64 恋愛は陽キャイベントですって(二回目ですよ)


冴月理子さつきりこ……貴女、こんな所で何をしているのかしら?」


 平坦な声と冷たい視線で千夜ちやさんが訊ねます。


 その隣には、日和ひよりさんと華凛かりんさんもいて、お二人も不思議そうな表情を覗かせています。

 

 河川敷に、わたしと冴月さんという組み合わせが結びつかないのでしょう。


 ま、わたしもよく分かってませんけどねっ!


「何って……放課後どこで何をしようがわたしの勝手でしょっ。あんた達の方こそ姉妹ゾロゾロ揃ってなんなのよ」


「その子を探しに来たのよ」


 間髪入れずに答える千夜さん。


 “その子”と言った時にわたしを見ていたので、きっとわたしの事だとは思うのですが……。


 日和さんも華凛さんも、うんうん頷いていますし。


「探すって……あんた達はお呼びじゃないのよっ」


 その間に割って入るように、わたしの前に立つ冴月さん。


 えっと、これはどういう状況でしょうか?


「その子と話したい事があるの。貴女の用が済んだのなら代わってもらってもいいかしら?」


 あ、なるほど。


 姉妹会議が終わったのですね。


 続き、と言うと日和さんとの話し合いのことでしょうか?


 ですが、それならどうして三姉妹の皆さんが一緒に……?


