80 ワガママを許してくれますか?


 そうして冴月さんの友達のライブは終わり、体育館を出ることにしました。


「あ、理子りこじゃん。おおーいっ」


 すると、冴月さんの別のお友達が声を掛けてきます。


 さすが、友好関係が広すぎます。


「げっ……」


 と、わたしにだけ聞こえるような小さな声で一瞬表情を曇らせました。


 ですが、すぐに笑顔を張り付かせます。


「なに、どうしたの?」


「ほら、先輩がお呼びだよ~。二人で会いたいんだって、うししっ」


 お友達はニヤニヤとした表情を浮かべています。


 それを見て冴月さんはやれやれと肩をすくめていました。


「パス、興味ない」


「それは分かってるけど。でも無視するわけにもいかないでしょ?」


「まぁ……それもそうだけど」


 大変嫌そうに冴月さんは肩を落とします。


「ごめん、わたしちょっと野暮用を片付けてくる」


 本当に申し訳なさそうに冴月さんは両手を合わせていました。


「い、いえ、気にしないでください」


「ありがとう」


 そして冴月さんは歩き出します。


「タイミング最悪じゃんマジで……もっと前に呼べよ」


「いやいや、そりゃ先輩に言えし」


「それすら時間の無駄」


「あははっ、辛辣ー。ていうかなに、花野はなの理子りことか珍しい組み合わせじゃん。何かあった?」


「うるさいな、わたしは今それどころじゃないの」


「あははっ、モテる女は悩みもちがうねぇ」


「秒で片付ける」


「そりゃ先輩が可哀そうだ」


 そんな軽口を叩き合いながら冴月さんとお友達は去っていきました。




「……そっか、そうですよね」




 残されたわたしは一人、呟きます。


 今日は文化祭。


 色恋が一番に彩られる行事と言っていいでしょう。


 冴月さんだって魅力的な女の子なのですから、誰かに好意を持たれるのは当たり前のこと。


 それは月森つきもりさんたちだって一緒で、あの人たちもたくさんの方に告白された過去があることを知っています。


 だから、そんな皆さんがわたしに好意を抱いてくれるなんて奇跡のようなもの。


 きっと素敵な方々が、皆さんの周りにはいるんだと思います。


「……だから、わたしなんかじゃなくてもいいはずなんです」


 きっと、わたしよりもその人たちの方が、皆さんを幸せにしてくれるに決まっています。


 それはずっと前から分かっていたこと。


 だから、わたしは月森さんたちを学園のアイドルとして推し、冴月さんを陽キャとして憧れていたのです。


 この言葉には、密接には繋がらない距離感があります。


 好意に近いものを持ちながらも、明確な隔たりがあるのです。


 そんなわたしが誰かを選ぶことや、その好意に応えようとしていた事が間違いでした。


 答えは最初から決まっていたのです。


「……問題はいつお返事をするか、ですね」


 皆さんわたしの返事を待ちながら、それでもあんなに優しくしてくれました。


 もうこれ以上、引き伸ばすことは出来ないでしょう。


 後はわたしが覚悟を決めるだけなのですから。


 わたしはスマホを取り出してメッセージを送信します。



        ◇◇◇



 日が暮れ、夜になると後夜祭を迎えます。


 大勢の人が体育館に集う中、わたしは薄暗がりの教室に佇んでいました。


 誰もいない教室は、街灯や体育館、その他グラウンドの照明だけが淡く照らします。


 物寂しい気持ちを抱えながら、わたしは待ち続けます。


 ――ガラガラ


 扉が開かれる音がしました。


「あら、奇遇ね」


 千夜ちやさんの静かな声が教室に響きます。


「ええ、本当に。こんなに全員タイミングが揃うことってあるんですねぇ?」


 日和ひよりさんはいつもの朗らかで優しい声音です。


「すごっ、これが三姉妹の絆ってやつ? シンパシー?」


 華凛かりんさんはやっぱり明るくハツラツとしています。


「わたしもいるんだから三姉妹の絆じゃないっての、ていうかあんたらもいるとか聞いてないんだけど」


 刺々しい声を隠さないのは冴月さんでした。


「あ、すいません……わたしが皆さんを呼んだんです」


 暗闇にも溶けていきそうなほどか細い声で、皆さんに話しかけます。


「そういうこと……。それで、この4人ということは……」


「ええ、いよいよじゃないですか?」


「うわっ、マジ。ついに?」


「ねえ、黙れない? そんな話すほど余裕ある状況なのこれ?」


 皆さんは淡々と話しながら、教室に入りわたしの前に立ち並びます。


 指定した時間に教室に来てもらうようお願いしたのですが、用件は薄々察してくれたみたいです。


「あ、あの……お返事をさせてもらおうと思いまして」


 その言葉で、空気が張り詰めたように感じたのはきっと気のせいではないでしょう。


 皆さん、長らく待っていてくれたのですから。


「その……告白をしてくれたのはすごく嬉しかったです。わたしなんかを好きになってくれる人なんていないと思っていたので自信にもなりました。とてもいい経験でした」


 だから、わたしはこれ以上は貰えません。


 わたしは元々、皆さんとは釣り合わない人間です。


 皆さんにはもっといい出会いがあるはずです。


 わたしは推しとして、憧れとして、そんな皆さんを応援し続けていたいのです。


 だから、答えは――


「そうね。でも安心して、貴女の自信は私によって更に磨かれるのだから」


「うふふ、面白い冗談ですねぇ? あかちゃんはそんな時代錯誤の自分磨きではなくて、甘えたいだけなんですよ?」


「あ! ならあたしが適任じゃんっ! 自分磨きも得意だし、妹が飢えてる甘えも分かるからっ」


「ねえ、なんなの……こいつら自己肯定感しかないわけ? 花野はそういうの疲れるって分かんないのかな……」


 あ、あれ……。


 皆さん思っていたより、わたしの話しを聞いてくれていないような……。


「あの、わたしは皆さんの気持ちに応えることができなくて――」


「ええ、今の貴女じゃ私の気持ちの大きさにはついて来れないでしょうね。大海を器に注ぐことが困難なのは自然の摂理。でも大丈夫、そんな貴女の器を大きくするのが私の役目なのだから」


