知の部屋 ⑤

 その反応を見て、ミアは少し期待しながら聞き返した。


「さっきのってやっぱりすごい? 私、才能あるかな?」

「ハァ? 調子に乗らないでくださいまし。幻影を見せることくらい、わたくしにだってできますわ!」


 胸ぐらを掴んでいた手を荒々しく外したカトリナは、さっさとその場を立ち去ろうとしたが、途中でぴたりと止まってミアを振り返る。


「伺っておりませんでしたわね。――あなた、お名前は?」


 カトリナの赤い瞳が、まるで炎を宿しているように見える。


「……ミア」


 その威圧感に呑まれそうになりながら答えたミアをびしっと指差したカトリナ。


「ミア。わたくしと勝負なさい」


 それを聞いて、途端に近くにいた生徒たちがざわつき始めた。


(勝負……?)


 突然勝負を申し込まれ困惑するミアだったが、周りはその意味をしっかり理解しているようで、口々に反応を示す。


「この者に決闘ドゥエルを申し込むということですか、カトリナ様!」

「知の部屋初のドゥエル……楽しみでなりませんわ、カトリナ様」

「カトリナ様なら楽勝です! この生意気な者をボコボコにしてしまいましょう!」


 おろおろと戸惑うミアに、カトリナが偉そうな態度で説明を加えた。


「入学説明会にも参加していなかったあなたはご存知ないかもしれませんから、説明して差し上げますわ。この学園にはドゥエル制度がありますの。魔法で対決し、負けた方の生徒を停学に追い込めるんです。素敵な制度でしょう?」


 ミアはあんぐりと口を開ける。せっかく無理を言って授業に出ているのに、停学させられては意味がない。なんてことを提案するのだ、と思う反面、魔法での対決など記憶の限りでは経験したことがないため、少し面白そうという好奇心がわずかに勝つ。


 それに、ここで勝てば、カトリナがこだわる血統や身分なんて大した問題ではないと証明できるかもしれない――そう思い、立ち上がって言った。


「受けて立つよ」


 ミアは全ての授業が終わった後、中庭のベンチに座って学園図書館で借りた魔法書を読むことにした。書かれている呪文を一ページ目からぶつぶつ呟くが、魔法の発生の気配は見られない。


(幻影を見せる魔法を使った時は、もっとあっさり発動できたのにな。あの時と何が違うんだろう……必死さ? 今は別に、切羽詰まってないもんね)


 ――困った。これではカトリナに対抗できない。


うんうんと唸っていると、ミアの見ていたページが、不意に誰かの影で暗くなった。顔を上げると、顔にそばかすのある地味な見た目の、生徒らしき男が立っていた。


「見ない顔じゃな」


 中庭に浮かぶ炎の光が二人を照らしている。


「こんにちは」

「名前は」

「ミア」

「何しよるん」


 ミアは逡巡した。素直に答えていいのかと。しかしこの男子生徒は見るからに無害そうな、人のよさそうな男であるため、正直に答えた。


「魔法の練習をしているの。なかなか発動させられなくて」

「ほう?」


 どこにでもいそうなその男子生徒は目を細め、薄く笑う。


「唱えるだけで発動させるにはコツが要る。魔法っちゅーのは、最初は動きで発動させるもんじゃ」


 男子生徒はミアに木の棒を差し出した。


「これは初心者向けの魔法の杖じゃけぇ、念じながら振るとええ。なあに、お前さんならできるじゃろ」

「念じる……?」

「何かしたいことはないんか。……そうじゃなぁ、例えば、この川に住む恥ずかしがり屋の水妖たちを呼び出したい、とか」


 中庭を流れる川に住むウィンディーネやローレライは、人が近付くとすぐに水の中へと逃げてしまう。以前ミアがブルーノとこの中庭へやってきた時もそうだった。ちらりと見えた美しい横顔。あの水妖たちをよく見たい――確かに、そう思わないわけではなかった。

 ミアは貸してもらった杖をぎゅっと握り締め、川に向かって一振りする。


 ――――途端、轟音と共に川の水が割れ、眩い光の中に何人もの美しい女性たち――ウィンディーネやローレライが現れた。


「おお、この川、こんなに住んどったんじゃな」


 自分で驚いているミアの隣で、男子生徒は楽し気に笑う。


「すごい。私天才では……?」


 本当に杖を振るだけでこんなことになるなんて、とミアが呆気にとられたところで、力が抜けたのか川の水が戻っていった。


「そうじゃなあ、天才天才」

「適当に言ってるでしょ」


 むっとするミアに、男子生徒はケラケラと子供のように笑い続ける。


「上出来じゃったよ。これだけ莫大な魔力を扱えるんじゃったら、練習なんかせんでも一年の初期の授業なんて楽勝じゃと思うが」

「でも私、ドゥエルを申し込まれて。よく分からないけど有名な子らしいから、これくらいじゃ勝てないと思うんだよね……」

「ドゥエル? 入学早々大変じゃのう。相手は」

「カトリナっていう、同じクラスの子」

「イーゼンブルク家の?」


 ぶはっとまた吹き出した男子生徒は、杖を返そうとしたミアに対し、「いらんよ」と首を横に振った。


「ドゥエルが終わるまで預けちゃるわ。お前さんはこの杖と相性がよさげじゃからの」

「えっ……でも」

「健闘を祈る」


 ふわりと蛍のような光が男子生徒の周りをぽつぽつと照らしたかと思えば、ミアが次に瞬きをしたその後、彼はミアの前から姿を消していた。



   * * *



 ――――渡り廊下の向こう側。


 中庭が見える位置で、ミアと先程別れたばかりの男子生徒は、ミアを改めて眺めていた。彼の姿は、煙を帯びながら変わっていく。茶色だった頭髪はモスグリーンに、そばかすのあった肌は透き通るような白色に。


「国内最高峰の魔法学校に入学しておきながら、〝魔法が発動させられない〟、のお……」


 クスクスと思い出し笑いをした彼の周りでは、魔力に引き寄せられたカラスやフクロウが飛び交っている。木の精霊ドライアードも、見失っていたものをようやく見つけたかのように、舞いながら彼の肩に乗った。


「面白いことを言う新入生じゃ」


 まるで猫を可愛がるようにドライアードの顎を撫でながら、彼は楽し気に闇に包まれた空を見上げた。

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