17 思いは不透明になりやすい
「ここなら問題ないわね」
はあ……千夜さんの御手がわたしに触れるなんて。
ありがたや、という意味を込めてすりすりしてみる。
「……大袈裟ね、そこまで痛くしたつもりはないけど」
眉を引きつらせる千夜さん。
これはいけない、痛いアピールのつもりはなかったのですが……。
「いえ、ご利益があるかと思って」
「なによそれ、皮肉か何か?」
本気とも冗談ともつかないような発言に感じたらしく、更に怪訝な表情に。
本当のことを言っても伝わらないんですよねぇ。
「まあいいわ。それよりいきなり押しかけて来て一体何の用かしら?」
押しかけたつもりはなかったのですが……。
「用件はさっきお尋ねした通りです。どうして千夜さんが生徒会活動をしているのかを聞きたいだけです」
「それを貴女が知ってどうするの」
「……千夜さんのことをもっと深く知ろうと思いまして」
その言葉を聞いた千夜さんは目を瞑って眉間に皺を寄せる。
「貴女に、私の事を知って欲しいだなんて思ってないのだけれど」
「でもわたしはそうじゃないと言いますか……」
「貴女にはちゃんと伝えたはずよ」
「はい?」
千夜さんからは様々な意思表示を頂いてるので、どれのことを仰られているのかちょっと見当つきません……。
「“私は貴女を姉妹として認めるつもりはないから”と」
それは月森姉妹の義妹になった日に、千夜さんから直接言われた言葉だった。
もちろん、それをわたしは忘れていない。
「はい。わたしもそれを受け入れて、大丈夫だとお答えしたと思うんですけど……」
血縁上は義妹という形にはなってしまったが、本当の意味で姉妹になれるだなんて思っていない。
そもそも、そんなおこがましいことは望んですらいない。
わたしの基本スタンスは遠くから月森三姉妹を見守る事。
今は状況が状況なだけに、行動に移しているだけの話だ。
「なら、ここ最近の貴女のやっていることは何?」
「はい?」
「とぼけないで。
「ええ……」
そんなぁ、千夜さんにはわたしが内側から腐敗をもたらすような悪者に映ってるんですか……?
わたしは良かれと思ってやっているだけですのに。
ここは正直に打ち明けるべきでしょうか。
「わたしはただ皆さん姉妹に仲良く過ごして欲しいだけです」
「……それが余計なお世話だと」
それも重々承知です。
「ですから、千夜さんにも姉妹で仲良くして欲しいんです」
「勝手なことを言わないで。私達は今の関係性に不満なんてないわ」
「本当にそうですか?」
改めて問うと、千夜さんは唇を結んだ。
「何が言いたいの」
「二人とも言ってました、千夜さんは考えていることを話さないって」
「……だから何」
「千夜さんがだんまりを決め込むから、日和さんも華凛さんも距離を空けちゃうんじゃないですか?」
「私はただ学業で忙しいだけよ」
確かに成績首位を維持するための勉強を続けるだけでも大変でしょう。
さらに、この学園での生徒会活動は学生の自主性を重んじる傾向にあり、他校に比べてもその仕事量が多い事で有名です。
生徒会活動を通しての内申点とその拘束時間を天秤に懸け、割に合わないと揶揄する者もいると聞きます。
それでも精力的に生徒会活動を推し進める千夜さんには、それ相応の理由があるはずなのです。
そんな大事なことを共有できない姉妹関係は、疎遠になってもおかしくないと思います。
「だから聞きたいんです。どうしてそんなに生徒会活動を頑張ってるんですか?」
「貴女もしつこいわね……」
「教えてくれないと明日も生徒会室に足を運びます」
さすがに千夜さんに本気で嫌われそうなのであまりやりたくはありませんが、手段を選んではいられません。
「……貴女の行動原理が分からないわ」
単純明快なんですけどね。
「ですから、さぁどうぞ」
わたしは自分の手を握ってマイクに見立て、千夜さんの口元に当ててみます。
「……邪魔」
不快な物を見る目で、パシッと手を払われます。
マイクはお気に召さないようでした。
「話すから、それが終わったらすぐに家に帰りなさい」
「え、あ、はいっ」
千夜さんは答えてくれる気持ちになったようで、その重い口を開き始める。
「……わたしは少しでも早く、正常な人間になりたいだけ」
?
