09 仲を深めて


「ねえ、明莉あかり?」


「あ、はいっ、なんでしょう」


 部活終わり、華凛かりんさんの方から一緒に帰ろうと誘ってくれて、こうして一緒に外を歩いている。


 勝負にはわたしが勝ったけれど、素人がバスケを語り、新参者が家族関係に口を出したばかりなのに。


 それでも、一緒に帰ろうと言ってくれる華凛さんはやっぱり優しい。


「確かに明莉の言う通りだったよ。視線を散らしたり、パスの選択肢を見せれば、あっさり抜けれるようになった」


 そうなのだ。


 あの後、華凛さんは何人か残っている女子部員の方と一緒にバスケをやってみた。


 結果は目論見通り、選択肢を増やすことで相手も混乱、ドリブルでディフェンスを抜き去ることが出来るようになっていた。


「さすがです」


「明莉のアドバイスのおかげだし」


「いえいえ、華凛さんの実力があればこそですよ」


「でも言われるまで気付けないのは、あたしの実力不足でしょ」


「アドバイスだけで変われるなら誰も苦労しません。それだけで出来てしまう華凛さんがやっぱりすごいんです」


「いや……それは明莉が言うからであって……」


「わたしがなんですか?」


「な、なんでもないっ!」


 ぷいっとそっぽを向かれてしまいました。


 それにしても、なんということでしょう。


 華凛さんが何度もわたしに感謝してくれる。


 や、やばい……。


 嬉しすぎて昇天しちゃいそうだ。


 華凛さんとの距離も一気に縮まった気がするし、今日はいい日だなぁ……。







「ただいまー」


「た、ただいま……」


 華凛さんと一緒にお家に帰る。


 わたしの方はまだちょっと慣れないので小声になってしまった。


「華凛、おかえりなさい」


 玄関に顔を出したのは千夜ちやさんでした。


「貴女は遅かったのね、何をしていたのかしら?」


「あ、えっと、その……」


 な、なんと言えば?


 華凛さんの部活動見学?


 でも、どうしてそんな事をしたかと聞かれると説明が難しい。


 かと言って、一緒に部活をしたというのも語弊があるし。


 えと、えっとぉ……。


「貴女は部活動もアルバイトもしていないはず。用事もないのに夜遅くまで出歩くのは関心しないわね」


「あ、ご、ごめんなさ――」


「あたしが頼んで、明莉にバスケの特訓を付き合ってもらったの」


 わたしが頭を下げようとしたところで、華凛さんの言葉が重なる。


「あか、り……?」


 千夜さんは聞き慣れない言葉のように首を傾げながら反芻する。


 あの……わたしの名前ですよぉ?


「そう、おかげで成長できたし。だから明莉に非はないから」


「華凛が、その子と一緒にバスケット……?」


 華凛さんとわたしの組み合わせがイメージ出来ないのか、千夜さんは復唱しながら目を丸くしている。


 いつもクールな千夜さんが表情を崩してるの、可愛いすぎなんですけど……。


 あ、いま、そういう場面じゃないですよね。


「そ。だから責めるなら、あたしにして」


「……そういうことなら、私は構わないけど」


「そうなんだ。なら行こう明莉」


 すると華凛さんがわたしの手を引いてくれる。


「あ、は、はいっ」


 わたしは驚きながらも、そのまま華凛さんの後をついて行く。


 背中に千夜さんの視線が感じるような気もしたけど、それよりも華凛さんの手がわたしの手に触れていることに驚きすぎて、全神経がそっちに集中してしまうのだった。


「……本当だね」


「え?」


 階段を上がっている最中、華凛さんがぽつりと零す。


「明莉の言う通り、ちゃんと言えば千夜ねえも、あたしのこと分かってくれるんだ」


 そっか。


 華凛さんにとって千夜さんに意見するのは、とても珍しい行為だったんだ。


 でも華凛さんが思っている以上に、千夜さんは妹思いの人だから。


 それを感じることが、今出来たんだと思う。


「そ、そうですよっ。だから言ったじゃないですかっ」


「……ほんと、全部こんなに簡単なことだったのに。今まで何してたんだろう、あたし」


 どこか悔いることがあるのか、その言葉には重みがある。


 でも、悔いることが出来るのは以前の自分とは変わったからで。


 だから、きっとそれでいいんだと思う。


「全部、明莉のおかげだね。ほんと、ありがとう」


「あの……それ以上褒められると頭おかしくなりそうなので、少し抑えてもらっていいですか?」


 手も握られてるし、そろそろ心臓の方がもたない気がする。


「本当、変なやつだよね」


 あははは、と屈託のない笑顔を浮かべる華凛さんを初めて見た気がした。



        ◇◇◇



「はーい、今日はハンバーグですよぉ」


 夕食の時間になると、日和ひよりさんがご飯を用意してくれている。


 わたしたちは席について、一緒にご飯を食べ始める事に。


『……』


 そして、恒例のだんまりの時間が始まるのかぁ。


 分かっていれば何ということはないけど……でも、三姉妹の中でご飯を食べるのはまだ緊張するなぁ、なんて思ったりした時だった。


「明莉はハンバーグ好きなの?」


「え?」


 なんと、華凛さんの方から話題を振ってきてくれた。


 食事の時間なのに、喋っていいの?


「食べ物の好みを聞いてるの」


「あ、えっと、好きです」


「へえ。じゃあ日和ねえの料理は美味しいから、食べたら感動するよ」


 お皿の上には、厚みのあるしっかりとしたハンバーグ。


 ナイフはすっと抵抗なく入り、その断面からは肉汁が溢れてくる。


 これは、レストランで食べるやつだっ。


「あら、あんまり期待されると困っちゃいますね」


 日和さんは笑顔ながらも、困ったように頬に手を当てる。


 わたしはそんなお可愛い姿を拝見しながら、ハンバーグを口に運ぶ。


 牛肉本来の旨味と、スパイスの効いた味付けが口の中に広がる。


 噛めば噛むほど、肉汁がこれでもかと溢れてくる。


「とっても美味しいです!」


「あらあら、気を遣わなくてもいいんですよ?」


「本当ですっ!」


 本当に美味しい、これに文句をつける人類は恐らくいないだろう。


「でも、たまに日和ねえでも失敗する時はあるから。その時は言った方がいいかも」


「あら、それは言わない約束ですよ華凛ちゃん」


「日和さんの料理なら丸焦げでも美味しいです」


 本気だ。


 日和さんが作ってくれた料理に文句を言うなんて、そんな罰当たりなことが出来るわけがない。


「それはそれでどうかと思うけど」


「そうですねぇ。そうなると言葉に信憑性がなくなってしまいますよ?」


「あ……すいません」


 しかし、何と言う事だ。


 華凛さんとの仲が深まったことで、昨日まではなかった食卓での会話が生まれている。


「……」


 けれど、全てが上手く行ったわけではない。


 その中でも千夜さんは無言を貫いている。


 不機嫌というわけではないけれど、いきなり華凛さんとの距離が縮まったことに疑念をもたれている気はする。


「じゃあ、次は花野はなのさんに丸焦げが本当に美味しいのかどうか。食べて確かめてもらわないといけないですねぇ」


 ……あと、やっぱり日和さんも日和さんで。


 おっとりとしているけど、たまにピリリとするような発言が飛び出してくる。


「日和さんの気持ちがこもっているなら食べきってみせます」


「いや、丸焦げに気持ちとかこもらないでしょ」


「あら、冗談でしたのに」


 華凛さんにもツッコまれてはいるけど。


 この三姉妹の仲を取り戻す為に、まだまだやれることはありそうだ。


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