空が光った日 ⑥

 外灯の炎に照らされた中庭では、毒のギフティゲ・ブルーマという花の漆黒の花びらが風で美しく舞っている。毒の花はレヒトの国花だとブルーノが教えてくれた。


 中央を流れる川のほとりでは、人の形をしているが肌の色が水色の者たちが水を飲んでいた。彼女たちはウィンディーネやローレライというこの学園に住まう水妖らしい。ミアたちがベンチに腰を掛けると、その音に驚いたウンディーネたちが川の中へと逃げていく。


「魔法は誰しもが持っている、魔力を利用して発動させる術だ。魔法には大きく国民性が出る。俺たちの国レヒトの民の基本的な属性は、闇だ。逆に、海を渡って向こう側にある隣国リンクスは光の魔力を主軸として魔法を発動させる」


 この国の本土の人間のほとんどは通常魔力を持って生まれるらしい。本土の人間たちは精霊の吐き出した魔力を体内に取り込み生きていく。全ての魔法の礎となる、まず最初に必ず持っていなければならない魔力は、【光の魔力】か【闇の魔力】のどちらか。人々は生後数か月のうちにそのどちらかを取り込み、次に、大地に溢れる他の種の精霊由来の魔力を取り込む。そしてその両方を合わせることで、様々な種類の魔法を発動するという。


 ただ、本土とは違い、離島には魔力を持たない人間が多いらしい。一説では、この世界に魔力を生み出している精霊たちが離島にはいないためだとか。


 レヒトの国にのみ闇の精霊が、リンクスの国にのみ光の精霊が存在する。故に、レヒトの国民の魔法の礎は闇の魔力に、リンクスの国の魔法の礎は光の魔力になったらしい。


「魔法の種類は豊富だ。分別するなら火の魔法、水の魔法、氷の魔法、風の魔法、雷の魔法、月の魔法、雪の魔法、花の魔法……目的で分けるなら攻撃魔法や防御魔法、召喚魔法などという言い方をする。テオの言っていた通り、出身地によって特殊な魔法を使う魔法使いも存在する。スポーツと同じで、魔法使いによって得手不得手もある」

「……やっぱり、説明を聞いても思い出せない」


 魔力を誰もが持っていて、魔法が身近なものだったなら、自分も使っていなかったはずがないのだ。自分の記憶は何か変だ――と感じたミアは、ふと思いついてブルーノを見上げる。


「見せてくれない? 魔法を。見れば思い出すかもしれない」


 ブルーノは至極面倒そうに立ち上がり、ローブから杖を取り出して軽く先端を回した。すると、黒い靄のようなものがくるくると旋回して風を起こし、毒の花の花弁を規則的に舞い上げていく。この学園の入学試験でも頻出の、基礎的な風の魔法のようだ。


「――すごい」


 初めて魔法らしい魔法を見たミアは感動した。


「素敵な力だと思う。やっぱり思い出せないけど、私魔法が好き」


 はしゃぐミアとは対照的に、ブルーノの表情は曇った。


「……俺は俺の魔法が嫌いだ」


 冷たい声でそう言いきったブルーノ。その苦虫を噛み潰したような表情を不思議に思い、すかさず伝えた。


「私は好きだよ」


 こんなにわくわくする力をどうして嫌いになれるのだろう。


「さっきみたいな魔法、もっと見たい」


 純粋な好奇心からそう要求してみた。ブルーノはミアの態度にわずかに戸惑うような目を向けてきたが、すぐにミアから目をそらした。


「思い出せなかったならもう終わりだ。魔法は楽しむものじゃない」


 そう言って廊下へ戻ろうとするブルーノの裾を掴んで引き止める。


「もう一回だけ。もう一回だけ魔法を見せてくれたらもう言わないから」


 好奇心旺盛なミアを振り解くよりも魔法を発動させた方が早いと感じたらしいブルーノは、諦めたように杖を一振りする。


「シュライア・イリュージョン」


 ――ブルーノの呪文と共に、ミアの視界いっぱいに広がるドラゴンの巨体。


 青漆の鱗がきらきらと光り、オレンジ色に燃える炎のような瞳がぎょろりとミアを見下ろす。まるで地獄から飛び出してきたかのような威圧感。ミアはそのあまりの大きさに、開いた口が塞がらなかった。

 ドラゴンが口を開き息を吐き出すと、火がつきそうなほどの熱風が吹き抜ける。


「あつっ!」


 慌てふためくミアの隣でブルーノが杖をもう一度振ると、ぶわりと花びらが散るようにしてドラゴンの姿が消えていった。


「な、な、何あれ」


 動揺したミアが足をガクガクさせながらブルーノにしがみついて聞くが、ブルーノの方は至って冷静だった。


「今のはただの、相手に幻影を見せる魔法だ」


 幻影と言うにはあまりにもリアルだった。ドラゴンの息の熱さもミアはしっかり感覚として覚えている。あれほど大きな生き物を、あんなにリアルに再現するとは――。


(ブルーノってすごい魔法使いなんだ)


 成績優秀者であることは聞いていたが、それを改めて実感した。ぼうっと中庭を去っていくブルーノの背中を見つめていたミアは、置いていかれそうになっていることに遅れて気付き、慌ててその背を追いかけた。


 廊下へ戻ったその時、ミアの横を茶色の毛をした大型犬がすごいスピードで走り抜けていった。その生き物が通り過ぎた後の風で髪が大きく揺れる。


「犬!?」


 首輪も付いていない犬が校舎内を走っていることに驚いたミアだが、ブルーノは特に焦っていない様子だった。


「アブサロン先生の使い魔の一匹だな。校舎内ではよく見かける。あの人はすぐ使い魔を放し飼いにするんだ」

「使い魔って、ああいう動物のことを言うの?」

「仲よくなれば主人の言うことを聞く習性がある魔法生物のことだ。探しものを手伝ってくれたり一緒に戦ってくれたりすることもある」


 さっき見たフクロウのような生き物も使い魔と呼ばれていた。この国ではどうやら様々な魔法生物を飼うことができるらしい。


「私も飼ってみたいかも……」

「あいつらは気まぐれだ。懐くまでが大変だぞ。主人が嫌いになれば断りなしに自然へ帰っていく。理由がなくても突然いなくなる事例もたまにあるそうだ。俺は飼ったことがないから詳しくは分からない」


 自分が飼うならどんな見た目の生き物がいいかな、とミアは想像を膨らませるが、ブルーノの方は興味なさげだった。

 そこでミアはふと思い出す。


「あ、私、アブサロン先生に制服返しにいかないと」


 あくまで大食堂のゲートをくぐるために借りていた制服であり、洗わなくてもいいので早めに返してほしいと言われていたのだ。


「なら付いていくが」

「道は覚えてるしいいよ」

「お前が道に迷う心配はしていない。部外者が勝手に校内を動き回るなと言っているんだ」


 ミアを警戒しているブルーノはどうしてもミアから目を離したくないようだった。監視されているような居心地の悪さを感じながらも、ここで断ればより怪しまれると思い大人しく受け入れる。

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