空が光った日 ④

「……この学園内は安全なの?」

「確実にとまでは言えないけど、他の場所よりはかなり見つかりにくい。この学校はかつての王族が建てたものだから、王族の結界魔法がまだ残ってるんだ」


 アブサロンはそう説明しながら棚からティーカップを取り出し、リラックス作用があるという魔法茶を調合しミアに渡した。突然見知らぬ場所に落ちたうえ、いきなり知らないことばかり聞かされ動揺しているミアを気遣ってのことだろう。

 ミアとアブサロンが魔法茶を飲みながら話し合っていると、こんこんと外から扉を叩く音がし、ブルーノとテオが部屋に入ってきた。


「早かったね」


 アブサロンは気だるげに白衣のポケットに手を突っ込んだまま振り向き、ブルーノとテオを個室の中へ招く。


「どうだった?」

「あのゴースト、ガキのくせに風魔法がうまくて厄介なんすよね。ちょい苦戦しました」

「被害届が出ている分の帽子は取り返しました。そちらはどうでしたか?」


 ブルーノがちらりとミアの方に目をやる。


「大した異常はなかったよ。骨も折れてないし、普通に生活できると思う」


 アブサロンの答えに、ブルーノはそこではないという顔をし、「記憶はどうにかならなかったんですか」とすかさず確認する。


「記憶の方はすぐには戻りそうにないね。でも、命に別条はないよ。まぁ、そっとしておけばいい。記憶が飛ぶなんてよくあることだろう?」

「ねぇよ……」


 アブサロンに聞こえない程度の声でぼそりとツッコミを入れるテオ。聞こえているのかいないのか、アブサロンはその言葉には反応せず、優雅に魔法茶を啜った。


「学内のデータを見たけれど、この子のような生徒はいないようだね」

「は? 生徒じゃない?」

「どうやら外部の人間らしい。加えて、国内でそれらしい行方不明者の捜索願はまだ出ていない。今できることはあまりないかな。彼女の記憶が戻るのを待とう」

「治安部隊に預けないんですか」

「いやー、この国の治安部隊は手荒な手段を取りがちだしねえ。ぼくとしても女の子をあれには引き渡せないよ」


 ね、とアブサロンがソファに座っているミアに目配せをしてきたので、こくこくと何度も相槌を打つ。しかし、ブルーノはその対応に納得がいかないようだった。


「そもそもどうやって外部の人間がこの学園の結界を破ってうちの寮に……」

「さぁ? ぼくには何とも」


 にこにこしながら肩をすくめるアブサロンを見て、ブルーノは厳しい口調で言った。


「あなたはいつも適当すぎる。もっと真剣に考えてください」

「ブルーノは相変わらず堅いね。だめだよ、君くらいの年齢のうちはおふざけも楽しまなきゃ。青春は一度きりだよ?」


 軽く受け流すアブサロンに、ブルーノは不愉快そうに眉を寄せる。


「とりあえず、君たちはしばらくこの子の面倒を見てよ。ミア、分からないことはブルーノたちに聞いていいからね」


 アブサロンがミアの方を向いてテオとブルーノの二人を指差す。少し甘く作ってもらった魔法茶を飲み終えたミアは頷いた。


「待ってください。部外者をこの学園の敷地内にいさせることにはそれなりの危険性があります。そもそも記憶がないのが本当かどうかも――」

「これは顧問命令だよ?」


 ブルーノの言葉を遮るように、ブルーノの顔の前に人差し指を立ててニヤリと笑ったアブサロン。しばらくアブサロンを睨みつけた後、諦めたように頭を押さえたのはブルーノの方だった。



 ミアはブルーノとテオに連れられ、今度は大食堂とやらへ向かうことになった。大食堂ではまるで魂を宿しているかのような火の玉が飛び交い、食事をする生徒たちを明るく照らしている。ここに入るには生徒の証として制服の着用が義務付けられているらしく、保健室に置いてあったサイズの合わない制服をアブサロンから借りてきた。


 ブルーノとテオは、空いていた端っこのテーブルの席にミアを座らせる。妖精たちが食事を運んでいる物珍しい光景にミアが驚いていると、テオが質問を投げかけてきた。


「お前さ、何だったら覚えてんだっけ?」

「……名前がミアなこと」

「それだけかよ」


 それだけじゃどうしようもねぇな、とテオは苦笑いした。


「フィンゼルに飛ばされる前どこに居たかも覚えてないのか?」

「フィンゼル……?」


 ブルーノの発した単語を首を傾げながら繰り返したミアに、テオが説明を加える。


「フィンゼル魔法学校――ここの名前だよ。一応国内最高峰の魔法学校だし、知らねーヤツいねぇと思うんだけど」


「魔法……」

「あ、そうだ、お前何か特殊な魔法使えたりしねぇの? 出身地によって特徴的な魔法使う奴もいっからさ。そこから特定できるかもしんねぇ」


 ミアは首からぶらさがった鍵をきゅっと握った。


「……魔法なんて使わない」

「あ?」

「私がいたのは、こんなに暗くなくて、時計も十二時までしかなくて、太陽が昇ってて、魔法なんて誰も使えないところ」


 テオがぽかんとした。


 大食堂の壁にある時計の短針は、〝XIII〟という数字を指している。


「……タイヨウ? なんだそりゃ」


 妖精が宙を舞い、籠に入れた食事を持ってくるが、テオは真剣にミアの発言に耳を傾けてくれているようでそれには手を付けない。

その直後、テオとミアの正面の席に座っているブルーノがぽつりと問いかけてきた。


「太陽系の話をしているのか?」

「あ? 太陽系?」


 ミアよりも先に馬鹿にしたような半笑いで反応したのはテオである。


「おとぎ話だろ。太陽系なんて」

「……だな。こいつは一時的に記憶が混乱しているんだろう」


 言ってみただけだ、と言って背もたれに背を預けるブルーノ。


 ミアは自分の知る太陽系のことをおとぎ話として片付けられたことに困惑したが、自らの記憶はいまいち信用できないため、それ以上何も言わなかった。

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