49 お弁当にまごころを


「それではあかちゃん、お昼ご飯にしましょうか」


「あ、はい……」


 場所はグラウンドから離れ、中庭へ。


 二人でベンチに座っています。


「あの、本当にお昼ご飯をわたしと一緒に食べるんですか?」


「あら、その約束でしたよね?」


 そうなのです。


 華凛かりんさんとは、午前中に体育委員のお手伝いへ。


 千夜ちやさんとは、午後に生徒会活動のお手伝いへ。


 そして競技に出る時間も考えると、日和さんと体育祭を観覧しているような時間がなくなってしまったのです。


 必然的に、全員の休み時間であるお昼しか空いてないと言う事になり……。


「はい、お弁当を持ってきましたよ?」


「ありがとうございますっ」


 この通り、日和さんとお昼ご飯をご一緒するという選択肢しか残らなかったわけです。


 いえ、ありがたい事にお弁当はいつも作って頂いているので、そこは変わらないのですが……。


「どうぞ?」


「頂戴いたします……」


 目の前にはお弁当箱を手渡してくれる日和さん。


 そう、お隣に座るのが日和さんなのです。


 人目を気にしてグラウンドからは離れましたが、それでも同じような事を考える人はいるものです。


 少ないながらも姿を見せる生徒達の視線を感じます。


 なんせ、異色の組み合わせが誕生しているのですからね。


「どうしてそんなに周りをキョロキョロと見ているんですか?」


 わたしの挙動をいち早く察知する日和さん。


 その観察眼は三姉妹の中でも随一だということを知っているので、わたしは自然と背を正します。


「あ、いえ、その……周りがちょっと気になっちゃいまして」


あかちゃんは、周りを見ながらお弁当を食べるんですか?」


 優しい声音なのに、なんだか圧を感じます……。


 “よそ見をしていないで、ちゃんとわたしのお弁当を食べて下さいね?”


 という意味が含まれているような……。


 考え過ぎですかね。


「いえ……お弁当を見ながら食べます」


「そうですよねぇ。お行儀が悪いですもんね?」


「はい、その通りです」


「では、頂きましょうか」


 ですが日和さんの言っていることは至極正しいので、否定することは出来ません。


 わたしは真摯にお弁当を食べることに集中するのみです。


 ――パカッ


 と、淡い桃色の可愛らしいお弁当箱の蓋を開けます。


「きょ、今日のお弁当の中身はなにか……なっ?!」


 ――カポッ


 蓋を閉めました。


あかちゃん?」


「は、はい……?」


「お弁当箱の蓋を閉じたら食べられませんよ?」


「そ、それは百も承知なんですけど……」


 ちょっとオープンに出来ないワケがありまして……。


「もしかして、お口に合わない物でもありましたか?」


「あ、そんなことはないんですけど……」


 好き嫌いの問題ではないと言いますか。


 問題はそのビジュアルにあると言いますか……。


「それでしたら、どうして?」


「えっと、あの、なんかいつもと見た目が違いません……?」


「ああっ、体育祭なのでいつもより見た目を華やかにしようと思いまして」


 両手を合わせて朗らかに報告してくれる日和さん。


 いや、その華やかさが問題なのですが……。


「あの……ハートが目白押しだったように見えたんですけど……」


 お米はピンク色に染まり、ハート型の小さなおにぎりに。


 卵焼きはハート型。


 ハンバーグは丸かと思えばケチャップがハート。


 お野菜はさすがに大丈夫かと思えば大根を薄くスライスしたもの(ピンクに染色済)をハート型のしきりにし、その中におひたしを詰めるという徹底ぶり……。


 にんじんもハートに切ってあったり。


 よく見たらお弁当箱もいつもと違ってハート型だ、これ……。


 もはや、ハートがゲシュタルト崩壊しそうなほどハートなのです……。


「あら、お気に召しませんでしたか?」


「お気に召さないと言うか……ちょっとビックリしたと言いますか……」


 カップルのお弁当でもこんな露骨なものを作らないと思うのですが……。


 何をどうして、日和さんはこのようなハートお弁当にしてしまったのでしょう。


「うふふ、あかちゃんは気にしすぎですよ」


「え……わたしが気にしすぎなんですか?」


 結構ノーマルな反応だと思ったんですけど……。


「ハートと言っても、今日は体育祭ですよ?」


「そ、そうですけど……」


「ハートと言えば“心臓”でしょう?体育祭は運動をたくさんして心臓がいつも以上に頑張る日ですから、その労いを込めただけですよ?」


「え、あ、なるほど……?」


 そ、そんな特殊な意味を込めてハートのお弁当を作ることなんてあるんですか……?


