34 好みの問題


 テスト期間も終わり、家にも穏やかな空気が戻りつつあります。


 夕食を終えると、三姉妹の皆様が揃ってリビングでくつろいでいました。


 大きなソファに等間隔で座って、どうやらテレビ鑑賞をされているみたいです。


 この光景、実はかなり珍しいです。


「皆さんで何を見ているんですか?」


 最近、少しずつ打ち解けている空気を感じられているので、わたしも勇気を出してその輪の中に入ってみようと思います。


「あれ、明莉あかりも興味ある感じ?」


 振り向いて声を掛けてくれたのは華凛かりんさんでした。


 三姉妹の皆様が一緒にいることはよくお見かけしますが、同じことをしているのを目にする機会はほとんどありません。


 なので、その姿はわたしにとってはとても新鮮で、興味を惹くものでした。


「最近流行りのドラマ、らしいですよ?」


 日和ひよりさんに促され画面を覗いてみると、人気絶頂の若きイケメン俳優と同じく今をときめく女優さんが映し出されていました。


 二人とも制服姿に身を包んでいるので、高校生の役みたいですね。


「青春もの……ですか?」


「恋愛よ、恋愛。爽やかな絵面なのに、脚本が意外にドロドロしてるってギャップで話題なんだから」


「へえ……」


 なるほど、こんなドラマを見ることがあるんですね。


 とても意外です。


 特に――


「皆さん恋愛ドラマを見られるんですね?」


『……』


 え、あれ。


 急に無言。


 聞こえなかったですかね?


「……恋愛にまつわる創作物を見ることが、貴女にとってそんな意外なことなのかしら?」


 少し鋭利な声で問いかけてくるのは千夜ちやさんです。


 どちらかと言うと、千夜さんが一番意外だなぁとは思ったんですけど。


「いえ、千夜さんってどういうのが好みなんだろうと思いまして」


「……って、言ってるわよ華凛」


「千夜ねえって言ってたよね!?」


 ぷい、とそっぽを向いて華凛さんにパスしてしまう千夜さん。


 を、聞きたかっただけなのですが……。


 どうやらご法度の質問だったようです。


「でも、このドラマを薦めてきたのは華凛ちゃんなんですから。恋愛ごとに興味はあるんじゃないですかぁ?」


「い、いや……ないと言えば、そりゃ嘘になるけどっ」


 おお……。


 再び恋愛の話題に。


 恋愛に奥手な華凛さんに、それを姉妹で語り合う姿のなんと美しいことか。


 尊い。


「そうね。だとするなら華凛が答えるべきね。どういうのが好みなのか、言ってごらんなさい」


 千夜さんも話に乗っかり、ターゲットは完全に華凛さんに。


 たじたじになり、表情が困惑色に染まっています。


「え、えっと……あたしは何ていうか……自分のことを分かってくれる人っていうか……」


 きっとお姉さま方に見られるのが恥ずかしいのでしょう。

 

 さっきから視線をわたしにばかり向けてくる華凛さん。


 照れ屋で可愛いですね。


「却下ね」


「ええ、却下です」


「なんでっ!?」


 しかし、お姉さま方には無情にも跳ねのけられてしまいます。


「そんな抽象的な答えは誰にでも当てはまるわ。今ここで答えるべきは華凛の具体的な好みの話よ」


「そうです、そうです」


「な、なにそれ……」


 皆さんの視線に耐えかねたのか、華凛さん息を吐いて観念します。


「えっと……普段はあんまり目立たないし、やる気もなさそうなんだけど……やる時はやる人っていうかぁ……」


 ほほう。


 まるで、やれやれ系ラノベ主人公のような方ですね。


 普段ちゃんとしてないのに、やる時にやってくれる人だなんて。


 そんなカッコいい人、確かに憧れます。


「……華凛。貴女、本気なのね」


「なんだか聞いてるこっちが照れちゃいますねぇ」


 華凛さんはお顔が真っ赤なのに、お二人は楽しそうです。


「っていうか、あたしが言ったんだから二人も言ってよねっ!」


「……って言ってるわよ、日和」


「あらあら?」


 千夜さんは相変わらずのスルーをしつつ、ターゲットは日和さんに。


「そうですねぇ……わたしが作った料理を美味しいと言ってくれる人、ですかね?」


 うふふ、と微笑を湛える日和さん。


「あ、ずるいっ。それこそ誰にでも当てはまらない!?」


「いえ、料理は日和が個人的に作った物なのだから誰にでもは当てはまらないわ」


 でも、日和さんのお料理だったら皆美味しいって言っちゃいますよね。


 わたしもよく口に出しちゃってますし。


 結構イチコロな条件かもしれません。


「じゃあ、千夜ねえも言ってよ!この流れで自分だけ言わないとかナシでしょっ」


「そうですねぇ。一人だけ逃げるのはズルいですよ、千夜ちゃん」


「……貴女達も言うようになったわね」


 妹に問い詰められるお姉さん。


 千夜さんもどこか困惑した様子を見せています。


 いいですねぇ。


 三姉妹の皆さんの距離が近づきつつある光景に見えます。


「そうね……私は自分の立場を言い訳にしない人、かしらね」


「なに、それ」


「なんだか抽象的ですねぇ?」


 ぐっ、と一瞬歯痒そうにする千夜さんでしたが……。


「……人間、どこかで不利になって弱い立場な時があるでしょ。その逆境を言い訳にせず目標のために頑張れる人が、私は好きよ」


 おお……。


 千夜さんは向上心がある方が好きなんですねぇ。


 でも常に上を目指してる千夜さんにとって、そんな強い人として認めることができる人っているんでしょうか。


 いるんだとしたら、とっても凄い方のような気がします。


「……何よ、何か文句でもあるのかしら?」


 ほうほう、と頷いているとキッと千夜さんはわたしに鋭い視線を向けてきます。


 姉妹にはともかく、わたしに教えるつもりはなかったのかもしれません。


 だとしても、わたしにだけそんな怖い顔しなくてもいいじゃないですか……。


 この空気を緩和できるとすれば……。


「わたしは皆さんとっても素敵な好みだと思いますよ!」


 一応、わたしは月森三姉妹に告白してフラれた身。


 下手なことは言えませんが、この気持ちに嘘偽りもありません。


 皆さん素敵な好みで、そんな素晴らしい人が現れるだろうと信じて止みません。


『……はあ』


「え、あれ……」


 わたしの感想なんて余計なお世話だったでしょうか。


 皆さん一同に溜め息を吐いてしまいます。


「そもそも、この話題になったの明莉のせいなんだからね!」


 とうとう心の鬱憤の行き場を失ったのか、華凛さんがわたしに気持ちをぶつけてきます。


「明莉が恋愛ドラマに興味を示すから、こんな変な感じになったんじゃない!」


「それも一理ありますねぇ」


「そうね、元はと言えば貴女が下世話な好奇心を働かせるからよ」


 三姉妹が一珍団結して、わたしに刃を向けてきます……こわい。


「い、いえ……わたしは正直、恋愛ドラマとかはどうでもよくて。もっと単純に、皆さんが好きな物を知りたかっただけでして……」


『……っ』


「あ、あの……」


 なぜでしょう。


 皆さん口から空気が抜けたような音を出しています。


「あたし知らない」


「わたしもこれ以上は言及されても困っちゃいますねぇ」


「最初から意味のない議論だったわ」


 そうしてだんまりを決め込んでしまうのです。


 わたしはただ皆さんのことが知りたいだけなのに!

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