第6章 体育祭

35 争いは戦う前から始まっている


 体育祭。


 その言葉の響きが、わたしは好きになれません。


 だって体育がそもそも好きじゃないのに、それを更に“祭り”にするという奇行。


 皆さんも自分の嫌いな教科を想像してみて下さい。


 学校内行事として、その教科が祭りとして開催されるようなものです。


 とてもじゃないですが参加したくありません。


 誰ですか、そんなものを許可したの。


「――と、いうわけで。来月に行われる体育祭のグループ分けを決めたいと思います」


 そんなわたしの虚ろな気持ちなど伝わるわけもなく、黒板の前では千夜ちやさんが体育祭で行われる種目と、その人数の割り振りを書き出しています。


 千夜さんは生徒会長だけでなく、学級委員長も兼任しているんです。


 流石すぎて頭が上がりません。


 体育祭に文句をつけようとしていたわたしを許して下さい。


「今決めようとすると時間が掛かるでしょうから、詳細は明日決めたいと思います。友人と相談するなりして、自分の出たい種目を考えておいてください」


 事前情報を提示しておいて、考える時間を置いて翌日にスムーズな進行を促す。


 手際が良すぎます。


「……はあ」


 とは思うものの、溜め息が零れます。


 やはりわたしの憂鬱は拭いきれないものがありました。


 それはある種目によるせいです。


【二人三脚 ※全員参加】


 これです、これ。


 何だって他の種目は人数制限があったりするのに、これだけ全員参加なのでしょう。


 憂鬱の主たる原因はコレだと言っても差し支えありません。


 二人一組。


 これがわたしにとってどれだけ残酷な意味を孕んでいるのか、お分かりになるでしょうか?


 ちなみに、このクラスの女子は主に5グループに分かれます。




 ①千夜さんが属する知的でクールな方々


 ②日和ひよりさんが属するのほほんと柔和な方々


 ③華凛かりんさんが属する運動系の快活な方々


 ④冴月さつきさんが属するリア充陽キャな方々


 ⑤わたし




 ……ええ。


 そうですよ。


 ⑤だけ、正確にはグループじゃないですよっ。


 わたし一人の孤独でぼっちですからねっ。


 それが二人三脚?


 どうなると思いますか。


 ……。


 悲惨だ、悲惨な未来しか思い浮かべませんっ。


 どうしてこんな残酷なことをするんですかあああああああ。





 


「――体育祭は個人の実力にフォーカスが当たりがちだから、先生方は生徒全員が力を合わせて取り組む種目を優先したかったそうよ」


 夕食の時間にわたしが思わず愚痴ると、千夜さんが的確すぎる答えを返してくれるのでした。


 そうですよね、イジメ目的でこんなことしませんよね。


「……はい、そうですよね」


 となれば、わたしは大人しく頷く他ありません。


 こうなったら、クラスで組めなかった人と一緒になるしかありません。


 そして、


『うわ、ハズレ引いたぁ……』


 とか思われるに違いありません。


 ふふ……その空気に耐えられるかなぁ。


「あ、じゃあ明莉あかりはあたしと一緒に組む?」


「ええええええええええ」


「なんで一緒に組むだけでそんな驚くのよ……」


 華凛さんが、突然そんな申し出をしてくれるものですからっ。


「勝負にこだわる華凛さんは、てっきり運動が得意な方と組むものとばっかり……」


「ああ……ま、まぁ、そういう所はたしかにあるけど、これは別っていうかぁ……」


 何が別なのかはよく分かりませんが、これは渡りに船っ。


 ここは素直にお願い――


「華凛、それは却下よ」


 ――できなああああああい。


 千夜さん直々にNGが入っちゃいましたぁあああ。


「な、なんでよっ。別に誰と組んでもいいんでしょっ」


「基本的には自由意思だけれど、体育祭である以上は結果も求められる。あまりに実力差が激しい二人を組ませると、結果も得られないし、運動が苦手な子は引け目を感じてしまう恐れもあるから勧められないわ」


