59 心の丈
「ただいま……です」
家に帰り、わたしはいつも以上に重たく感じる玄関扉を開きます。
結局、バスケットボールは
『ボールが欲しいなら家にあたしのあるから、ね?』
『この子じゃなきゃダメなんです』
『これ学校のだし、しかも部活で使うやつっ』
『……じっ』
『ダメだから、そんな目で見てもダメだからっ!』
という一幕があり、わたしは粘ってみましたが華凛さんの言ってることの方が正しいので無理強いすることが出来ませんでした。
華凛さんに事の真意は聞けないまま、体育館を後にするのでした。
「
居間へ向かうと
「はい、戻りました」
「あら、どうしました?そんなむくれた顔をなさって?」
日和さんはわたしの表情を見て、すぐにその変化に気付いたようでした。
「ちょっと……納得いかない事がありまして」
「あらあらまあまあ、何があったんですか。聞かせて頂けます?」
「はい、話します」
「うふふ、素直ですね」
そう言って日和さんはわたしをダイニングテーブルのチェアに座らせた後、キッチンへと足を運ぶのでした。
「あの、日和さん?」
「ちょっとお待ちになって下さいね」
言われるがまま待っていると、次第にキッチンの方から香ばしい香りが漂ってきます。
日和さんは湯気が立ち昇るマグカップと、お菓子を持ってきてくれるのでした。
「珈琲です。ちょっと一息つきませんか?」
「あ、ありがとうございます……」
マグカップに口をつけ熱いコーヒーを少しずつ流し込んでいくと、苦味のある味わいとモカの香りが鼻を抜けていきます。
続けてココアパウダーのかかったトリュフチョコレートを頂くと、口の中は甘味とコーヒーの苦味が合わさって、幸せな味を運んでくれます。
「美味しいです」
「良かったです」
目尻を細めて微笑む日和さんもマグカップに口をつけます。
その品のある仕草を見てしまうと、同じものをこうして一緒に頂いているのが恥ずかしくなってしまうくらいに画になっています。
「頬を膨らませている
そうして屈託のない笑顔を浮かべて、何の恥ずかしげもなく告げるのです。
「か、可愛いとか、やめて下さい。そんなことありませんっ」
「あら、わたしは思ったことを言っているだけですよ?」
こ、この人は……。
全く無自覚にそんなことを言うのですから困った人です。
わたしが可愛いだなんて何をどう勘違いしてもありえないのです。
「それで、何があったのですか?」
「あ、そうでしたっ」
日和さんの癒しオーラと、突然のドギマギ発言に本題が吹き飛びそうになっていました。
「えっとですね――」
――わたしは、
「……なるほど。誰も明瞭な答えを出してくれなかった、と」
「はい、そうなんです」
日和さんは相槌を打ちながら、わたしの話を静かに聞いて下さるのでした。
「でも、わたしは千夜ちゃんや華凛ちゃんよりは割と答えたつもりでしたけどねぇ?」
「えっと……」
「ほら、体育祭で」
それはハートで埋め尽くされたお弁当の話でしょうか。
『好き、と一口に言ってもその感情には色んな形がありますし。その解釈は
確かに、日和さんはその感情の一端を言葉にしていました。
「でも……日和さんもわたしのことをどう思っているかちゃんと言ってくれたわけじゃありませんよね?」
わたしに判断を委ねるような遊びの部分がありました。
曖昧な境界線はずっとそのままなのです。
「言ってもいいんですか?」
「え……」
日和さんは表情を変えることなく、あっさりと言い放ちます。
「
「わたしに配慮してって、ことですか……?」
「ええ、それに分かりやすくアピールしていたつもりでもありましたよ?言葉よりよっぽど明確な答えを提示していたつもりです」
「……えっと」
「ですが、わたしにも負い目がありますから。全ては
「負い目、ですか」
一体なんのことか分かりませんが。
けれど、日和さんの言葉の続きに気を取られてしまいます。
「だから、わたしもお聞きしたかったんです」
「日和さんがわたしに……?」
「
日和さんは口元に笑みをたたえながら、淀みなく告げます。
「
「それは……」
「ええ、義姉なら義姉で。他人なら他人で。いいんですよ、全ては
「……」
それはわたしが月森さんたちに抱いていた疑問でしたが。
同じように返されると、言葉に詰まることに気付きました。
……詰まる?
それは一体、どうしてでしょうか。
「うふふ……質問を質問で返すのは失礼でしたね」
「あ、いえ、そんなことは……」
ちゃんと答えられないわたしにも責任はありました。
しかし、日和さんはそんなわたしを気にすることなく、真っすぐに見つめてきます。
「いいですよ。わたしが
「えっと、あの……」
日和さんは自身のその心を包み込むように、胸に手を当てます。
「その覚悟がおありなら、この心の丈を打ち明けましょう」
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