21 無理は禁物
「昨日はご指導ありがとうございました」
朝食後、家を出る前に
昨夜は色々あったせいで、ちゃんとお礼を言えていませんでした。
「別にいいわよ……」
困ったように眉をひそめる千夜さん。
偉ぶらず謙虚なところが素敵です。
「でも、なにかお礼をさせて下さい。わたしに出来ることなら何でもやりますっ」
寝不足になる原因になってしまったのだから、何かお礼で返さないとっ。
「結構よ」
「そんな……」
「赤点をとらない事が一番のお礼よ、だから気にしないで」
……千夜さん、カッコよすぎません?
◇◇◇
学校にて。
「うーん……」
わたしはどうしたものかと頭を悩ませる。
千夜さんにしつこく迫った所で、その真意を話してくれるとは思えない。
何かきっかけが必要とは思うのですが、それが掴めないまま時間だけが過ぎていく。
千夜さんの動向を探りつつも、かと言って特に何が起きるわけでもなく――
「収穫なし」
放課後を迎えるのでした。
まあ、焦らずとも家に帰れば会えるのだしそんなに急がなくてもいいのかなぁ……。
急がば回れとも言いますし。
「ちょっといいかしら」
「って、千夜さん!?」
まさかの本人様登場。
学校で声を掛けられるのは大変珍しいです。
放課後のまばらな教室でなければさぞかし注目を浴びていた事でしょう。
「いちいち大袈裟ね、貴女……」
「いえ、千夜さんの方から声を掛けてもらえるのが珍しすぎて」
「そんなに嫌ならもう掛けないわ」
千夜さんは回れ右をして離れようとしています。
「いいえっ、そういうことじゃありませんからっ!」
必死に追いすがります。
「一体、どんなご用件だったのでしょう?」
「……貴女、少し時間はある?」
「時間……?ええ、ありますけど」
仮になかったとしても、三姉妹の皆さんのためならいくらでも作ります。
「なら手伝って欲しいことがあるのだけど、いい?」
「あ、はい。なんでしょう?」
「荷物整理、かしらね」
「はい……?」
何だか珍しいお願いですね。
千夜さんと一緒に向かったのは現在は特に使用されていない空き部屋でした。
ですが、中に入ってみると本棚の中に文庫本や書類などが並んでいます。
「元々は文芸部が使用していた部室よ」
「元々……ってことは、今は使ってないんですか?」
「去年の活動を最後に一年生も入らなかったから廃部になっているわ。」
「そういうことでしたか」
今は使われていない空間でも、雑多な本の並びや手書きのA4用紙の束を見ると、そこに人の息遣いが感じられる。
それなのに、必要とされず訪れる人はもういない。
どこか物寂しさを感じさせる空間だった。
「廃部になることは珍しいからあまりない事なのだけど、こうして使われなくなった部室を整理するのも生徒会の仕事なのよ」
「それを今からするんですか?」
「そうよ」
「……ほう」
「肉体労働は気が進まない?」
わたしの返事に気の無さを感じたのか、千夜さんは改めて聞いてきます。
ですが千夜さんからのお願いをそんなことで断るわけない。
ただ、わたしが返事に困窮しているのは、単純な疑問があるからです。
「いえ、喜んでお手伝いはさせて頂くんですけど。ただ生徒会の活動なのに他の役員さんはいないんだなと疑問に思っただけです」
まさか会長だけの仕事なはずもありませんし……。
「今日からテスト週間でしょ」
「ああ……」
そんなこと先生が言ってたような気が……。
「貴女ね……」
まずいまずい。
昨日勉強を教えてもらったのに何だその意識の低さは、というオーラをびしびし感じる。
「テスト週間は部活動も合わせてお休みでしたもんね」
「そういうこと、だから役員の子たちはいないの」
「……でも、それならどうして千夜さんは?」
「期限が決められているわけではないから急ぐ必要はないのだけど。でも頼まれた以上、早く終わらせたくて。私の性分ね」
「……千夜さん」
「なによ」
「ストイックすぎません?」
勉強に生徒会活動に、放課後の時間も個人的に率先してお片付けなんて。
とてもわたしには真似できない。
そんな行動力は出て来ない。
「だから朝に“お礼に何でもやります”って言ってきた、貴女を呼んだの」
「……なるほどお」
それでも頼ってくれるのは嬉しいですねっ。
「貴女はそちらの棚の本をダンボールに詰めてちょうだい」
「分かりました!」
何にしても千夜さんのお手伝いが出来るなら本望です!
