03 クラスカースト
違和感しかない状況だけれど、兎にも角にも月森さんたちの共同生活が始まる。
昨日は引っ越し準備が出来てないということで夜には元のマンションに帰らせてもらった。
だけど今日からは正真正銘、月森さんの家で生活することになる。
『ねー、お母さん。再婚するならするで、もうちょっと早く教えてくれても良かったよね?』
急すぎる展開に、お母さんに悪態をついてしまったわたしだけど。
『ほら、“愛は盲目”って言うじゃない?』
『……』
という血の繋がりを感じるしかない発言を聞いて納得してしまった。
『あ、でも安心して。苗字はそのまま【
『気を遣ってくれるのは嬉しいけど、他にも配慮して欲しいことはいっぱいあったと思う!』
わたしと月森さんの関係が公にならないのは大助かりなことには間違いないけど。
そんなやりとりを経て、わたしは重たい足取りで学校へやってきた。
自分の席である窓際の最後尾に向かう。
「……ん?」
すると周りの視線、特に女子からの視線が気になった。
なんかこうジロジロと見られている気がする。
「ねえ、あれ。あの子、月森さんに告ったらしいよ」
「え、女子同士で?」
「いや、ガチなんだって」
「えー、ほんとにいるんだ。そういう人」
……うわぁ。
どうやらクラスメイトが告白(わたしは認めてないが)の一件を見ていたらしく、瞬く間にクラス全体に噂が広がっていたようだ。
「どっちにしても身の丈わきまえろって」
「確かに。あれと月森さんたちじゃ釣り合わなさすぎでしょ」
月森三姉妹はこのクラス、いや学園の中でも頂点の地位に君臨する。
それに対しわたしはクラスカーストの底辺付近。
クラス替えをしたばかりで人間関係は構築されておらず、加えてわたしの友達は別のクラスになってしまった。
そんなモブが学園のアイドルである月森三姉妹に告白という奇行に走ったとなれば……まあ、面白おかしく映るだろう。
控え目に言って最悪の展開だ。
「あ、月森さんたち来たよ」
「どんな反応するんだろうね」
朝の喧噪の中に、月森三姉妹の方々が顔を出す。
今日も変わらぬ神々しさを纏う三人だが、その行動も変わりない。
各々が自分の席に着くと、そこから授業の準備をしたり、のほほんとしたり、談笑したりと対応は様々だ。
「あはは、やっぱりあの子無視されてんじゃん」
「ほんとだ、悲惨なんだけど」
そして遠巻きから女子たちにわたしは笑われている……。
でも、それは言いがかりだ。
元々わたしと月森さんたちに接点なんてなくて、話すような間柄じゃないんだから。
この反応はずっと前からそうなのだ。
それなのにわたしが月森さんに無視されていると、クラスの女子たちはわたしを蔑んでいる。
さすがに、あんまりだと思う。
「……でも、結局それも事実か」
わたしが月森さんたちに相手にされていないことには変わりない。
それでも、心の中に沸き上がる粘っこい感情はいつまでも消えそうになかった。
下校時間。
放課後の教室にわたしは一人ぽつんと座っていた。
「……疲れる」
無人の教室に虚しく響く。
クラスの女子は完全にわたしのことを避けていた。
まるで見せ物かのようにジロジロと見てくるし、コソコソと噂話されるのは気分のいいものではない。
衆目の目に晒されるのは、なかなかのストレスだった。
こうなってしまっては、しばらくはぼっちの生活が続くのかもしれない。
「あー……面倒な展開だなぁ、これ」
月森さんには勘違いされるし。
クラスの女子からは変な扱い受けるし。
もう何もする気が起きない。
「そして、これからわたしは月森さんの家に帰宅……」
気まずすぎ。
学校ですら一言も交わしていないのに、家でどんな顔して会えばいいのか。
ため息しか漏れなかった。
◇◇◇
目の前には【月森】と書かれた表札の一軒家。
今日からマイホームのはずなのに、アウェイ感しか感じないのはなぜだろう。
「……帰りたい」
そして思わず矛盾した発言。
そう、帰りたいのです。
ここじゃなくて、元のお家にね。
「なに意味が分からないことを言っているの」
「ひいいっ!?」
突然、後ろから声を掛けられ身をすくめてしまう。
人がいると気づかず、聞かれてしまっているのも恥ずかしかった。
「……貴女、普通の反応は出来ないの?」
訝し気な目でこちらを見つめるのは、長女の
今日もクールな雰囲気で大変美しいが、その鋭い目で射抜かれると緊張してしまう。
「す、すいませんっ、ちょっとぼーっとしてました」
「家の前で迷惑よ。あと意味が分からない独り言もやめなさい」
「気を付けます……」
とほほー。
千夜さんとの距離は遠ざかる一方だなぁ……。
「そもそも、ここが貴女の家でしょうに」
「え……」
なんて思っていたけど、その一言にわたしは驚いた。
「うへへ……」
千夜さんに“ここが家”だと言ってもらえるのはすごく嬉しい。
もしかして、ちょっとはわたしのこと認めてくれたりとか?
