第4章 千夜

16 お邪魔します


 月森千夜つきもりちや


 この学園のクラスカーストトップに位置する月森三姉妹。


 その三姉妹の中にあって最も優秀と謳われ、頂きに君臨するのが彼女だ。


 それは決して彼女が長女だからという安直な理由だけではない。


「月森会長」


「なにかしら」


「あの、この間の会議で出た議題の件なのですが……」


「ああ、それは……」


 そうなのです。


 彼女、月森千夜は生徒会会長という肩書を持つ。


 それに加えて成績は常に首位。


『勉強が得意でも、運動は苦手なんでしょ?』


 そんなテンプレに収まるような人物ではない。


 もちろん、部活動に所属していない千夜さんは、華凛さんほどの類まれなる運動能力は有していない。


 しかし、それでも運動部所属の生徒たちに肉薄する身体能力は持ち合わせている。


 体育ですら上位の成績キープし、容姿端麗・文武両道を地で行く離れ業。


 それが彼女、月森千夜が学園の頂点に君臨する所以なのだ。


「……いや、大袈裟すぎでしょ」


「え、か、華凛かりんさん!?」


 どうしてわたしの隣に、しかも急にツッコんでくるのですかっ。


「なんか一人でブツブツ言ってるから」


「声に出ちゃってましたかっ」


「しかも、なにその壮大なモノローグみたいなやつ……。自分の姉でそんなの聞きたくないんだけど」


「それなら、こっそり聞かないで下さいよっ」


 恥ずかしいじゃないですかっ。


「いや、廊下の端から千夜ねえを覗いてる人を見かけたからさ……」


「誰ですかその怪しい人」


 そんなバレバレな盗み見は千夜さんに負担を掛けるじゃないですか。


 推しを支えるファンとしては見過ごせません。


「いや、明莉あかりの話なんだけど」


「なんですって?」


「自覚ないのね……」


 とほほ、と頭を揺らす華凛さん。


 どうもわたしが変みたいだ。


「それより、華凛さんはどうされたんですか?」


「ん?ほら、部活行くところ」


 華凛さんは片手でシューズケースを持ち上げる。


 中にはバスケットボールシューズが入っているのでしょう。


「頑張ってください」


「ありがとう。それで、そういう明莉は何するの?」


「わたしは……」


 視線を千夜さんの方へと戻す。


 千夜さんは、とある部屋へと入って行きました。


「ちょっと、お邪魔させて頂こうかなと」


「……なに、次の狙いは千夜ねえなの?」


 華凛さんの視線の鋭さが増す。


 どうしてそこで怖い顔をするんですかね?


「ええ、少しでも仲良くなれたらな、と」


 分不相応なのは分かっています。


 それでも諦めずにはいられません。


「……明莉って、ほんとあたしたち姉妹なら誰でもいいわけ?」


 けれど、華凛さんの鋭利さは増すばかり。


「いえ、わたしは月森三姉妹なら誰でもいいんじゃなくて。月森三姉妹みんなじゃなきゃダメなんですっ」


「けっこーサイテーな発言じゃない!?」


 え?なんで……?


 三姉妹に対する真っすぐな想いをぶつけてるだけなのに……。


 あ、そっか。


 皆さんとの距離が縮まりつつあるから、忘れそうになりますけど。


 月森三姉妹にとってわたしは“三姉妹に恋するおかしな義妹”ですもんね。


 まあまあ……それはあらぬ誤解なのですが、今は甘んじて受け入れましょう。


 大事なのは三姉妹の絆を取り戻すことなのですから。


「とにかくですね、千夜さんが普段なにを考えて行動しているのかを知りたいだけです」


「んー……。それ昨日も言ったけどさ、基本的に千夜ねえはあたしたちにも自分のこと話さないんだから無駄だと思うけど」


 でも、この三姉妹の関係性において千夜さんの影響力は大きい。


 長女であり、リーダーとしての資質を持つ千夜さんが自身のことを話そうとしない。


 その隔たりが三姉妹の不和を生み出す一因になっているのではないかと、わたしは予想している。


「大丈夫です、わたしが根掘り葉掘り聞いて見せます」


「昨日めっちゃ拒絶されてたじゃん……よくめげないね」


「あれくらいご褒美ですからね」


 冷たい千夜さんも素敵です。


「あたしは明莉という存在を図りかねてるんだけど……」


 なるほど。


 才ある華凛さんにとって、凡庸なわたしの考えなんて逆に理解できないのでしょう。


 でもそれでいいのです、あなた達は遥か高い天空から景色を眺めていて下さい。


 わたしはそれを見上げていれば満足ですから。



        ◇◇◇



 【生徒会室】


 その格式高い扉の前に恐れおののいてしまうのは、わたしが劣等生だからでしょうか……?