それから一時間ほど作業をしたでしょうか。
千夜さんの言う通り、大量の本はダンボールに詰めるのも一苦労。
それを倉庫に運んだりするのも大変でした。
女子二人でやる量じゃないかも、なんて思いつつも作業は順調に進んで行きました。
「そろそろ終わりが見えてきましたね」
「そうね……」
さすがの千夜さんと言えど、長時間の肉体作業には疲れたのでしょう。
その足取りは少しふらついて……ふらついてる?
「え、千夜さん大丈夫ですか?」
なんか明らかにフラフラな気が。
「別にこれくらい何てことな――」
と、わたし相手に余裕を見せるためか、立ち上がったのはいいものの、足がよろけてしまっています。
「え……?」
虚ろな瞳で状況を認識出来ていないのか、やけに緊張感のない声を漏らして体勢を崩しています。
「ああっ、危ない!」
倒れてしまう、そう思ったわたしは持っている本を投げ出して千夜さんに腕を伸ばした。
「あぐっ」
「わっ……このっ」
倒れる千夜さんを抱きとめようとしましたが、体を掴みきれず、結果一緒に体勢を崩してしまう。
わたしが下敷きになる形で、二人で床へと倒れこむとゴツンとした衝撃が背中に響くのでした。
「あいたたた……」
「ご、ごめんなさいっ。貴女、大丈夫?」
ようやく状況を理解したのか慌てふためく千夜さん。
「ちょっとぶつけただけです……。それよりも千夜さんはお怪我はありませんか?」
「わ、私は何ともないけど……」
「立ちくらみか何かですか?」
「分からないわ……意識が曖昧だったというか」
それ、いちばん危ないやつじゃないですか。
「千夜さん、やっぱりちょっと無理しすぎなんじゃないですか?」
忙しい生徒会活動に、徹夜で勉強、そして急に肉体労働。
何かのタイミングで体を壊したとしてもおかしくない。
「いえ、私は大丈夫よ」
「この状況でよくそれ言えますね……」
さすがに倒れ込んで大丈夫はないでしょう。
わたしでも分かるような矛盾を口にしている時点で、今の千夜さんは怪しい。
「一過性のものよ。それより早く続きを……」
「ああっ、ちょっとダメですよ!」
千夜さんは何事も無かったかのように立ち上がろうとするので、勝手に動かないように止めに入ります。
「それなら、保健室行きますよ」
「何言って……」
「おかしなことを言ってるのは千夜さんの方です。倒れて大丈夫なわけないじゃないですか」
「だから、それは……」
「体調管理ができない人は怠惰なんじゃないですか?」
「……」
言っていることは正しいと思ってくれたのか、千夜さんは黙ってしまいます。
「ほら、行きますよ」
わたしは千夜さんの手を取りますが、そこから動こうとしてくれません。
「でもやっぱり、保健室は大袈裟」
「……はあ」
千夜さんも強情ですねぇ。
「わかりました……じゃあ」
わたしは近くにある椅子を持ってきて千夜さんを座らせます。
「どういうこと」
「座って休んでいてください」
千夜さんはきょとんとして目を丸くする。
「それじゃ、仕事が……」
「後のことはわたしがやります。あ、それでも続けるって言うなら先生呼びますからね」
「……」
「座って休んで何事もなければわたしも何も言いません。それが条件です」
「……いいのかしら」
困ったように視線を泳がせる千夜さん。
「いいんです、頼ってください」
「……お願いするわ」
申し訳なさそうに頭を下げる千夜さん。
「任せてください」
ですが、そんな表情をする必要はありません。
わたしは喜んで片付け作業を再開するのでした。
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