 わたしが知らないだけでしょうか……?


「それにピンク色が多めなのも可愛いさを重視しただけですよぉ?」


「あ、あくまで日和さんの美的センス、ということですね……?」


「そうですよぉ?あら、それともあかちゃんはどういう意味だと思ったんですか……?」


「あ、いや、それは……」


 そ、そうですよねっ。


 相手は学園のアイドル月森日和。


 しかも女の子同士で、わたしは義妹。


 そこに特別な感情を孕むわけがありませんよねっ。


 あ、あぶないあぶない……。


 全く、わたしは何を思い上がっていたのでしょう。


 とんだ勘違い女子になるところでした。


 そう、これは体育祭を労って頂いているお弁当なだけであって、ピンク色も可愛いからなんです。


 このお弁当に変な感情を抱く人こそ歪んでいるのです。


 だって作って下さった日和さん本人がそう仰っているのですから。


 そこに疑問の余地がありましょうか。


「で、ですよねっ!日和さんの仰る通りです!わたしもそう思っていましたよっ!」


「うふふ、そうですよね」

 

 そうです。


 何も臆することはありませんっ。


 日和さんとご一緒することには少し気持ちが引けますが、それ以外には何の違和感もありませんっ!


 わたしはお弁当箱を開けて、ハートのおにぎりに手をつけます。


「それでは、いただきますねっ!」


「はい、召し上がれ」


 わーい!


 日和さんのハートのおにぎりですっ。


 梅の味になっていて、さっぱりしていて美味しいなぁっ。


 こんな清涼感のある味わいに、変な感情を抱くなんて邪推です。


 これは、ただただ美味しいお弁当なのですからっ。


「お味はいかがですか?」


「はい、とっても美味しいです!」


「うふふ、良かったです」


 咀嚼しますっ!


「もぐもぐっ!」


 ……あ、あれっ?


 生徒がわたしたちの前を通りかかりましたねっ。


 しかも、目の前で足を止めましたよ?


 気のせいかな?


 こちらを凝視していますよっ?


「あんた、なんていうお弁当食べてるの!?カップルか何かなの!?」


「ぶふーーっ!!」


 登場したのはまさかの冴月さつきさんっ。


 しかも、わたしがちょっとだけ抱いてしまった誤った感想を、クリーンヒットで口に出していました!


「さ、冴月さん……な、何を言ってるんですか……?」


「いや、あんたこそ何なのよ!なにそのハートのお弁当!バカップルだってバカにするわよそれ!」


 で、ですよね……じゃないっ!


 これはそんなカップル弁当なんかじゃありませんっ。


 冴月さんったら早とちりなんですからっ。


「これは日和さんが体育祭の疲れを労うために作って頂いたお弁当です。か、カップル要素なんてどこにもないですから……全くもう」


「じゃあ、隣のそいつは何なのよ!?」


「と、隣……?」


 わたしの隣には日和さんしかいませんけど……?


 言われるがまま、お隣に視線を移すと日和さんの白いお膝の上には淡い桃色のお弁当箱がありまして……。


「全く同じ構成!?」


 ハートのお弁当×2ですっ!


「うふふっ」


 頬に手を添えて、微笑みだけ浮かべる日和さん。


 いや、何か言って下さいよ!


「ツッコミどころが多すぎる!あんたら何で二人で同じハートのお弁当をこんな所で食べてんの!?」


「そ、それは……えっと、その日和さん?」


「うふふ?」


 い、いや、あの……。


 微笑むだけではなくて、説明をお願いしたいのですが……。


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