26 モブもポジションに厳しい


「はぁ……」


 つ、疲れる。


 結局、朝の登校はめまぐるしく三姉妹の皆さんが入れ替わるという力技になったのですが……。


 今、わたしの疲労度を上げているのは別の原因です。


「おトイレ行こう……」


 クラスの雰囲気は何だか馴染めないものでした。


 妙に刺さる視線の数々。


 目が合うことはないが、遠巻きからコソコソと見られているのが肌で感じる。


 基本的に人の目に晒されるのは好きじゃないから、こういうのってストレスなんだよなぁ……。


 ま、こうなっている理由は薄々感づいてはいるのですが。


「ん……ああ、噂をすれば」


「はい?」


 おトイレに駆け込もうとすると、洗面台に数人の女子グループがたむろしていました。


 声の主はその中でも一際目立つ、黒髪ショートカットにニヒルな笑みを浮かべている少女でした。


「あ、陽キャさん」


 新学期早々わたしを月森三姉妹に告白を強いるという、とんでもムーブをかましてくれた人です。


「誰よそれっ」


 え、陽キャさんは陽キャさんじゃないですか。


 忘れたとは言わせませんよ。


 この人のせいで、わたしのぼっちは確定したのですから。


 ……あ、まあ、今は三姉妹の皆さんが優しくしてくれるからいいですけど。


「うへへ」


「……き、きもっ。いきなり何一人で笑ってんの」


 おっと、まずい。


 三姉妹の皆さんのことを考えてしまうとつい笑みがこぼれてしまいます。


 こんな嫌なことを思い出しても、すぐに笑顔にさせてくれる月森三姉妹の皆さん、天使。


「よし、これで授業頑張れるぞー」


 千夜ちやさんには赤点はとらないように口酸っぱく言われてますからね。


 毎日の積み重ねが大事なのです。


「は?なに無視してんのよっ」


 しかし、そんなわたしの行く手は阻まれます。


「……陽キャさん。お言葉ですが、陰キャと絡むと陰が移りますよ?」


 こんな、じめじめしたわたしと絡んでいると湿っちゃいますから。


 悪いことは言いいません。


 いつもの陽キャ軍団の中で青春キラキラして下さい。


「だから、陽キャじゃないって!」


「え!?」


「なにに驚いてんのよ!当たり前でしょっ、普通にありえないんだけどっ」


「陽キャじゃないんですか?あなたみたいな陰キャみたことありませんよ?」


 こんなに背筋が伸びて、校則違反としてバレないようなギリギリのメイクして、スカートは短くて、整えられた髪型で、ザ・一軍みたいなオーラを醸し出してる陰キャなんて見たことありません。


 “わたしぃ実は引きこもりでー、ネトフリばっか見ててー?”


 みたいなただの陽キャの休日でモブアピールされるほど、真のモブの居心地を悪くするものはない。


 詐称はやめて頂こう。


「陰キャじゃないわっ!」


 ……?


「ちょっと何言ってるのか分からないですよ。落ち着いてください」


 もう、朝からこんな意味の分からない会話をしたくない。


「わたしの名前は冴月理子さつきりこ!陽キャ陽キャって呼ぶなッ!」


「あー……そういうことでしたか」


 まぎらわしいなあ。


 それならそうと最初からそう言って欲しい。


「人の名前を呼ばないとか、どんだけ失礼なのよ」


 それを言ったらそちらも“あんた”呼びじゃないですか……。


 まあ、でも……。


「ごめんなさい」


 ぺこりする。


 事は穏便が一番だ。


 これ以上事を荒立てたくないので黙認する事にします。


 わたしの謝罪で満足してくれたのか、冴月さんはニヒルな笑みをまた浮かべ始める。


「それで、またあんた月森たちに付き纏ってんの?」


「あー……朝の件、ですね?」


 そう、クラスメイトからの視線もきっとそれが原因。


 学園のアイドルの登校中、普段はいないはずのモブが混入。


 しかも、それが告白してフラれたと噂になっている花野明莉はなのあかりともなれば気にもなるでしょう。


 それをわざわざ冴月さつきさんはご丁寧に伝えてくれたわけだ。


「あんたまだ諦めてないの?ほんと性懲りもないのね、マジでヤバいからやめた方がいいと思うんだけど?」


 ……と言われてもなぁ。


 そもそも告白させたのそっちだし。


 わたしは月森さんたちに付き纏っているわけではないし。


 なんなら、わたしだって分不相応だから辞退しようと思ったわけだし。


「あのー……そんなヤバイ人と話しても時間の無駄だと思うので、もう放っておいたらどうでしょう?」


 ま、そんな主張を聞き入れてくれるわけもないでしょうし。


 ここは大人しくヤバイ奴だと認めて、後はお引き取り願いましょう。


 わたしは孤独のフラれメンヘラ女子としてこのクラスを生き抜いていくのだ。


 うん、幸せになれる要素が見当りません。


「はあ?こっちが話しかけてあげてんのに、なにその態度」


「あ、いや、そういうわけじゃ……」


「だったらちゃんと返事しなさいよ」


 むずい、むずい、むずい……。


 わたしちゃんと認めたのに。


 なのに、どうして大人しく放っておいてくれないの?


