12 傾向と対策


 うーん。しかし、どうしたものか。


 わたしは自分の部屋に戻り考えてみる。


 日和さんとの仲を深めることは諦めていない。


 だけど、無闇に近づきすぎても日和さんの心を掴むことはできない。


 ここは一つ、しっかりと考えて行動しないといけない。


明莉あかりー?」


 コンコン、というノック音とわたしを呼ぶ声が響く。


「入っていいー?」


「どうぞ」


 ガチャリと扉が開くと、部活帰りの華凛かりんさんだった。


「どう、日和姉ひよりねえとは仲良くなれたの?」


 わざわざ帰宅するなり事の進捗を尋ねてくるあたり、やはり華凛さんは日和さんのことが気になるようだ。


「なんだか、のらりくらりとかわされましたねぇ」


「あはは、やっぱりそうでしょう」


 華凛さんは肩を揺らしながら、少し嬉しそうに笑っている。


「どうしてそんなに笑うんですか、仲良くなれないのがそんなに楽しいですか」


 ぼっちのコミュ力のなさがそんなに滑稽なのかな。


 自覚はありますけどねっ。


「いやいや、日和ねえが相手だと、やっぱり明莉でもそうなるかと思って」


 その割には妙に華凛さんは嬉しそうだ。


「もしかして華凛さん。本当はわたしが日和さんと仲良くならないで欲しいとか思ってません?」


「えっ、やっ、思ってないし」


 おや……?


 明らかに動揺しています。


 さすがにわたしも華凛さんとお話しさせてもらえるようになってきたので、その機微は分かります。


「さては華凛さん……わたしのことを」


「はっ!?いや、ないないっ、ちょっと自意識過剰なんじゃないっ!?」


 なぜか食い気味に慌て出す華凛さん。


 でも、その理由がちょっと分からない。


「……華凛さん?」


「え、あ、あれ……?」


「あの“わたしのことを家でもぼっちだなと面白がってるんでしょう”って言おうとしたんですが」


「……」


 華凛さんが黙ってしまった。


 推理を外してしまったということだろうか。


「それが自意識過剰ということは……わたしのぼっちなんて面白がるような価値すらないと!?」


「……明莉って、わざと言ってるわけじゃないよね?」


「わざと?わざとぼっちになる人なんていませんよっ」


 なっちゃうだけですからねっ。


 しかし、華凛さんは眉間を揉みほぐし始めている。


 悩みでもあるのでしょうか。


「あ、うん、まぁ……いいか、あたしのことはその内で」


 でも、何かを一人で納得したようだ。


「それでも明莉は諦めず、日和ねえと仲良くなりたいんでしょ?」


「あ、はい」


「じゃあ、いいことを一つ教えてあげる」


「いいんですか?」


 本当は望んでなさそうですけど。


「明莉がそうしたいって言うんだから、あたしは応援するよ」


「華凛さん……!」


 やっぱり華凛さんは何て心の優しい人なのでしょう。


 嬉しさのあまり、わたしは感謝を伝えようと華凛さんに歩み寄ります。


「やっ、ちょっと、来ないでよっ」


「えっ」


 しかし、ここに来ていきなり後退りする華凛さん。


 何ですかこの飴と鞭。


 情緒がおかしくなってしまいそうです。


「いや、いきなりはビックリするじゃん」


「いきなりでも、気にしないで下さい」


「あたしは明莉だから気にしてるのっ!」


「え……」


 なんですか、そのわたしだけ特別意識したような発言は……。


「あっ、いや、そういう意味じゃなくて……ええっと、ほら、これには理由が……!!」


「あー……」


 なるほど。


 ふふ、華凛さんたら、そんなことを気にされているなんて。


「華凛さん、わたし分かってしまいましたよ」


「え、マジッ」


「華凛さんは少女であり乙女、そういうことですよね?」


「うそ……」


 わたしのような女相手だとしても、意識してしまうことに理由などないのでしょう。


「つまり、部活終わりで汗くさいのを気にされているんですよね?」


「……」


「でもわたしは華凛さんの香りなら何だって素晴らしい匂いに感じられる自信があります。だから安心してください」


「……」


「華凛さん?」


「やっぱり、わざとやってるんじゃないでしょうねぇ!!」



        ◇◇◇



 夕食の時間が近づいてきた。


 わたしは一階へと階段を降り、キッチンへ足を運んだ。


「日和さん、お料理わたしも手伝いますよ」


「あら」


 そこには夕食の準備を進める日和さんの姿。


 制服にエプロンを掛けている姿は、なんだか女子高生の奥様みたいでとても背徳感がある。


 ……あ、いや、なんてことを考えているんだわたしは。


「あまり気を遣わなくても大丈夫ですよ。これはわたしの役割ですから」


「いえいえ、それがですね、ちょっとそうもいかない事情が……」


「あら、なんでしょう?」


 ここからが華凛さんからのアドバイスだった。







『いい?日和ねえは基本的に人を頼るってことをしない。あたしたち姉妹でも最低限って感じなの』


『なるほど、やっぱりお母さんなんですね』


『お母さん?』


『あ、すいません……何でもないです』


 わたしの脳内で日和さんを月森三姉妹の聖母扱いをしていたせいで、余計なことを言ってしまった。


『だからね、日和ねえの気持ちを引き出したいなら一緒に作業をして、向こうから頼ってもらう状況を作らないといけないのよ』


『なるほど』


『そのために何をしたらいいか、分かる?』


『……さっき、一緒に洗濯物を干したりはしましたけどね?』


『でもそれ、ほとんど日和ねえがやっちゃったんじゃない?』


『ああ、たしかに……』


『基本的に家事全般は日和ねえが圧倒的に作業効率がいいから、こっちからやれることは少ないの』


 そうなると、他にどんな共同作業をやったらいいのだろう。


『だからね、ちょっとイレギュラーな状況を作ればいいのよ』


『イレギュラー?』







 そんな新しい局面を作る一言。


「千夜さんと華凛さんがですね?今日はどうしても“旬の野菜とお魚の天ぷらが食べたい”と言ってるらしいんです」


「あら、まぁ……」


「出来そうですか?」


「いえ、今日はお肉料理にしようと思っていたので……材料が……」


 そう、これが華凛さんの作戦。


 いきなり料理を変更させるという強制技だ。


 日和さんは自身の意見を主張せず、姉妹の意見を優先する。


 よって突然のオーダーの変更にも対応しようとしてしまう。


 しかも、この場合は材料が不足してしまっている。


 つまり、どうなるかと言うと――


「買い物に行くしかないですよね?」


「そうですね、ですが……」







『ちなみに買い物の担当はあたしなの』


『どうしてですか?』


 料理当番の日和さんが買い物をする方が自然な気がするのですが。


『日和ねえは力が弱いから、重たい荷物を運べないのよ』


『なんて儚く尊い生き物なのでしょう』


『……わたしも買い物担当やめるかな』


『なんでですか?』





 見事、華凛さんの作戦は的中する。


「千夜さんはまだ学校ですし、華凛さんはシャワーを浴びています。なので、手伝えるのはわたしだけです」


「そう、ですが……」


「でもこの辺のスーパーの事情は分からないので日和さんも行きましょう。荷物運びはわたしがやります」


「……仕方ありませんね」


 渋々といった形で日和さんがエプロンを外す。


「それでしたら、よろしくお願いしますね花野さん」


「ええ、なんでも頼んで下さい」


 さすが華凛さん考案の作戦。


 上手く事が運んでいきます。


 このまま日和さんとの距離を縮めなければ……!


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