惑いの森 ①
ミアが魔法の練習を始めて一週間が経った。
テオに借りた他クラスの教科書にも目を通しながら試行錯誤した結果、ミアは自分の弱点に気付いた。動かない物体を木っ端微塵にする、壁に圧をかけて破壊するなどの、力の加減をしなくてもいい、何も考えずただ魔力を込めてぶっ放せばいい派手な魔法であれば使えるようになった。
しかし決闘の相手は、素早く動けるカトリナだ。コントロール力がなくては攻撃が当たらない。それに、力の加減もできるようにならなければならない。カトリナ相手であれば心配は不要かもしれないが、万一生死に関わるような過度な怪我を負わせればミアの方が失格になる。
どれくらい魔力を込めるかの加減ができず、どの方向に魔法攻撃を向かわせるかのコントロールもできない。それがミアの弱点だった。
「あの、ブルーノ、今日って時間ある?」
放課後、いつものように誰もいない教室まで迎えにきてくれたブルーノに、ミアは勇気を出して切り出した。今日はテオが学内のアルバイトで忙しいらしく、ミアとブルーノの二人きりだ。
「魔法を教えてほしい」
ミアの要求に、ブルーノが分かりやすく眉間にしわを寄せる。迷惑だと言わんばかりの表情だ。
「なぜ俺なんだ? いつも通りテオに教えてもらえばいいだろう」
ブルーノの言う通り、テオは意外にも面倒見がよく、寮の部屋でミアに魔法について丁寧に教えてくれている。あくまでもオペラの仕事の一環としてしか関わらない、必要最低限の会話しかしないという態度を取ってくるブルーノとは違い、テオの方はフレンドリーだ。
ミアはそんなテオのおかげで徐々に複数種類の魔法を扱えるようにはなってきた。しかし、それで足りない部分はブルーノにも教えてもらいたいのだ。
テオの魔法の発動の仕方はどちらかと言えば大雑把。それは本人も言っていた。テオもミアと同じでコントロールがあまり得意ではないらしい。対して、ミアが中庭で見たブルーノの魔法の扱い方は丁寧で繊細だった。コントロールを学ぶなら、ブルーノに教えてもらった方がいいような気がした。
「この間、毒の花の花びらをこう、くるくるーって感じで風で綺麗に操ってたよね。私、ああいう繊細な動きをまだ再現できなくて……。テオも不得意だって言うから」
すると、ブルーノが眉間に皺を寄せ、突き放すように言ってきた。
「お前は正式な生徒じゃない。どれだけ必死に魔法を勉強したところで、記憶が戻れば追い出すぞ」
「わ、分かってるよ。そういうつもりで練習してるんじゃない。……折角ドゥエルするなら、もっと魔法の扱いを練習して、うまくなって勝ちたいじゃん」
ブルーノがじっとミアを見つめてきた。理解できない生き物を見るような目だった。
「テオと練習している時から思っていたが、お前は魔法に関して不自然なほどに熱心だな。その向上心は一体どこから来るんだ?」
寮の部屋でテオと練習をしている時、ブルーノは興味なさげに本を読んでいることが多い。しかし、横目にミアの様子は見てくれていたらしい。単に騒がしいからかもしれないが。
しまった、また怪しまれると焦ったミアは慌てて顔の前で手を振って否定する。
「別に魔法を悪用しようとは思ってないからね!」
ドゥエルに勝ちたい、記憶に関する手がかりを得るためにオペラに入りたい、自分を追うエグモントと対等になれるくらい強くならなければならない――魔法の勉強に打ち込む理由はいくつもある。けれど、魔法の勉強を続けるやる気の源となっている出来事は一つだ。
「保健室でも言ったけど、私、ブルーノみたいな魔法使いになりたいんだ」
最初はよく分からなかった魔法というものに惹かれ始めたのは、ブルーノがあの日幻影の魔法を見せてくれたことがきっかけだった。
「ブルーノが憧れなんだよ。あの日、すごい魔法を見せてくれてありがとう」
そう伝えると、ブルーノはしばらく無言でミアを見つめてきた後、ポケットから杖を取り出した。
「教えてくれるの?」
駄目元での頼みだったので驚いた。
「手短に済ませる」
ブルーノはそう言い、中庭へと進み始めた。そして中庭の端っこまで来ると、淡々と質問を投げかけてくる。
「杖は持っているか?」
「う、うん」
「一度やって見せてみろ」
ミアは不機嫌そうなブルーノに見られていることに少し緊張しながらも、杖を上方へ向かって振る。ごうっと音を立てて強風が起き、地面に敷き詰められていた花びらごと空へ勢いよく飛んでいく。
「お前は一度に扱える魔力量が大きいようだ。だが、それゆえにコントロール力もない」
ミアの放った風魔法を見て即座にバッサリ言い切ったブルーノは、ミアの手に触れ杖を奪い、持ち直させてきた。
「基本的なことだが、杖の持ち方はこうだ。もう少し端を持った方がいい。振る角度や振り方によっても魔法を発動した時の威力が変わってくる。細やかな動きを再現したい場合は小さく動かせ」
ミアはこくこくと頷き、できるだけ小さな動きで杖の先をくるくるさせた。すると、不格好な風の流れではあるが、花びらが小さく揺れながら空へ舞っていった。しばらくその動きを続けてみたが、すぐに風は強いものに変わっていき、ぶわりと花びらが飛び散った。
「しゅ……集中力が続かない……」
杖を下ろし、ぜえはあと息を荒くしながらうなだれる。魔法の精細なコントロールはやはり向いていないような気がした。
「もういいか? 俺は戻る」
「えっ、これだけ?」
もう少し教えてもらえると思っていたため、中庭を出ていこうとするブルーノを思わず引き止めた。しかし、ブルーノは冷たい目で見下ろしてくる。
「基本は教えた。あとは練習を重ねるだけだ。手っ取り早く魔法がうまくなるようなテクニックがこの世に存在するとでも?」
愛想のかけらもない。必要以上にミアと時間を共にしたくないという気持ちがオーラからにじみ出ている。ミアはそのオーラに怯みつつも、負けじと提案した。
「分かった、練習してみる。もしできるようになったら、また見てもらってもいい?」
ブルーノがものすごく億劫そうな顔をしてきたので、ミアの心はまた折れそうになる。
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