惑いの森 ②

 その時、上級生らしき男子生徒複数名が、中庭の横に位置する一階の渡り廊下を通りかかった。彼らは中庭に並んで立っているミアとブルーノを見つけると、じろじろと物珍しそうに不躾な視線を向けてくる。


「あれってブルーノじゃね? 珍しく女子と一緒だな」

「ああ、離島出身なのにオペラに入れて調子乗ってるブルーノじゃん」


 男子生徒たちは口元を手で隠し、けらけらとブルーノのことを嘲った。


「離島の人って普通魔法使えねえんだろ? おかしくね?」

「それがさあ、噂では誰かを生贄にして魔法が使えるようになったとか何とか……」

「えーっ。それって殺したってことかよ。怖~。そもそも、あいつオペラにふさわしくなくね? 離島出身のくせに本当にオペラになれるだけの実力があるのか疑わしいな!」


 ミアたちの方まで聞こえるほどの大きな声で会話しているのは、おそらくわざとなのだろう。ブルーノの様子をうかがうが、ブルーノの方は全く反応を示していない。言われ慣れているのだろう。無視を貫こうとしていた。


 ――しかし、負けず嫌いのミアはその態度に納得がいかなかった。


 男子生徒たちに向かって勢いよく杖を振る。すると男子生徒たちの制服がみるみるうちに木っ端微塵になり、その下着が露わになった。「ぎゃああ!」という野太い悲鳴が廊下に響き渡る。


「……何してるんだ」

「あの人たち、ブルーノの悪口言ってたから」


 ブルーノが怪訝そうな目を向けてくるが、ミアは男子生徒たちに向かって大きな声で続ける。


「ブルーノくらいすごい魔法使いになってから言ってほしいもんだなって思って!」


 ブルーノは気にしていないかもしれない。でも、ミアはブルーノの魔法を悪く言われることが嫌だった。


「な、何すんだよ! てめぇ何年生だ!?」

「一年生です!」


 堂々と胸を張って回答したミアを、男子生徒たちは信じられないという目で見てくる。


「はぁ!? 俺ら三年なんだけど!? 最近入学してきたばかりのひよっこが何……っ」

「そんなこと言っていいのかなー? パンツ一丁で校内をうろついてる変態集団として写真撮って学校中にばらまいてもいいけどー?」


 ミアはふふんと男子生徒たちの醜態を嘲笑った。


「三年生ってことはブルーノと同じ学年なんだ? ひょっとしてオペラになれなかった嫉妬かなあ?」


 図星だったようで、男子生徒たちの顔がカッと赤く染まる。そして、次の瞬間にはものすごく怖い顔でミアを睨みつけてきた。ミアはそこでようやく、やりすぎたかもしれないと危機感を抱いた。学年差があれば学んでいる魔法のレベルも違う。二学年も上の先輩に本気になられたらさすがに自分では勝てないと思い、今更ダラダラと汗が流れた。


 ――その時、ミアの様子を見ていた隣のブルーノがふっとわずかに破顔した。それはブルーノがミアに見せた初めての笑顔だった。


(……ブルーノってこんな風に笑うんだ)


 いつも仏頂面をしているブルーノの意外にも柔らかい笑い方を見て少しどきりとした。

 ミアの隣を通り過ぎ、男子生徒たちにゆっくりと近付いたブルーノは、酷く冷たい声で問いかける。


「――俺がオペラでいることに文句があるのなら、ここで勝負してみるか?」


 すると、男子生徒たちの顔がさっと青ざめ、そそくさと渡り廊下を立ち去っていく。ブルーノに嫌味は言うものの、直接戦って勝てる自信はないようだ。男子生徒たちの姿が見えなくなってから、ブルーノがミアに向かって溜め息を吐いた。


