50 物は心を映すのかも
「あの、これはそういう意味のものではなくてですね……」
勘違いを続ける
「無理があるでしょっ。わざわざこんな人が少ない場所に来て、二人で同じお手製のお弁当を食べるとかっ!付き合ってんの、あんた達!?」
ぬおおおお……。
これだから三姉妹に恋する冴月さんはぁ……。
何でもすぐに恋愛に結び付ける困ったちゃんです。
しかし、そんな誤解を解くのも難しいのもまた事実なんですよねっ。
「そんなことより冴月さんこそ、どうして人が少ないと仰るこんな所へ?」
こうなったら話題を逸らすしかありません。
我ながら下手すぎる自覚はありますが……。
「そ、それはあんたが……」
「え、わたし?」
意外にもすんなりと質問に応じ、なぜか呂律が回らなくなる冴月さん。
でも、どうしてわたしの話?
二人三脚は終わったので、もうわたしに縛られる必要はないはずですが……。
「……じゃなくって!たまたま通りかかったら
や、やはり……。
わたしじゃなくて月森さん目当てでしたかっ。
「わたしの事はどうでもいいのよっ。それは何って聞いてんのっ」
ビシッとお弁当を指差してくる冴月さん。
結局、話題は戻ることに。
そして、肝心のお隣さんなのですが……。
「
さっきからずっと微笑みをたたえるだけの聖母と化しているのです。
さっきわたしに説明した時のように、そんな意図はないとはっきり言っちゃって下さいっ。
「まあ……捉え方は人それぞれ、ですかね?」
「なんで含みを持たせるんですかっ!?」
ようやく言葉を発したと思えば、この返答っ。
どうしてわたしの時のように、そういう意味じゃないって伝えないんですかっ!?
このままだと勘違いされて終わっちゃいますよっ。
「冴月さんよく聞いて下さい。今日は優しい日和さんが、ぼっちのわたしのことを見かねてお昼をご一緒してくれただけなんです」
「だとしても、そのハートの弁当の説明になってないのよっ」
こうなったら日和さんの言葉を借りる他ありません。
「ハートは“心臓”の意味もありますよね?運動は心臓を酷使しますから、その労いの意味が込めてあるだけなんです。ちなみにピンク色なのは日和さんの色彩センスであって、他意はありません」
「……って、意味不明な内容で言いくるめられたんでしょ?」
ドキンッ!
チガイマス。ソンナコトアリマセン。
「ハートって言ったら、“好き”とか“恋愛”とかそっちを連想するのが普通でしょうがっ。しかもこんなピンクだらけのハートで心臓?バカなの?」
おおう……。
や、やめて下さい。
わたしが押し殺した疑問を的確に言語化しないで下さいよぉ……。
「って言われてますよ、日和さんっ!」
でも、本人さんが違うって言うんだからそうなんですっ。
どれだけ勘違いされそうな状況であったとしても、本人が違うと言えば違うんですっ。
「あと、ラブとか愛とかの意味もあるんじゃないですかねぇ?」
「日和さん!?それどっちも同じこと言ってますよ!?」
「いや、そこじゃないでしょっ、ツッコむ所!!」
はっ!?
人差し指を頬に当てて首を傾げる仕草が可愛すぎて、着眼点を間違えてしまいました……。
どうして日和さん、ハートの意味をそっちで話し始めちゃうんですかっ。
「まあまあ、何でもいいじゃありませんか?」
「何でもいい、ですか……?」
日和さんはどこまで行ってもその姿勢を崩さず、いつものように目を細めたままです。
「どう受け取ってもらって結構ですよ? 好き、と一口に言ってもその感情には色んな形がありますし。わたしが言ったように運動を労う意味もありますし。その解釈は
「……!」
な、なるほど!