「なにその笑い方、怖いわよ」
「あ、すいません」
勘違いでした。気を付けます。
すると、千夜さんは鞄の中から鍵を取り出した。
その様子を見て、ふと気になることが一つ。
「あの、他のお二人は?」
「いないわよ」
端的な返事。
「一緒ではなかったんですか?」
「……一緒に帰る必要、ないから」
……?
あれ、そうなんだ。
てっきり姉妹揃って帰ってくるものかと思っていたんだけど、どうやらそういうものでもないらしい。
不思議だ。
「二人とも何か用事があるんですか?」
「……」
千夜さんはため息まじりにこちらを振り向くと、渋々といった様子で口を開く。
「三姉妹だからと言って、何でも一緒に行動すると思ったら大間違いよ」
「あ、そう、ですよね……」
まあ、確かに。
何でも一緒に行動する必要はないとは思うけど……。
でも千夜さんの言葉とその雰囲気に、わたしは少し違和感を覚えた。
具体的に何かと言われれば、まだはっきりとはしないのだけど。
「ほら、何をしているの」
「へ?」
すると千夜さんは玄関の扉を開けたまま、こちらを見つめていた。
「帰ってきたのでしょ、入りなさい」
「え……ええっ!?」
千夜さんがわたしのために扉を開けて待ってくれている!?
な、なんですか、このサプライズ!?
やっ、ヤバいッ!!
恐れ多すぎる、わたしなんかの身に余るっ!!
「家に帰るだけでそんな大げさな人、初めて見たわ……」
あ、まずいっ。
千夜さんがわたしの反応を見て引いている。
ち、ちがうのに。
家に入ることに驚いているんじゃないのに。
でも、この想いを伝えたらまた拒絶されるだけだしな……。
「す、すみません。え、えへへへ……」
笑ってごまかしてみる。
「いいから早く入りなさい」
「はい、ただいま!」
冷たく催促されて、急ぎ足で玄関に入る。
「まったく……」
千夜さんは呆れながら、わたしの後に続いて玄関に入る。
「あ、あの……」
「なに、まだ何かあるの」
明らかに面倒くさそうな反応で千夜さんが睨んでくる。
急いでそうなので、勇気を振り絞る。
「お、おかえりなさいっ」
「あ……」
すると千夜さんの表情は一変。
呆気にとられたように目を丸くしていた。
どうやら予想外の発言だったらしい。
でも、一応は同居人ではあるのだし。
先に家に入ったのはわたしだし。
これくらいは言ってもいいよね……?
「……ただいま」
「!!」
千夜さんは視線を反らしながら、ぼそっと一言呟くのだった。
そのままわたしを横切り、家の中へと入っていく。
「千夜さんに“おかえりなさい”を言える日がくるなんて……」
わたしの心は満ち足りたものを感じ始めている。
まるで家族みたいじゃないか。
いや、本当はそうなんだけど。
とにかく、そんな距離が近づいたような会話にわたしは喜びを感じるのだった。
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