 ……これまた千夜さんの正論パンチ。


 た、たしかにわたしと組んでしまえば他のクラスに勝つのは難しくなるでしょう。


 しかも華凛さんのような運動が得意な方が、わたしに合わせてもらっているという状況は精神的にもツラく感じるかもしれません。


「じゃ、じゃあ……明莉はどうするのよっ。組みたい人いないって言ってるんだから可哀想じゃん」


 華凛さんのわたしを心配してくれる言葉が胸に刺さります。


「私が組むわ」


「エエエエエエエエエエエエ」


「その反応って、嫌がられてるように感じられて不快ね……」


 いやいや、まさかっ。


 千夜さんから言ってもらえるなんて嬉しい限りですけど、でもやっぱり驚いちゃいますよねっ。


「千夜ねえだって運動得意じゃんっ。あたしに対する説明と矛盾するじゃんっ」


 しかし、すんなりと受け入れられないのは華凛さん。


 その言いたい事も何となく分かります。


「私は別よ」


「なんでさっ」


「学級委員長として、私はクラスの秩序を守る義務があるわ。未然に人間関係の不和を防げるなら、私がその役を買って出るのは当然のことよ」


「……ぐっ。な、なんかもっともらしいことを……!」


 実力の問題ではなく、立場上の問題として千夜さんがわたしと組むという論点。


 確かにそう言われると、その方がいいような気もして華凛さんは反論する点がなくなってしまいます。


「あら。それでしたら、わたしがあかちゃんと組みますよぉ?」


「Eeeeeeeeeeeeee」


「反応がたくさんあって面白いですねぇ?」


 み、皆さん優しすぎる……。


 こんな小汚い迷える子羊に、手を差し伸べてくれる天子様なのですっ。


「日和、聞いていた?この私がその役目を……」


「ええ、ちゃんと聞いていましたよ?ですが、わたしも運動は得意じゃありませんから、その意味ではあかちゃんに引け目を感じさせることはありませんし、人間関係の不和もこれで解決すると思いますよ?」


「……いえ、私が」


「それに千夜ちゃんも運動は得意なのですから、相応の人と組んだ方がいいでしょうね。結果にこだわる学級委員長様なのですから、その判断が正しいかと」


「……」


 う、うおおお……。


 日和さんが千夜さんの言葉を借りて論破してしまいました。


 で、ですが……誰一人として納得していなさそうな雰囲気はどうしてなのでしょう。


「いや、ていうか学校行事なんだから楽しくやるのが一番じゃんっ。だから、あたしでいいと思うんだよねっ」


 華凛さんが感情論を全開に押し出せば


「まあ、その考え方も一理あるわね」


 180度に考えを転換する千夜さん。


 その柔軟性はさすがです。


「それなら実力者の方々と一緒にやるより、同じくらいの人と一緒に組んだ方が伸び伸びできて楽しいと思いますけどねぇ?」


 ですが日和さんも合わせつつ、自分の主張は曲げません。


「いや、運動得意なあたしが一番明莉に運動の楽しさを伝えられるから」


「楽しさを伝えるのにも表現力や言語能力、つまり知性が必要よ。そういう意味では私が一番適任ね」


「うふふ……それって運動が得意な人の一方的な論調だってお気づきになりませんかねぇ?」


 ……バチバチの空気感。


 ま、待ってください。


 わたしは皆さんの平和を願ってきたのに。


 こんな光景は見たくありません。


「皆さん、ダメです!そんな言い争わないで下さい!もっと仲良くしないとっ!」


 尖った視線は一転、三姉妹揃ってわたしの方に向けられます。


『明莉・明ちゃん・貴女――のせいでしょっ!?』


「……はい」


 ですよねぇ。


 とほほ……どうしたらいいのぉ。


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