さすが柔軟性の日和さん。
わたしも冴月さんも否定しない。
日和さんらしい回答なのです。
「き、聞きましたね。冴月さん?」
「は……?」
眉間に皺を寄せて愛想の悪い返事をする冴月さん、怖いですね。
「つまり、これは鏡なのです」
「……は?」
更に不機嫌になる冴月さん。
まあ、お弁当を持って鏡とかいう人は変だと思われても仕方ないですけど。
「あ、本当のガラスの鏡って意味じゃなくてですね。このお弁当は“見る人の心を映す鏡”っていう意味です」
「……あ?」
ドス効かせるのやめてくれませんかね。
「ですから、これはわたしからすれば心臓を意味するお弁当にしか見えません。だって体育祭ですからね、他に意味あったんですねって感じです」
「……」
睨まれてるけど、気にしません。
「ですがっ、冴月さんはこれが好きとか恋愛に見えちゃったんですよね?」
「……だから、それが普通」
「いいえ、そうじゃありません。それは冴月さんが恋する乙女だからなのです!」
「えっ、なっ」
いや、知ってますけどね。
冴月さんが月森三姉妹に恋してることは重々承知の上ですけどねっ。
本人さんは否定してますけど。
「恋する女の子はこれがラブとか愛に見えちゃうわけですねっ。さあ、白状して下さい、冴月さんどなたに恋してるんですかっ。その内側に秘めた淡いピンクの心をぶちまけちゃってくださいっ」
なんかもうよく分からないですけど、勢いでお弁当を持ちながらわたしは立ち上がり冴月さんに接近します。
それはもう突撃レポータのように。
「ちょっ、ちょっと、いないからっ。別にいないからっ、いたとしても言えるかっ!」
距離を詰めるわたしから逃れるように後退りする冴月さん。
チャ、チャンスですっ!
ここを一気に畳みかけるしかありませんっ。
「恋バナはお嫌いですか?そんなわけありませんよねっ、だってこれがハートに見えちゃうおませさんなのですからっ!」
「……っ!!」
「さあ、言って下さい。わたしに耳打ちして下さいっ」
そして本当にこのタイミングで月森さんたちを好きだと言ってくれたら、わたしもちゃんと説明できるのです。
そんな関係じゃありませんよっ、て。
冴月さんが変に気持ちを隠して嫉妬するから、話がおかしくなってしまうのです。
ここは女同士、腹を割って話しましょう。
文字通り、二人三脚してきた仲なんですから。
ぐいいいっ、とわたしは冴月さんの口元に耳を近づけます。
では、アンサーをどうぞ。
「い、言えないからぁああああっ!!」
「はうっ!!」
――キーンッ
と、耳鳴りがしちゃうくらいの大声を上げた冴月さんは、これまた足早に去っていくのでした。
帰り際の冴月さんは顔が真っ赤だったような気がします。
あんなに大きな声を出すからですね。
「……ふう。何とか勘違いされずに済みました」
とにかく終わったので、安堵感に包まれたわたしはベンチに腰を下ろします。
「お疲れ様でしたねぇ」
それでも楽しそうに笑う日和さん。
こんな意味深なお弁当を作った張本人さんがどうして一番涼しい顔なんでしょうか。
「でも日和さん。やっぱり実際このお弁当、ラブ的な意味に思われちゃいますよ?」
「ええ、まあ、いいんじゃないですか?」
「で、ですから……さっき日和さんは好きなように解釈していいって言ってましたけど。その……わたしも冴月さんみたいに勘違いしたら大変じゃないですか」
実際のところはわたしも冴月さんと同じ考えだったので。
そんな軽はずみなことは言ってはいけないと思うのです。
今回は推しを支える者としての自覚があるわたしだから穏便に済んでるだけであってですね……。
日和さんはもっと自分の魅力に気付くべきでしょう。
「構いませんよ?」
「はい?」
え、どこまで許容するおつもりですか日和さん?
「
「……えっとぉ」
日和さんの心が広すぎて、ちょっとわたしが迷子になっちゃいそうです……。
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