惑いの森 ③

「他を見下しているというよりも、自分の家を誇る気持ちが強いんだろう。身分制度廃止後も家柄への誇りを失わず堂々としている姿に憧れを抱く生徒は少なくないはずだ」

「……何でそんなにカトリナに詳しいの?」


 やはりカトリナは上の学年の間でも有名人なのだろうか。入学試験でもダントツ一位だったようであるし、全校生徒の注目を集めていてもおかしくはない。

 しかし、ブルーノの答えはミアの予想の内容とは違っていた。


「オペラの四年に、カトリナの姉がいる」


 ミアはまだ顔も見たことがない、オペラの幹部。ブルーノとテオの他にも四人いるはずだ。その一人はカトリナの姉らしい。


「姉はカトリナに興味がないようだが、他の幹部は次期オペラ候補だなんだと面白がってカトリナの様子を見に行っていた。その情報が回ってきただけだ」

「ふーん……」


 ミアは、自分がオペラになりたいと言っただけで不機嫌になったカトリナの様子を思い浮かべた。


 もしかすると、カトリナもオペラになりたいのだろうか。



 しばらく魔法の練習を続け、夜が近付いてきた頃、ぐーぎゅるるるー……とミアのお腹が大きな音を立てた。それまでブルーノとは互いに無言であり静かだったためにより音が目立ってしまい、恥ずかしくて俯く。


「……そういえば何も食べてないね。遅くまで付き合わせちゃってごめんなさい」

「お前の面倒を見ろとアブサロン先生に頼まれている以上、これもオペラの仕事だ」


 真面目なブルーノはそんな義務感でずっと練習に付き合ってくれていたらしい。申し訳なく思いながら杖をしまった。

 ブルーノも何も食べていないはずだ。魔法使いの弟子ならここから近いが、魔法で店内を荒らしてしまったばかりなので行きづらい。


 そこでミアはふと思い出した。そういえば、ブルーノが写真共有システムにあげている料理の投稿をテオに見せてもらったことがある。


「ブルーノっていつも自分でご飯作ってるの?」

「研究授業やオペラの業務で夜が潰れない限りは。昔は毎日妹に作っていたから慣れている」

「へぇ~! すごいね。でも、ブルーノが自分でご飯作って写真撮ってる姿、いまいち想像つかないかも」


 匿名であげているあの料理を無愛想なブルーノが作っているとは生徒たちも予想がつかないだろう。


「写真共有システムにアップし始めたのはテオに押されてからだ。……というか、最初はあいつが勝手にアップロードし始めて、気付いた頃には妙に人気になっていた」


 テオの勝手な行動に振り回されるブルーノを想像するとおかしく、ミアはぷっと吹き出した。


「……何がおかしい」

「ブルーノ、それで仕方なく続けてるの可愛いなって」

「……」


 バカにされたように感じたのか、ブルーノは無言で歩き始めてしまった。ミアは慌ててその後に続き、話題を変える。


「そういえば、私ずっと気になってたんだけど、ブルーノが一番最近あげてたパンみたいなお菓子って何?」


 隣に並んで見上げると、ブルーノが目だけで見つめ返してくる。


「シュトーレンか?」

「シュトーレン……」

「レヒトでは主にイベント時に食べる、ドライフルーツやナッツを練りこみ表面に砂糖をまぶした菓子パンだ」

「イベント時じゃないとダメなの? どうしても?」

「……それはねだっているのか?」

「えっ、あ、いや、そんなつもりは…………でも食べたくないって言ったら嘘になるかも」


 ぼそっと本音を呟いたミアの声はしっかりブルーノの耳に届いたようで、ブルーノが溜め息をついた。長時間練習に付き合わせておきながら菓子まで作れというのはあまりに図々しいことに気付いたミアが慌てて撤回しようとするが、


「いい。どうせ今日は課題もない」


 とブルーノが言った。



 星の階段をのぼり、最上階にあるオペラ幹部の寮の一室にブルーノと一緒に戻ったミアは、キッチンに向かうブルーノの背中をソファから眺める。何か手伝えることはあるかと聞いてみたが、ブルーノは「課題でもやって座っていろ」と邪魔そうに拒否してきた。


 知の部屋は小テストも多いので、勉強する時間はもちろん必要だ。今日は魔法の練習にかなり時間を使ってしまったので、ブルーノが食事を用意するまでの隙間時間を利用して勉強ができるのなら有り難い。

 今日行われた小テストの復習から始めようと紙を開いたミアは、その裏面に記載されている小テストのクラス内順位の表を見た。


 やはり、カトリナが圧倒的な一位だ。その前小テストでも、その前の前の小テストでもそうだった。


(高飛車だけど、すごい子なんだ)


 ただの嫌な金持ちのように見えていたカトリナが、さきほどのブルーノの教えで違った形に見えてきた。


「できたぞ」


 しばらく勉強をしているうちにブルーノに呼ばれ、ミアは勉強道具を片付けてテーブルの方へ歩いていく。粉砂糖がまぶされたシュトーレンの隣に、チキンやスープ、カップに入れたホットミルクが並べられていた。


「シュトーレンは本来焼き上がりからもっと時間を置いた方が食べ頃だ。残った物は後で保存しておく」


 ミアが大きく頷いて椅子に座ると、ブルーノもその正面の椅子に座る。テオも含めて三人で食事を共にしたことはあるが、ブルーノと二人で食事をするのは初めてだった。少し緊張しながら、「いただきます」と食前の挨拶をして、ゆっくりスープをすすった。


 ――おいしい。ミアは衝撃を受け、続けてチキンやシュトーレンも無言で頬張った。


「こんな料理毎日食べられてたなんて、ブルーノの妹さんは幸せ者だね」


 本当においしいのでそう言うと、ブルーノの表情が曇った。


「妹はもういない」

「……え?」

「何年も前に死んだ。俺がこの学校に入学する前だ」


 ブルーノがじっとミアを見つめてくる。


「お前みたいなやつだった。無鉄砲で、言動の予測がつかなくて、表情がコロコロ変わる」


 ミアを見ているにも関わらず、その目はどこか遠く、別の人間を見ているような眼差しをしている。ミアはごくりと食べていたものを飲み込んだ後、口を開いた。


「そっか。ブルーノはその妹さんのことがとても大事だったんだね」


 ブルーノがぴくりと眉を動かす。


「なぜそう言い切れる?」

「だってこの料理、すごく優しい味がする」


 愛情を入れると料理がおいしくなると人は言う。ブルーノの料理は、長年愛情を込めて料理をしていた者こそが作れる味だとミアは思った。

 しかし、ブルーノはあっさりとその考えを否定する。


「味は調味料に魔法を加えて作っているものだ。お前がそう感じるのは魔法による錯覚に過ぎない」

「ええ? じゃあやっぱり私、ブルーノの魔法が好きってことなのかも」


 シュトーレンを一口サイズにカットして口に運んだミアは、そのあまりのおいしさに満足しながら、おそるおそる期待を込めて聞いてみた。


「もしよかったら、また作ってくれる?」


 ブルーノは少し黙り込んだ後、


「テオのついでであれば」


 とぶっきらぼうに答えた。

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