 これ以上どうしたらいいのやら。


 謎の対応にこちらが慌てふためいていると、何が嬉しいのか冴月さんの口角は上がって行く。


「ほんと、やめなぁ?月森たちも困ってるじゃん」


 そんな冴月さんとの会話もあってか、取り巻きの人たちもニヤついた笑みを浮かべ始める。


 そーそー、とか言って同調を声にしてる人もいる。


 なんっか感じ悪いなぁ……。


「ほら、月森たちに謝んなぁ?付き纏ってごめんなさいって」


「あ、いや、それは……」


 それは出来ません。


 だって一緒に行こうと誘ってくれたのは三姉妹の皆さんですし。


「はあ?なに断ろとうしてんの?そんな権利があると思ってんの?」


「えっと……」


 ジリジリと寄ってくる冴月さんと取り巻きたち。


 距離を詰めて来るので後ろに下がると、壁に背中をぶつける。


 それでも向こうは距離を詰め続ける。


 え、なにこれ?


 なんか雲行きが怪しい様な……?


「――誰に、なんの権利がないって?」


 そこに高らかな声音が響く。


 振り返ると、入り口にツインテールを揺らす美少女が立っていました。


「つ、月森……」


華凛かりんね。同じクラスに三人もいるんだから、名前で呼ばないと分かんないでしょ」


 いつもより荒々しい口調。


 その目つきも鋭く、威圧的な雰囲気が漂っています。


「で?誰になんの権利がないって?」


 華凛さんはわたしの前に立ち、冴月さんを睨みつけます。


「あ、いや……そいつが朝から月森たちに付き纏ってるから、謝りなって言ってあげたのに断るから……そんな権利ないだろって……」


 途端に口調が弱々しくなっていく冴月さん。


 どうやら華凛さん相手では強い態度に出れないみたいですね。


「はあ?そいつって誰?」


 華凛さんはそれを聞いて更に怒気を滲ませる。


「あ、いや……花野のことだけど」


「口には気を付けなよ」


 華凛さんがぐいっと一歩を踏み出すと、それに呼応するように冴月さんたちは後退りしていく。


「あたしたちが明莉に一緒に行こうって誘ったの、だから謝る必要とかないから」


「あ、明莉……?月森が誘った……?あんた達いつの間にそんな……?」


 親し気な関係性に驚く冴月さん。


「それ、説明する必要ある?」


「え、いや……」


「あと、明莉に断る権利くらいあって当然でしょ?」


「あ、うんと……」


「ないの?」


「あ、ある……けど」


 ジリジリとにじり寄る華凛さん。


 なんだか、すごい光景です。


「じゃあ誤解は解けたでしょ、明莉にもうそんなこと言わないで」


「わ、分かったわよ……っ」


 すると冴月さんたちは、逃げるようにして去って行った。


 ううむ……本当にこういうのってあるんだなあ。


「大丈夫、明莉?変なことされてない?」


 すると振り向いた華凛さんは、わたしの体に触れながら安否を確認してくれます。

 

 声の強さも鳴りを潜めて、優しく柔らかい声音になっていました。


 さっきまでとは、まるで別人のようです。


「あ、はい。何もされてませんよ?」


「そっか、良かったぁ……」


「おお……?」


 すると、柔らかくて安心する心地よさが全身を包む。


 気付けば、わたしは華凛さんに抱きしめられていた。


 ぎゅうっと腕に力を込められると、華凛さんの温もりが制服の上からでも伝わってくる。


「あの、華凛さん……?」


「明莉に何かあったら、アイツらマジで許さないから」


 ……今度は怒ってる。


 情緒が乱高下するのは実に華凛さんらしい。


 どうやら、相当心配をかけてしまったみたいですね。


 なので、わたしは――


「大丈夫ですから」


「あっ……」

 

 わたしは抱きしめられながら、華凛さんの背中に腕を回してその頭を撫でる。


「心配してくれて、ありがとうございます」


 その感謝を込めて。

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