花野はなのはあんた達に用とかないから」


 しかし、一切この場から動く気を見せない冴月さん。


 あと、『あんた』から『花野』呼びにしれっと変わってます。


 やめてください。


 そういうのでわたし簡単に喜んじゃうんですから。


「それは貴女が決める事ではないし、知りもしないでしょう?」


 平坦ながら、その声の節々に棘を潜ませる千夜さん。


 何やら不穏な空気が……。


「いいやっ、あんた達が変な態度とったせいで花野は傷ついた。それでこんな所にまで来てたのよっ。そんな奴等が迎えに来るとかマジ意味わかんないから」


『……!!』


 冴月さんの言葉に、三人驚いたように目を丸めています。


「さ、冴月さん……あんまりそういうこと言わないで下さいよ」


「いいのよ、ほんとのことでしょ。こいつらは言わなきゃ分かんないのよっ」


 冴月さんにだけ届くように話しますが、即却下されます。


 なぜ。


あかちゃん、それは本当なんですか……?」


 日和さんの表情が悲哀に満ちています。


 いつも微笑んでいる日和さんにあんな顔をさせるなんて……。


 わたしは何て罪なことを。


「そーよっ。花野は疎外感を感じたって言ってたわよっ。そんな奴等が迎えとか恐怖だからっ、どっか行っちゃいなさいよっ」


「冴月さんっ!?」


 全部暴露して、追い返そうとする冴月さん。


 ちょっと暴走機関車と化しています。


 落ち着いてくださいっ。


「そーいう冴月の方だって、明莉あかりに何の用なのよ。またつまらない事するつもり?」


 華凛さんは眉間に皺を寄せながら荒々しい口調になっています。


 いつぞやかの、わたしが冴月さんに詰め寄られた時のことを思い出して心配してくれてるのでしょうか……。


 今思えば、アレなんだったのでしょうか。


「するかっ。とにかくあんた達はお呼びじゃないから、帰ってちょうだい」


 しっしっ、と手で払うようなジェスチャーをする冴月さん。


 ですが、お三方はそれで引くような気配は――


「悪いわね、私は譲る気はなないわよ」


 ――全くありません。


 千夜さんがその手を掴み、堂々と宣言していました。


「……月森千夜ッ!!」


 ギリギリッと歯ぎしりが聞こえそうな程の苦虫を噛む冴月さん。


 な、なんだかとってもデンジャーな空気なのです。


「それに、その子が疎外感を感じたというのなら、それは誤解よ」


「は、はぁ……!?疎外感に誤解も何もないでしょっ」


「私が本当のことを言うのを怖がってしまった、それだけの事よ」


「な、なによそれ……!!」


「今に分かるわ。まあ、貴女に伝えたい事ではないけれど」


 そう言って、冴月さんの横を通り抜けて行きました。



        ◇◇◇



 わたしの前に千夜さんが立ちます。


 夕陽に照らされる黒髪はその漆黒の艶を輝かせていました。


「さっきは、その……申し訳なかったわ」


「え、あ、あの……なんのことでしょうか」


 千夜さんに謝れるようなことは特に何もありませんでしたが。


「貴女のことを好ましいと言ったのに、友人関係は認めないだなんて変な事を言ってしまって。貴女を困惑させてしまったわ」


「あ、いえ、そんなことは……ないですけど」


 さっきまでの冴月さんに対する刺々しい態度から一変。


 夕陽のせいか、その頬は赤く染まっている様に見え、その態度もいじらしいものに変わっています。


 これは一体……?


「その、友人にはなりたくないと言ったのには明確な理由わけがあるの」

 

「理由、ですか……?」


「ええ、とっても単純なことよ」


 千夜さんは視線を彷徨わせながら、一呼吸を置いて。


 こちらに視線を戻すと、胸に手を添えて一歩を踏み出します。




「貴女と恋人になりたかったの」




 ……。


 ああ。


 アレですね、分かりました。


 わたしは夢を見ているんですね。




「ごめんなさい。戸惑うのは無理もないわ、友人じゃなくて恋人だなんて順序がおかしいもの」




 いやいや、そうじゃないそうじゃない。


 もう、そういう問題じゃないですから。


 ははは……。


 視界の端っこで、ポカーンと冴月さんが口を開けていますが、それはわたしも同じ気持ちです。



        ◇◇◇



あかちゃん、わたしからもいいですか?」


 あれ、気付けば目の前にいるのは日和さんに変わっていました。


「さっきのお話しの続きです。わたしがあかちゃんのことをどう想っているかお伝えする途中だったでしょう?」


 うふふふ、といつもの微笑みを浮かべる日和さん。


 そんなことを話していた頃もありましたねぇ。




「わたしはあかちゃんの事を心の底から愛しています。この気持ちに嘘偽りは一切ありません」




 人差し指を唇に当てて、可愛くウィンクする日和さん。


 あっははは。




「毎日、お味噌汁作っちゃいますよ♡」




 かわいー。


 マジかわ、激かわ。


 あーーーーーー。


 いつ覚めるのかなぁ、この夢。



        ◇◇◇



「あ、明莉……?あ、あたしからもいい?」


 あれ、今度は華凛さんですね。


 人差し指同士をくっつけながら、イジイジとしていました。


「その、さっきはごめんね……?部活に気を取られてちゃんと返事できなくて。でも、あたしとしては流れで言いたくなかったと言うか。ちゃんと場所を選んで身なりを整えて言いたかったと言うか……」


 そういう華凛さんは確かに部活帰りとは思えないほど身なりが整っています。


 髪も綺麗に結って、ジャージではなく制服姿です。


 きっと大慌てで整えて来てくれたのでしょう。


 どうしてそこまでしてわたしに会いに来てくれたのかは分かりませんが。




「その、あたしもね、明莉のことすっ……好きなの!ほ、ほんとにっ、こんな気持ち初めてっ。明莉を見てると胸が熱くなると言うか、自然といつも考えちゃうって言うか……ああ、これが恋なんだって、明莉に出会ってようやく分かったの!」




 ああ。


 そっかぁ。


 告白するから身なりを整えたんだぁ。




「だ、だから……もう怒んないで、また仲良くしたいなぁ」




 ずっと人差し指をくるくるさせて目線も合わせてくれないなんて、“恋する女の子”そのものですもんねぇ。


 すっごぉ。




『だから――』




 学園のアイドル月森三姉妹に同時に告白されるとか、どんなリア充なんですか。


 そんな方がいるなら、是非拝見させて頂きたいですね。


 爆発しろよ、あはははは。




「私と付き合ってくれないかしら」


「わたしと付き合って頂けませんか?」


「あたしと付き合って欲しいの!」




 あははははっ。


 こっち見てるぅ。


 ずっと皆さん、こっち見てますよぉ?




「誰が誰に告ってんのよ!?」




 冴月さんの叫び声。




「私があの子に告白しただけよ」


「わたしがあかちゃんに告白しただけですよぉ」


「あたしが明莉に告白しただけじゃん」




 わははははっ!!


 なんですか、これっ!!


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