 普段ならば絶対に寄り付かないであろう空間。


 しかし、今日のわたしはこの部屋にお邪魔しなければならない。


 ――コンコン


「どうぞ」


 木製の扉を超えて伝わってきたのは、凛とした声音だった。


「失礼します」


 その扉を開けて、その敷居をまたぐ。


 絨毯の向こう、大きな窓を背に荘厳な椅子に腰掛けるのは千夜さんだった。


「相談事かしら、私で対応出来る用件なら聞きますが……って、貴女ね」


 高いトーンの声が徐々に低くなってしまったのは、千夜さんがわたしを認識してからだ。


 そんな露骨な反応しなくてもいいじゃないですか。


「はい、相談事です。ぜひ月森会長にお伺いしたいことがありまして」


「……何かしら」


「どうして月森会長は、生徒会長を志したんですか?」


「……はい?」


 ふっふっふっ。

 

 そう、この場では千夜さんは生徒会長であり、わたしは生徒。


 生徒会メンバーもいるこの場では、一般生徒であるわたしをないがしろにするわけにはいきません。


 そして千夜さんの日常生活の大きなウェイトを占める生徒会活動に対する思いを知れば、その在り方を感じることが出来るはずなのだ。


「……生徒会選挙の演説で、その趣旨は伝えたはずよ」


 それでも表向きな口上で千夜さんはその思いをわたしには伝えようとはしない。


 しかし、その手はわたしには通用しませんよ。


「その日、わたし欠席していまして」


「……どうして」


 壇上に立つ千夜さんが神々しすぎて失神した、なんて言えるわけもなく……。


「体調不良です」


 オブラートに包むことにした。


 それを聞いて千夜さんは呆れたように息を吐く。


「全く、自分で料理をしないからそうなるのよ。どうせ栄養の偏った食事ばかりを摂って体調管理を怠っていたのでしょう?」


「え、あ、まあ……」


 確かに、わたしの主食は概ねコンビニ弁当でしたので、それは否めません。


 少ない情報でそこまで推察してしまう千夜さんの思考力が恐ろしい。


「少しは日和ひよりを見習うことね」


 グーの音も出ないのです……。


 ――ザワザワ


「……?」


 ですが、その会話を聞いていた生徒会役員の方々の空気がおかしい。


 何やらざわついている様子。


「どうしたの騒がしいわよ」


 当然それに気付く千夜さんが訊ね、生徒会役員の一人が口を開きます。


「い、いえ。会長にしては珍しく一生徒のプライベートに踏み込んだ話をされるのだなと思って……」


「……あ」


 ぽかんと、千夜さんが表情を崩す。


「いえ、これは、相談事だというから……」


「でも、相談内容の前に会長の方から話されていましたし。それに妹さんを見習うようまで言うなんて、かなり近しい間柄なのでは……?」


「いや、この子とは同じクラスだから、たまたまそういう話に……」


 あれれ。


 千夜さんが予想外の展開に困惑している様子だ。


「それに、その花野はなのさんって確か……月森会長に告白した生徒、ですよね?」


「……あ、いや」


「その人と家族ぐるみの話をするって、会長もしかして……」


 あー……話がとんでもない方向に転がりましたねぇ。


「私がそんな軽率な行為するはずがないでしょ、邪推はやめなさいっ」


 自身の剣幕で疑惑を一蹴しようとする千夜さん。


 これ、わたしが会話できる余地ありますかね?


「あ、あの月森会長……わたしの話は……」


「くっ……」


 なぜか唇をきつく結んでしまう千夜さん。


 そうか、わたしと話せば話すほどボロが出て、親し気な間柄だと勘違いされるのが困るのかな。


 ……でも、それってそんなに悪いことでもないような?


「いいわ、私の事が知りたいのなら聞かせてあげます」


「あ、ありがとうございます。では、さっそく――」


 ――ガタンッ


 と、千夜さんはその椅子から雄々しく立ち上がると、次いでわたしの腕を掴みます。


 ……なんで?


「でも、この場で私達が長話をすると生徒会役員の仕事に妨げになるから場所を変えましょう」


「え、あ、あの……」


 ギリギリッと掴まれている手がとっても痛いのはなぜですか……?


「いいわね?」


「はい……」


 なぜかご立腹の千夜さんに連れられて、わたしたちは生徒会室を後にするのでした。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る