「それが生徒会活動をする理由、ですか?」
「そうよ」
改めて聞いても、ちょっと疑問符しか思い浮かばないのですが。
「あの、お言葉ですけど……千夜さんはかなり正常な人だと思うので大丈夫だと思うのですが……」
「それは貴女が決めることじゃないわ」
そうは言いますが、千夜さんが正常でないのなら、わたしはどういうことになっちゃうんですか?
「私にあの女の血が流れてると思うと、どうしても自分自身を疑ってしまうのよ」
「あの女の血……って」
それはつまり、母親ということになるのでしょうけど……。
「さあ、質問には答えたわ。約束通り家に帰って二度と私に質問しないように」
「え、なんかしれっと条件増やしてません!?」
“二度と質問しない”
なんて、さっき言ってませんでしたよね!?
「いいから、大人しくもう帰りなさい」
「いや、まだですっ。千夜さん、まだ大事なこと隠してますっ!」
「これ以上伝えるべきことはないわ、さっさと帰りなさいっ」
千夜さんに廊下へと背中を押されてしまいます。
わたしは反転して必死の抵抗を試みますが、千夜さんの運動能力は非常に高いため歯が立ちそうにありません。
「千夜さん、力づくはやめてくださいっ」
「うるさいわね、貴女は私の言う事に従っていればいいのよ」
――ガラガラ
すると扉の開く音が。
「……
「「え……」」
そこにいたのはツインテールを揺らす美少女でした。
「え、華凛さん?どうしたんですか?」
「あ、や、あたしはバック忘れたから取りに来たんだけど……ていうか、二人の方こそ何してんの?」
「どうと言われますと……」
千夜さんに家に帰るよう言われて、反抗したわたしが押し合いをしてただけですけどね?
「い、家ではあんな拒否ってたのに……も、もうそういう感じになったの?」
「はい?」
華凛さんは顔を紅潮させて動揺の色を見せている。
だけど、華凛さんの言ってることが抽象的すぎてよくわかりません。
「華凛、貴女なにか変な勘違いをしているわっ」
千夜さんはそれに対して声を荒げて反論。
んん?
「だっ、だって『千夜さん、力づくはやめてくださいっ』って明莉の声が聞こえたと思ったら『うるさいわね、貴女は私の言う事に従っていればいいのよ』って千夜
「華凛、それは違うわ。いいから、状況をよく聞きなさいっ」
「それで扉を開けたら、二人がお互いに触れあってて」
「だから、これには理由があって……!」
「千夜
ふむふむ。
どうやら話しぶり的に華凛さんが勘違いをしているということらしい。
きっと、放課後に教室でわたしといる千夜さんを見て、生徒会活動サボっていると勘違いしてしまったのでしょう。
真面目な千夜さんがそんなことしてたら驚きますもんね。
ここは誤解を生んでしまったわたしが説明しないと……。
「違いますよ華凛さんっ。千夜さんは『少しでも早く正常な人間になりたい』と悩んでいらしたので、わたしは『千夜さんは正常だから大丈夫です』と答えただけで――」
「やっぱりぃぃぃぃっっ!!」
「えっ、あっ、華凛さんっ!?」
うわああああと頭を抱えて廊下へ飛び出す華凛さん。
え、察してたのに、なんでそんな反応になるんですか?
「バカなの!?ねえ、貴女はバカなのかしらっ!?」
「ぐへっ」
千夜さんに胸ぐらを掴まれる。
しかも、こんなストレートな罵倒も初めてだ。
「何をどう考えたら、あんな弁明になるのっ!?」
「わたしはありのままを……」
「華凛には完全に誤解されたわよっ!!」
「ええ……」
なんでわたしの言葉ってちゃんと伝わらないんでしょうか……。
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