「もう少し後先を考えて行動したらどうだ? 俺がいなければ返り討ちに遭っていたぞ」

「返り討ちに遭ったとしても、言われっぱなしは嫌だったから」

「お前自身のことを言われているわけではないのにか?」


 ミアが悔しい気持ちを押し殺しつつも無言でこくりと頷くと、ブルーノはしばらく疑うようにじっとミアを見つめてきた後、


「……もう少し練習に付き合ってやる。さっさと終わらせろ」


 と素っ気なく言ってベンチに腰をかけた。


「いいの?」

「俺が先に戻ったところでどうせ、星の階段はお前一人では登れない」


 さっきはもう戻ると言っていたくせに、気が変わったらしい。

ブルーノの言葉に促され、毒の花の花びらが舞う中庭の方に向き直った。杖を小さく動かし、もう一度風を起こす。

 しばらくは集中するため無言だったが、徐々にうまく花びらを旋回させられるようになってくると、会話しながらでも風魔法を多少コントロールできるようになってきた。


「ねえ、さっきみたいな嫌なこと言ってくる人って他にもいるの?」


 後ろのベンチで本を開いていたブルーノにそう聞くと、ミアの方を一瞥してきた後、再び本に視線をおろしてから答えてくれた。


「俺は出身が離島だ。納得できない奴もいるんだろう」

「出身にこだわる人が多いんだね。この学校って」

「離島は本来魔法使いが存在しない地だ。本土の魔法使いたちから離島の人間は差別を受けている。反対に、離島では魔法自体が差別を受けているが」


 テオに聞いた話と同じだ。ブルーノが自分の魔法を好きになれない理由が、どこへ行っても差別を受けるからなのだとしたら――。


「じゃあ私、やっぱりドゥエルに勝ちたい」


 ミアはきゅっと手にある杖を握りしめる。


「カトリナとかさっきの子たちみたいな、家柄や出身地にこだわる人の意識が少しでも変わればいいなって思う。出身も分かんないような無名の私がカトリナに勝てば、出身なんて関係ないって証明できるでしょ?」

「それが、お前がドゥエルの申し込みに応じた理由か?」


 ブルーノの問いに頷いて肯定する。すると、ブルーノが少し考えるような素振りを見せた。


「テオの言う通りだったかもしれないな」

「テオ、何か言ってたの?」

「お前のことを、何も考えていないただのバカだと」

「悪口じゃん……!」


 陰でそんなこと言われてたのか、とミアは愕然とした。


「俺はお前が隣国のスパイである可能性を考えていた。だが、確かに、わざわざ学内で目立つ行動を取るのはスパイとして無能すぎる。さっきの、他の生徒に攻撃をしかける行動もスパイとしては論外だ。お前は本当にただの記憶喪失なのかもしれない」


 いや、そこで納得されても、と落ち込む。と同時に集中力が切れ、花びらの旋回が歪な形になっていった。これ以上続けることは難しいと感じたミアは、少し休憩するために魔法の発動を止めてふぅと息をつく。

 杖をおろしたミアに向かって、ブルーノが意外なことを言った。


「出身で人を見る生徒が多いのは事実だが、イーゼンブルク家の令嬢に限って言えば、ただ単に他の家柄を見下しているわけじゃない」

「カトリナのこと?」

「ああ。彼女の周りには常に人がいるだろう」

「うん、いる! いっつも家来みたいなクラスメイトたちに囲まれて偉そうにしてる」


 ミアは今日の授業で習った絵描き魔法で空中に線を描き、意地悪そうな顔をしたカトリナとその周りの生徒たちの絵を描いて見せた。ミアの絵は再現度が低く、端的に言うと下手なので、ブルーノはそれを見て怪訝そうな表情をしたが。


「彼女を中心に派閥のようなものが形成されているのは、何も名家の令嬢だからというだけじゃない。魔法剣の扱いに長け、実力も兼ね備えているために付いていきたがる者が多い」


 ブルーノが意外にもカトリナを褒めるので、ミアは不思議に思った。

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