47 気持ちを晒して


 お、おやおや……?


 なんでしょうこの急接近。


 いえ、急接近まではいいんですけど。


 どうして四つ這いの華凛かりんさんは、立ち上がろうとしないんですかね?


「か、華凛さん。どこか怪我でもしましたか……?」


 怪我をして、立てないのでしょうか。


 そうですね、きっとそうに違いありません。


「うーん、じゃあそれで」


「なんか嘘くさいですよっ!?」


 とってつけた感満載の返事。


 怪我もないのに立ち上がらないとは、一体どういうことでしょうか?


「ほら、冴月さつきとは密着してたんだし。あたしだってくっ付いても問題ないでしょ?」


「この状態で密着はおかしいと思いますけどっ!?」


 密室の体育倉庫、その隅で重なり合う二人……。


 なんか無駄に意味深な状況になってませんかっ!?


「この際、状況はどうだっていいでしょ」


「いやいや、状況はかなり大事ですよっ」


 体育祭の二人三脚で密着する。


 体育倉庫で二人横になって密着する。


 健全さが天と地じゃないですかっ。


「そんなに、あたしは嫌?」


「……はい?」


 薄暗がりの中、華凛さんの囁くような繊細な声と、曇った表情だけが浮かび上がります。


明莉あかりは、あたしがそんなに嫌なの?」


 それは冗談でも何でもなく、本気で尋ねてきていることが分かります。


 ……嫌と問われれば、それはその。


「嫌なわけないですよね?」


 むしろご褒美ではありますけど。


 ですから、わたしの方から嫌悪感を示すとかは有り得ません。


「じゃあ、いいじゃんっ!」


 即答するわたしに対して、ならどうしてと言わんばかりの華凛さん。


 しかし、わたしが問題にしているのはわたし個人の気持ちなどではないのですっ。


「いえ、わたしの気持ちはオールオッケーだとしてもっ。世間様がそれを許してくれませんよッ」


 二人三脚のような公の行事ならともかく。


 プライベートでの親密な行為は、学園のアイドルである月森三姉妹にあってはならないことなのです。


 なぜならわたしのようなモブは非難の的になるからです。


 個人的にも恐れ多くて無理なのです。


「……でた、それっ!明莉のその謙遜って度を越してない!?」


「え、そうですかね?」


 むしろ、だいぶ横柄にさせてもらってる方だと思ってます。


 本来だったら一緒に行動を共にするだけでも有り得ない差がありますからね。


「絶対そう!あたしはもっと明莉は堂々としていいと思うんだけどっ」


「……それはもはや、わたしではないのでは?」


 それこそ生まれ変わりでもしない限り、わたしが月森さんたちと肩を並べることは出来ないでしょう。


 ……いえ、生まれ変わったとしても、相当なハードルがあると思いますけど。


「いいんだってば!」


 ぐんっ、と肘を折って更に距離を縮めてくる華凛さん。


 ま、まずいですよっ。


 このままじゃ重なり合っちゃいますよ!


「ど、どうして、そんなにわたしのこと知りたがるんですかっ」


 その言葉にぴたりと華凛さんの動きが止まります。


 義妹として気にかけてくれるのは嬉しいですけど。


 そこまで華凛さんを突き動かすものは何なのでしょうかっ。


「……なんでって、言わなきゃ分かんない?」


 わ、分かりませんよ……。


 わたしのことをここまで気にかけてくれる人なんて、今までいなかったですからねっ。


 その沈黙を困惑と捉えたのか、華凛さんは言葉を続けます。


「なら態度で示せばいいんでしょっ、態度でっ」


 ぐぐーっ、とやはり近づいてくる華凛さん!


 いやいやいや、どういうことなんですかコレはっ!


 もう吐息すら掛かってしまうほどの距離で、わたしたちは……


 ――ピンポーンパーン


「ん……?」


「アナウンス……?」


 スピーカーから大きな音が鳴り始めました。


『体育委員の月森華凛さん、体育倉庫の用具運搬に要する時間が予定から大きく遅れています。運営に支障をきたしますので速やかに作業を遂行して下さい。繰り返します――』


 それは生徒会からの運営アナウンスなのでした……。


千夜姉ちやねえ……!!」


 天井を仰ぎ、ここにはいない姉の名を怒気混じりに呼ぶ妹……。


「か、華凛さん……?聞きましたね?アナウンスもあったことですし、早く仕事をしませんと」


「……時間の分配は、こういう時のために細部まで計算してたのねっ」


 なぜか悔し気に歯ぎしりをしている華凛さん。


 でも、たしかに……今回の三姉妹の皆さんとのタイムスケジュールは千夜さんがしっかり作ってくれました。


 なので、それから逸脱すれば千夜さんはすぐに気付く事が出来ます。


 そうして生徒会ゆえに運営に関するアナウンスも可能です。


「ほら、千夜さんは時間に厳しいですから、行きましょうっ」


 アナウンスがあったとなれば他の生徒の方も来るかもしれませんし。


 出来るだけ早く仕事を遂行させるのが無難でしょう。


「……もうっ!」


 ぐわっと華凛さんは勢いよく立ち上がると、華凛さんは置いてあったコーンを全て持ち上げます。


「え、あの……」


「なにっ?」


 鼻息荒く返事する華凛さんですが……。


「わたしが持つ分は……?」


 両肩に全てのコーンを抱えてしまった華凛さん。


 つまり、わたしのやることがないのですが……。

 

「扉開けてっ!!」


「は、はい……」


 わたしは、このために来たのでしょうか……。


 でも扉閉めたの華凛さんですし……。


 意味が分からない役割なのですが……。


 とりあえず指示に従い、ガラガラと少し滑りの悪い金属音を鳴らしながらスライドドアを開けます。


「これが千夜ねえのやり方なのね……そうか、そうですかっ!」

 

 頭に蒸気が出るんじゃないかと思うくらい、ご立腹な様子の華凛さん。


 久しぶりに見る、姉妹間の険悪ムード。


 一体何が彼女をそこまでさせるのでしょう。


 その背中を見送りながら、わたしは頭を捻らせます。


 ……。


 はっ!?


「華凛さん、本当の目的はサボることだったんですねっ!?」


 なにせ華凛さんはアンカーで走ったばかり。


 疲労の回復が追い付いていないのに、体育委員の仕事は残っています。


 そこで体育倉庫へと足を運ぶことで、横になるチャンスを得たかったのでしょう。


 運営に関してよく分かっていないわたしを連れてきたのは、嫌疑から逃れるための要因として必要だったのかもしれません。


 コーンを両肩で持っているのは、あくまで華凛さんは努めて早く作業しようとしていたというアピールをするため。


 なるほど、合理的な手段です。


「そんなわけないでしょっ!!」


「……ええ」


 しかし、華凛さんの咆哮は止まることを知りません。


 ううむ……今日の華凛さんは何かがおかしい。




 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る