「ちょっとは使えるようになったよ」


 今日使った魔法をテオに見せてあげようと思い、杖を取り出して振ってみる。ミアとしてはまた魔法を使えたことが嬉しく、すぐにでも使いたい、見てほしいという気持ちが強く出た無邪気な行動であったのだが――



 魔法茶の調合に必要な植物の入った瓶が一斉に割れ、テーブルが次々と木っ端微塵に砕け、椅子が爆発した。



 咄嗟にテオはミアを俵担ぎし、全力で逃げ出した。


「何やってんだよぉぉおおお! あそこのカフェのオーナーまじ怖えーんだからな! ああ見えて歴代オペラの三大魔法使いって言われてるこの学園の卒業生で……」

「テオくん、わしの店になんてことをしてくれたんじゃ」

「……っ!」


 爆発が起きてからすぐに走り出したにも関わらず、オーナーはいつの間にかミアたちのすぐ後ろを走っていた。足腰が弱くなっていてもおかしくない年齢ではあるが、水の魔法で足元に水を発生させ、水流でここまでやってきたようだ。

ミアを担いだまま廊下を駆け巡るテオは、片手で何とか魔法の杖を取り出すと、振り返って構える。


「ラッセン・シュナイエン!」


 ――雪の魔法。テオが最も得意とする魔法だ。


 雪崩のような雪が発生し、オーナーとテオたちの間の通路を塞いだ。


「えっ、こんなことしたら火に油じゃない? 私謝るよ!?」

「今あの人とやり合うのはまじぃんだよ! 激怒した直後のオーナーは本気で殺しにかかってくるからな! ちょっと熱を冷ます時間がねぇと……つーかお前重いわ! 事の重大さが分かったら自分で走れ!」


 テオがミアを放り投げる。ミアは受け身を取って転がった後に立ち上がり、そのままテオと並走した。

 走りながら振り向くと、いつの間にかテオの生み出した雪が溶けていた。


「あれ? オーナーさんは……」

「ッうわあああああ!」


 ミアが疑問を感じて呟いた次の瞬間、その小声とは比にならないくらいの大声でテオが叫んだ。


 立ち止まったテオにぶつかって転んだミアは、いつの間にか先回りしていたカフェのオーナーを見上げ、その威圧感に震える。

 立ち上がったミアは慌てて頭を下げた。隣のテオももう逃げられないことを覚悟したようで、勢いよく頭を下げる。


「ごめんなさい!」

「すみませんでした!」


 二人の謝罪が廊下に響き渡った。


「謝罪で済むなら闇の魔法は要らんのだよ」


 しかし、オーナーが頭上で手を振り上げる気配がする。何か大きな魔法を発動させようとしている予感がする。

 まずい空気を感じ取ったミアは、テオの手を引いて走り出そうとした。


 しかしその前に、オーナーがぴたりと動きを止めた。ミアとテオがおそるおそる顔を上げると、オーナーは愕然とした表情でミアを見ていた。


「――――何故」


 オーナーの視線は、ミアの首からぶら下がる鍵に向けられている。


「何故、ここへ」


 おそらくそれが自分への質問だとは理解しつつ、ミアは戸惑い、何も答えられずに黙り込む。

 オーナーはしばらく口を開けたままミアを見ていたが、「そう……か」と一人納得したかのように天井を見上げて呟いた。


「あれから十二年か……」


 オーナーの敵意が見るからに消えてほっとしたものの、今度は何の話をしているのか分からず困惑する羽目になった。かと思えば、唐突にオーナーが顔を正面に向けてくる。


「テオくん、君はこの子をまもりなさい」

「あ……?」

「今回のことはそれでなしにしてあげよう。修復魔法を使えば明日にはいつも通り開店できるからのう」


 テオがミアを一瞥してきた。そして、不可解な発言を呑み込み切れない様子で、もう一度オーナーに視線を戻す。


「あの、オーナー」

「なんだね」

「こいつのこと知ってるんですか?」

「その通り」

「マジすか!? こいつ記憶喪失で、どこの誰なのか調べてる最中なんすけど」


 オーナーは白い髭を撫でながら、ふぉっふぉっと笑った。


「いずれ分かる」


 意味ありげな視線をミアに向けてきたオーナーは、テオの疑問には何一つ答えず、杖を付いてゆっくりとした足取りで【魔法使いの弟子】へと戻っていった。

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