「あらあら、本当に千夜ちやちゃんって頭いいんですか? そういうの押しつけって言うんですよぉ? あかちゃんは今、断るムーブを見せかけて構ってちゃんになってるだけなんですよ?」


「分かるなぁ。あたしもエースとしてチームを引っ張るのにプレッシャー感じて逃げ出したくなる時あるもん。でも最後には仲間がいてくれるから乗り越えられるんだよね。そう……それが分かるあたしこそ恋人にふさわしいんじゃない!?」


「あんたたち頼むから黙ってくれない……? 一人一人の主張が強すぎて会話になってないし、もういいから花野の話を聞かせてよっ」


 ――ああ……。


 そうかぁ。


 皆さんが一緒になるとこうなっちゃうんだなぁ……。


 でもきっと、それはわたしもいるからで。


 誰か一人欠けてもダメで。


 なんか、この空気を失いたくないなぁ……。


 そう願ってしまいました。


「あの……わたしは月森千夜さん、日和さん、華凛さんを……推しとして応援していました。冴月さんも陽キャという憧れとして……」


 その想いが、言葉の壁を壊そうとしていました。


「でも、月森さんたちと義妹として生活し、冴月さんとは仲良くなることで、もうその言葉は使えなくなっちゃいました」


 関係性は距離感で変化する。


 こんなに近くなってしまったわたしたちを、その言葉の壁に押しとどめることなんて不可能です。


 それに気づいてしまったわたしは、もうこの気持ちを押し殺せそうにありません。


「だから、ワガママを言ってもいいですか?」


 わたしに誰か一人を選ぶことは出来ない。


 でも、一人になることもできない。


 ぼっちのわたしを変えてくれた皆さんとの時間を手放したくない。


 だから、その想いを全部吐こう。


 その先には孤独しか待っていないとしても、それならわたしは受け入れられるから。


「皆さんとずっと一緒にいたいと願うのは、許されないでしょうか?」


 このまま出来ることなら、一緒の時間を過ごしたい。


 それ以外の結末をわたしは選びたくありません。


 それが傲慢で独りよがりのものだとしても、唯一心から湧き出た本音なのですから。


 一瞬の静寂が教室を支配していました。


「思っていた以上に、貴女は強欲だったのね」


「そんなに甘えたちゃんだったなんて、わたしも驚きですねぇ?」


「おお……明莉って大胆なんだ……」


「結構とんでもない発言よね、要するに全員と付き合おうってことでしょ? それ」


 静まり返る四人。


 そ、そうですよね……。


 そんなこと許されるはずがありません。


 分かっていたことです。


「で、ですよね。馬鹿なことを言って申し訳ありませんでした……」


 だからもう、後悔はありません。


「そうね、私が選んだ貴女の答えを否定する理由はないわ」


「このご時世……、といいますか女の子同士で不特定多数を問題にされても困りますもんね?」


「そうか、この方法なら姉妹で喧嘩しなくてもいいんだ……」


「問題はそこじゃなくて個人がどう思うかで……。あ、いや、さすがに月森に勝てるとは思ってなかったから、ありっちゃありなのか……?」


 あ、あれ……。


 この反応って……?


「い、いいんですか?」


 恐る恐る、わたしは皆さんに尋ねます。


「最終的には私が残るのだから、別にいいんじゃないかしら?」


あかちゃんがそうしたいなら構いませんよ? まあ、どう考えても胃袋を掴んでるわたしが有利としか思えませんし……うふふ」


「あたしは明莉といれたらそれが一番だからっ!」


「ま、まあ、フラれるよりは百倍マシよね。……どうせ、三バカは出し抜けばいいだけだし……」


 え、本当に皆さん、いいんですか……?


 こんなわたしで……?


「でも、そうね……一つ言葉にして欲しいわね」


「そうですね、誓いの証として大事ですよね」


「有言実行てやつねっ」


「微妙に違くない? ……まあ、わたしたちは全員言ったんだし、花野も改めて言うべきだけど」


 その言葉を皆さんは待っていてくれたのでしょうから。


「……は、はいっ!」


 わたしは精一杯の勇気を込めて、叫びます。




「皆さん大好きです! わたしと付き合ってください!」




 学園のアイドルでも陽キャでも、推しでも憧れでも、義妹や友人関係でもない。




「こちらこそ、よろしくお願いします」


「うふふ、楽しみですねぇ?」


「あ、ああ、明莉と付き合うことに……!」


「喜んで」




 大切な人になったわたしたちの物語は、今動き始めたのです。







 ~おしまい~






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学園の美人三姉妹に告白して断られたけど、わたしが義妹になると溺愛してくるようになった 白藍まこと @oyamoya

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