第10話 大学生活と配信生活
モーフィアスと契約することを決意した当初、俺は大学を休学してでもダンジョンに潜り続けるつもりだった。
半年間という期間で目標を達成しなければならないのだ。そのために学業を犠牲にすることも厭わないと。
だがそれについては意外なことにモーフィアスによって止められた。
「急な変化は他人の目を引き付けることになりかねないし、機械的に作業だけしていると心が壊れかねないよ。これからしばらくは精神的に辛い日々が続くんだ。日常生活は心を休める場所として確保しておいた方が良いと思う」
その助言を無視するのもどうかと思ったので、とりあえず従ってみることにした。
必要となったら後々にでも休学することは可能だったし、なんなら休学しないでも半年分の学費を捨てればいいだけの話だったし。
だが結果的には、モーフィアスの助言に従っておいて良かったと心の底から思った。
大学の講義で友人と会う。
そこで他愛のない会話をすることで、呪殺されてまくって精神的に荒みかけていた心が安らぐのを感じたのだ。
(誰とも関わらず一人で黙々とやっていたらマジで精神を病むな、これは)
心がない機械ならその方が良かったのだろうが、生憎と俺は感情がある人間だ。
機械的に作業だけをしていたら心が持たないというモーフィアスの言葉の意味がこの時に理解できた。
人は理屈や効率だけではダメなのだと。
そんなこんなで俺は大学の講義もこれまで以上に真面目に受けた。
なにせ今までなら眠くなるような講義でも、精神を直接削られるようなことをするよりは何十倍もマシだと思えたので。
思わぬところで今の生活の大切さと尊さを学んだ形である。
そうして昼休みになって友人達といつものように学食に向かったのだが、
(……なんか一部からチラチラ見られてるよな?)
講義の時もそうだった。
最初は勘違いかと思ったのだが、教室でも食堂でも一部から視線を向けられているのが確認できたので、そうではないらしい。
だがその心当たりがない。
(呪殺ダンジョンの映像は他人に化けているはずだよな。つまりそれは関係ないはず)
他人に注目される理由などダンジョンと配信関係以外は心当たりがないが、それはないはずだ。
もしくは自分の気付かないところで、何らかのポカをしてしまっただろうか。
「なんか伊佐木、見られてね?」
「なんかやったんか、お前?」
「いや、心当たりはないけど……」
友人の佐藤と串間もこの視線を感じたようだ。やはり勘違いなどではない。
とはいえ知り合いでもない相手に、
「さっきからなんでこっちを見ているんですか?」
と、いきなり尋ねるのは気が引ける。
とりあえず何をするにしても当初の目的の通り昼飯にありついてからにしよう、ということで三人の意見は一致して、学食の一角にそれぞれのメニューを持って集合する。
「で、何したんだ? 正直に言えよ」
「いや、本当に分からないんだって」
先に戻っていた佐藤に改めて問われるがそう答えるしかない。
実際、俺自身が話題になるようなことは何もしていないはずだから。
だがその答えは別の列に並んでいた串間が席に戻ってきたことで判明する。
「伊佐木。お前、ダンジョン配信者になったんだって?」
その言葉に思わずギョッとしてしまう。
(どうしてそれが? カメラの機能で隠していたはずなのに、どこから洩れたんだ?)
呪怨ダンジョンに入った後に神サイトにアップロードされた映像はちゃんと確認してある。
そこに映っていたのは間違いなく俺ではなく、金髪の白人男性だった。
「……なんでそんな話になってるんだ?」
思わぬ言葉に肯定も否定も出来ずにそんな返答しかできなかった。
だがその答えは俺の予想とは全く違ったものだった。
「ほら、これ」
「……なんだこりゃ!?」
串間が見せてきたスマホには、スライムダンジョンでグリーンスライムと死闘を繰り広げる俺の映像が流れていた。
「周りに耳をそばだててたら聞こえてきてさ。どうやらこの動画がちょっとした話題になってるらしいぞ。それで神サイトを見てる奴らがお前じゃないかって感じになってるらしい」
「ああ、そういうことか」
内心でホッとする。どうやら危惧していたことが起こった訳ではなかったようで。
確かにスライムダンジョンでもダンジョンカメラは撮影していたし、その映像は神サイトで流れていたことだろう。
それでも新米配信者の戦いの一場面などネットの海に沈むだけだと予想して、ある意味で高を括っていたのだが、どうやらそんなことはなかったようだ。
もっとも話題のなり方に関してはかなり酷いものだったが。
武器などの事前準備もなくダンジョンに挑んで、雑魚のグリーンスライムに苦戦する素人。それをバカにするコメントがほとんどだし。
「これ、伊佐木だよ。本当にダンジョン配信者になったのかよ、お前」
「いや、これは思いつきで試しに潜ってみただけだよ。その結果がこのざまで、直ぐにその日は諦めて帰ったし」
「なーんだ、つまんねえの。お前が有名なダンジョン配信者になる前にサインでももらおうかと思ったのにさあ」
「それ、価値が上がったら売る気だろ?」
「お、バレたか」
本当のことは言わずに誤魔化した俺の言葉を友人二人は素直に信じている。
だがそれでも俺は警戒を強めていた。
(こちらの想像以上に、神サイトは世間に浸透してるってことだな。まさかこんな映像すら見つかって、話題になるなんて)
しかもそれが僅かだとしても、大学という俺の周囲にまで影響を及ぼす始末。
その影響力を考えれば、今後も迂闊な行動は厳禁だ。
(警戒は幾らしてもし足りないくらいに思って、誰にもこのことは話せないな)
このことから察するに、友人や家族でも下手に話せばそこから情報が洩れていく可能性がある。
どうやら改めて気を引き締めて隠蔽を徹底しなければならないだろう。
その後、名前も知らない学生からその映像が原因で何度か声を掛けられる度に、俺は肝心な情報は徹底的に隠し切らなければならないと改めて思わされるのだった。
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