空が光った日 ⑤
大食堂を出ると、柔らかそうな羽をしたフクロウが一直線にこちらへ飛んできた。その嘴には手紙が挟まっている。
「アブサロン先生の使い魔じゃん」
テオが使い魔から手紙を受け取る。メモ書き程度の短さの手紙に目を通したテオは、それを魔法で燃やしてから、ブルーノとミアの方を振り向いた。
「アブサロン先生からの伝言だぜ。しばらくミアを寮で預かれってよ」
「俺たちの部屋に泊めろということか?」
「いや、さすがに寝る時は保健室で預かるつもりだったみてーだけど、長期休み中の魔法大会で負傷者が多いらしくてさ。今は保健室のベッドに空きがねぇって」
ブルーノがあからさまに顔をしかめる。その様子を見たテオがなだめるように言った。
「ま、俺たちの仕事みたいなもんだから仕方ないだろ。んな顔すんなって」
「仕事? テオたちは働いてるの?」
制服を身に纏っており、見るからに〝生徒〟であるテオが口にした仕事というワードが気になり、ミアは口を挟んだ。
「この学校にはオペラっつーのがあって……まぁ、一言で言えば学園内の治安維持グループだな。伝統的に三年、四年、五年各学年の成績優秀なツートップ合わせて六人で活動してる。で、その顧問がさっきのアブサロン先生」
ミアの落下も学園内で起きたことだ。事件性のありそうな事柄であれば、オペラが担当しても不自然ではない、とテオは言う。
「俺たちはオペラの役割を担っている間、学園内で大きな問題が起きたら困る。起きたとしても対処しなきゃなんねえ。じゃねぇと、魔法省のトップ層になるための試験を受ける資格を失うんだよ」
魔法省という単語を聞いてミアはぱっと顔を上げた。自分を狙うエグモントがいるところであるためだ。
「魔法省ってやっぱり凄いところなの?」
「お前魔法省まで忘れてんのかよ。この国で一番権力のある行政機関だぜ? それに、魔法省の最高幹部のうちの一人になれば、王立魔法図書館の全区画に入ることもできて――」
「テオ。余計なことをベラベラ喋るな」
何でもミアに教えようとするテオをブルーノが制止する。
「堅いこと言うなよ。これくらいなら外部の人間も知ってる話だろ」
「そいつには今必要のない話だ」
「いやまぁ、そうだけどよ……」
ブルーノがピリピリしているのを感じ取り、ミアは居心地が悪くなった。テオは比較的話しやすい雰囲気だが、ブルーノは侵入者であるミアをあからさまに警戒しており、敵視しているのが見て取れる。
(当然といえば当然だけど……)
少し不貞腐れるミアの隣で、テオがふと思い出したように言った。
「あ。つーか俺、魔法史のレポートやってくるわ」
その能天気な言葉を聞いたブルーノがテオを止める。
「……ちょっと待て。やらないつもりなんじゃなかったのか」
「さすがに全くやってねえのはやべーだろ。途中までやって出す」
じゃあな、と左手をポケットに入れたまま、右手を軽くひらひらと振ってその場を離れるテオ。ブルーノは、はぁと浅い溜め息を吐いて髪をかき上げた。
ブルーノが黙って歩き始めるので、ミアもおそるおそるその後に続く。互いに無言のまま廊下を歩いているうちに、煙で形作られたかのような真っ白な人間がふよふよと空中を飛んでいるのが見えた。その姿は消えたり現れたりを繰り返している。周りを歩く生徒たちはその存在を特に気にする様子もなく歩いている。あれがさきほどブルーノたちの言っていたゴーストというものだろうか、とミアは思う。しかし、無愛想なブルーノにその予想の真偽を確かめる勇気までは湧いてこなかった。
「その鍵はどこの鍵だ?」
不意にブルーノが立ち止まり、ミアに聞いてきた。余程気になったのか、ミアの首にぶらさがるネックレスに繋がった鍵を手に取り、まじまじと見つめてくる。
「この国ではあまり見ない類の金属だ。家の鍵なら、ここからお前のアドレスを特定できるかもしれない」
不思議とミアはその鍵が母の形見であることを覚えていた。母親の顔も思い出せないのだが、鍵が大事なものであるという感覚は強く残っている。
「これは家の鍵じゃない。お母さんの形見」
ブルーノはそれを聞いて興味を失ったかのようにミアの鍵から手を離した。ミアの住所が分かるヒントとなり得ないのであれば用がないと思ったのであろう。
ミアはまた無言で歩き始めるブルーノに小走りで付いていき、今度こそ勇気を出して話しかけてみた。
「……あの、よかったら、すごく今更なことを聞いていい?」
「何だ」
「魔法って何?」
周りの人間が当たり前のように使っている魔法という概念について、ミアはまだよく分かっていない。自分が忘れてしまったこの世界で、今頼れるのはアブサロン、ブルーノ、テオだけだ。そしてアブサロンは、魔法についてはブルーノやテオに聞けと言ってきた。
ブルーノがあからさまに面倒そうに大きな溜め息を吐くので、ミアは言わなければよかったとすぐに後悔した。しかし、ブルーノは辺りを見回し中庭にあるベンチが空いているのを確認すると、そこを指差して言った。
「長くなりそうだ。そこで説明する」
アブサロンに面倒を見ろと言われている以上、最低限のことはしようとしてくれているようだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます