第3章 日和
11 空気のように
月森三姉妹の次女であり、家庭的で穏やかで包み込むような柔らかさを持つ人。
いつも笑顔を絶やさず、周囲との軋轢を生まない聖母のような存在。
そんな認識をわたしは持っていたのだけれど――。
「良くも悪くも、日和
そう言うのは三女の
なぜかわたしの側で椅子に座って、その場から動こうとしないのかは謎だけれど。
とにかく、わたしに日和さんのことを教えてくれる。
「でも、それならちょうど真ん中で潤滑油になりそうな気もするんですけど」
クールな
その間に立つ日和さんは、ちょうどいいバランスになりそうな気がしますけどね。
「なんていうのかなぁ……日和
「なるほど」
要は掴みどころがない人なのだそうだ。
「でも、それならわたしと似た者同士かもしれませんね」
「なんで?」
「誰もわたしに触れられませんから」
「……えっと、それはぼっち的な意味で言ってる?」
「はい」
お互いに触れられない者同士、わたしと日和さんの波長が合う可能性がありますね?
「反応しづらいこと自分から言わないでよ……」
「笑う所ですよ華凛さん」
「センシティブすぎて笑えない!」
「華凛さんは今日も優しい……」
「
とにかく、華凛さんからの情報は頂けた。
あとは自分でやってみよう。
◇◇◇
放課後になり、家に帰る。
未だに月森家の門を潜るのには緊張感がある。
マイホームと言えるようになるまでには、まだ時間が掛かりそうだ。
「あら、お帰りなさい
「わっ、た、ただいまですっ」
帰宅するなり玄関で鉢合わせしたのは日和さんだった。
その両手には洗濯籠を重たそうに運んでいる。
「あ、洗濯物ですか?」
「そうなんです。量が多いので二階で干そうかと思いまして」
言ってもこの家は六人家族。
仕事で忙しい両親の代わりに日和さんは料理と洗濯を担当してくれている。
正直、家事の負担が最も多いのは日和さんだ。
「手伝いますっ」
「あら、いいんですか?」
タイミング的にもばっちりだ。
こうもタイミングよく日和さんと話せるチャンスが巡ってくるなんて、わたしはツイてるなぁ。
二階の空き部屋に向かう。
わたしは日和さんの指示に従いながら洗濯物干しを手伝っていく。
「どうですか?お家には慣れました?」
日和さんの方から、Tシャツの皺を伸ばしつつ先に話題を振ってくれる。
「段々とは慣れてきましたけど。もうちょっと時間が必要になる気がします」
「そうですか。華凛ちゃんとは仲良くなれているみたいですし、そんなに時間が掛からないといいですねぇ」
「そ、そうですね。ですから――」
そのためには……
「わたしは日和さんとも仲良くなりたいです」
「……あら」
ぽうっとした表情を見せる日和さん。
これはどういう意味だろう?
もしかして脈あり?
「ど、どうでしょう?」
恐る恐る聞いてみると、すぐに日和さんは笑顔を浮かべて
「もう仲良しじゃないですか」
と言いながらTシャツをハンガーにかけるのです。
……なんか、大人の対応されただけというか、上辺だけ感が強いというか……。
ちゃんと相手にされていない気がします。
「もうわたしと日和さんは仲良し、なんですか?」
「ええ。花野さんは
ああー。
ちがうなぁ……。
それってとても他人行儀な言い回しだ。
そんな立場上の関係性ではなく、こう魂で魅かれ合うような仲じゃないとダメな気がする。
そうしないと本来の日和さんは見えてこない。
「
「日和さん……」
「あら、ごめんなさい。せっかく慣れようとして頂いてるのに、こんな事を言っては気を悪くしてしまいますね」
「日和さんは、お姉さんのことも“ちゃん”付けなんですか?」
「はい?」
初めて日和さんが目を丸くする。
そんなにおかしなことを言っただろうか?
「いえ、華凛さんは妹なのでちゃん付けは普通だと思ってたんですけど。お姉さんも同じちゃん付けなんですか?」
「え、ええ……まあ……」
あのクールでちょっとだけ近寄りがたい(それがいいんだけど)千夜さんを“ちゃん”呼びするなんて……。
しかも日和さんは妹なのに……。
なんか可愛い。
「あの、千夜ちゃんに受け入れられてない話はスルーなんですか?」
「あ、それは分かってましたから」
「はぁ……」
なぜか日和さんが啞然としている。
もしかして、家族として受け入れられてないわたしのことを心配してくれている?
「大丈夫です。人に距離を置かれるのは学校でもそうですし、いつも一人なので慣れてます」
「そ、そっちは慣れてるんですね……」
「はい。なので今はちょうどいいくらいです」
むしろ憧れの月森三姉妹とこうして仲良く過ごせてしまっている日常の
方が刺激が強すぎるのだ。
いずれは仲良くなりたいけど、今は千夜さんくらいの距離もアリなのだ。
推しとの生活は何でもアリになるから考えものですね。
「……花野さんは強いのですね」
「え?」
自分で言うのもなんだけど、激弱なセルフイメージしかないですけど?
体力ないし、運動も全然出来ないし。
「わたしなら、そんな簡単に独りを受け入れられないと思いますから」
「日和さん、それは違いますよ」
「と、言いますと?」
日和さんは洗濯物を伸ばしながら、首を傾げて不思議そうな表情を浮かべる。
家庭的な仕草とあどけない表情が可愛すぎる……。
「わたしはわりと最初からぼっちなので、あんまり気にならないんです」
「ええ……」
元々一人っ子だし。
お母さんは仕事で忙しくてあんまり家にはいない人だったし。
友達も数えるほどしかいなかったし。
わたしにとっては“一人は当たり前のこと”なのだ。
「どちらかと言うと、ぼっちは可哀想という風潮が苦手なだけかもですね」
一人でいることは平気だけど、奇異な目で集団に見られるのが嫌なのだ。
「……そういう解釈もあるのですね」
コクコクと頷く日和さん。
あ、あれ。
もしかして、わたし日和さんにいい事が言えた感じ……?
これは距離が縮まるチャンスでは?
「な、なので……わたしにも姉妹と一緒に過ごすことの良さを教えてもらいたいと言いますか……」
おねだりをしてみる。
わたしから近づかないと、きっと日和さんは今の距離を崩してくれないだろうから。
「姉妹も別々の人間ですからねえ。大事なのはお互いを尊重することでしょうか?」
「え、あ、はい」
「特に多感な年頃なので、プライベートゾーンを守るのが大事でしょう」
「はい……」
あ、あれ、正しい事しか言われてないはずなのに。
遠まわしにあんまり近づかないでと言われてる気がするのだけど……。
「なのでわたしは花野さんの独りでいることの強さを尊重したいので、これで失礼させてもらいますねぇ」
「え、あ、ちょっと」
いつの間にか洗濯物を全部干し終えている日和さん。
家事能力が高すぎる上に、それとなくわたしからも離れて行ってしまった。
なんという手際の良さ。
これが華凛さんの言っていた“空気を掴むような感覚に近い”という日和さんの処世術。
確かに、あの人の本心はまだ見えてこない。
「か、かくなる上は……」
残念ながらわたしは諦めが悪い。
まだ方法はある。
だってわたしは日和さんの
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