第3話 契約成立

 結論から言えば、最悪なことにモーフィアスの言葉に嘘偽りはなかった。


 あれからここのところ少し体調が悪いけどそれほど問題ではない、と言い張る母親を半ば強引に説得して、病院で精密検査したところ肺に癌が見つかった。


 しかもそれだけでなく別の箇所にも転移しており、仮に治療しても恐らく三ヶ月が限界だと言われる始末。


 まさかモーフィアスが提示した期間よりも短い寿命を宣告されるとは、悪い意味で予想外であった。


 どうせ予想外なら癌などないって結末を期待したのに、現実は容赦がない上に無慈悲である。


 父も、高校生の妹もこの衝撃の事実を知ってショックを隠せないでいた。


 むしろ余命宣告をされた張本人である母親の方が、平気そうだったくらいだ。

 それどころか即日入院するように医者に勧められても断った。


 断った理由はなんと、最期に夫と子供たちに好物を作ってあげたいから、というものだった。


 自分が一番辛くて衝撃を受けているはずなのに、そんな様子は全く見せない母の姿を見て俺は覚悟を決めた。


 モーフィアスがどんな理由で俺を利用したいのか、なんてこの際どうでもいい。


 母を助けられるのなら幾らでも協力してやろうではないか。


 病を押して作ってくれた母の手料理をしっかりと味わった後に実家からアパートに戻ってきた俺は、変わらず部屋の中央に浮いているモノリスに触れる。


 するとモノリスは前の時と同じようにこちらの身体を飲み込んでいった。


「どうやら確認が取れたみたいだね」


 そして前と同じ場所で、モーフィアスが俺を待っていた。


「協力する前に聞かせろ。本当にお前は何もしていないんだな」

「勿論だよ。前にも告げたけど、我々が現実世界に直接的に干渉することは禁止されている。それこそ前に君を引きずり込んだ行為も反則ギリギリ、というか若干アウトな行為だからね。誰かが死病になるように操作なんてしたら厳罰ではすまないさ」

「……分かった、信じる。それと前は掴みかかって悪かったな」

「気にしていないよ。私も話の出し方が悪かったようだからね。動揺するのも無理はないさ」


 母の癌は半年以上も前から密かに進行していたことが病院で確認が取れている。


 それはこいつがダンジョンを創り出すよりも前に母が癌になっていたということだ。


 だとしたら母の癌とこいつには関係がないのだろう。


 だって仮に誰かを癌に出来るような人を害する能力がこいつらにあるとしたら、もっと選ぶ対象が幾らでもいたはずだ。


 それこそダンジョンを独占しようとしている奴に、警告を与えることも容易だろう。


 それが出来ないからこそ俺に協力を求めている。


 つまり今のところ本当に現実世界に干渉するのは禁止されていると考えることができた。


「それで俺は何をすればいいんだ? それと病院では余命三ヶ月って言われたけど、お前は半年って言ったよな。どっちが正しいんだ?」

「寿命についてはこちらが正しいよ。君の母親は、入院して薬での延命をすれば、絶対に半年は生きられる。これは保証するよ」


 それはつまり、そうしなければ半年も持たないということか。


 ならば猶予が半年はある、安易に考えるのは危険だろう。

 こいつの口ぶりだと、なんらかの条件次第で期間も変わるようだし。


「それで協力してほしいことについてだけど、大まかに言えばダンジョンを攻略してもらい、更にその状況を配信してもらうこと、になるかな。他にも細かいところなど話さなければならないこともあるのだけれど、一度に話しても分からないだろうから、追々その都度で説明していく方がいいだろうしね」

「本当に他のダンジョン配信者がやっているのと同じようなことでいいんだな?」


 もっとも特別なことを望まれても俺はただの一般人なので無理だろうが。


「ああ、ただしそれが楽なことだとは言わないよ。ダンジョンだから死なないことは保証するけど、それこそ死ぬほどキツイ目に遭うと覚悟しておいた方が良い。それでも大丈夫かい?」

「当たり前だ。家族の命のためならな」


 間髪入れずに答えた俺を見て、モーフィアスは嬉しそうに笑った。


 まるでその答えを待っていたかのように。


「それでは契約成立だね。長い付き合いになるだろうから、今後ともよろしく頼むよ」


 こうして俺はモーフィアスと契約を交わし、ダンジョン配信者となることを決めたのだった。


 実家で食べた、母の精一杯の手料理を決して最後になんてしないために。


 絶対に助けると心に誓って。

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