第9話 幕間 モーフィアスの思惑

 呪殺されるということは精神を蝕まれることに等しい。


 それはある種の拷問のようなものだ。

 しかもダンジョンでは、最低限の命の保証がされる。


 実はそれには肉体が死を迎えることの他にも、精神が壊れることを防ぐ効果も隠されていたのだ。


 もっともその事実は、まだ誰も気付かれていていないようだが。


 つまり彼はどれほど辛くとも精神的に壊れることもできずに、その苦痛を正面から受け止めることになるのだ。


 代わりに精神が壊れることがない利点を代償として。


(初日は四回か。まあよく保った方だね)


 常人なら一度で心が折れてもおかしくない苦痛に対して、三回も追加で挑戦したのだから初日としては十分過ぎるだろう。


 外野はそんな事実を知らないから勝手なことをコメントしていられるが、実際に味わったら誰もそんなことを言えなくなるのは間違いない。


「けれどこれで呪殺ボーナスが発動する」


 特級スキルの呪殺ボーナスの効果。


 表向きは呪殺などの呪い系統の状態異常が成功し易くなり、それが成功した場合にステータス全体にプラス補正が働くというものだ。


 これは今の彼、新米ダンジョン配信者となった伊佐木 天架には無用の長物。


 なにせ彼は何のスキルも持っていないので、呪いの状態異常を発生させることそのものが不可能だからだ。


 だから今回のことで必要となるのは、この特級スキルに隠されたもう一つの効果の方だ。


 といってもそれは単純なもので、実はこのスキルを所有している際に呪い系統の状態異常を受けた際もステータスにプラス補正が発生するというもの。


 呪怨ダンジョンでは、入口付近以外では常に呪いが発生する空間が形成されており、耐性が低い者が迂闊に侵入しようものなら瞬く間に呪い殺されるのは見ての通り。


(だがその度に彼のステータスは特級スキルによって強化されていく)


 その数値は僅かなものでしかない。


 けれど徐々に、そして確実に。

 回数をこなせばこなすほどに上昇していく。


 しかも今回の場合はボーナス超強化という、もう一つの特級スキルもある。


 こちらはボーナス系のスキルの効果を最大2倍まで高めるというもの。


 だから今の彼は呪殺されればされるほど、通常の倍の速度でステータスが強化されていく状態だった。


「レベルが低い内は死んでも失うのはDPだけ。ステータス低下系のペナルティが発生するのはレベル30を超えてからだから、実質彼は何も失うことなく恩恵だけ受けられるということだね」


 それが楽だなんて言うつもりは決してない。


 なにせレベルが低いのでステータスも十分とは程遠く、耐性のない状態で呪われて殺されることは大きな苦痛を伴うだろう。


 しかもステータスが上昇するにつれて即死できなくなるので、苦しみの時間は長くなっていくのだ。


 普通の精神力ではそれに耐えられずに諦める。

 だが家族思いの彼ならばきっと耐えられるはず。


 なにせそういう人物だからこそ、今回の協力対象として選出されたのだから。


(他の候補も多かれ少なかれ、同じような地獄を潜り抜けてくるはず。まだまだ先の事だろうけど、その彼らがぶつかり合うようなことがあれば、非常に面白い事態になるかもしれないな)


 運営に選ばれたのは彼だけではない。


 世界中から候補者は選別されて、それぞれに適した方法での試練を受けているはずだった。


 その内の何人が試練を超えられるか。それは神サイトの運営であるモーフィアスであっても分からない。


(千変万化が本格的に役立つのは試練を乗り越えた後だから今は出番がないとして、他の特級スキルを取る奴はいないのかな? 今のところその動きはないみたいだけど)


 特級ダンジョンに人類初の挑戦をすること以外にも大量のDPを稼ぐ方法はある。


 だからそれらの方法を利用して、彼と同じように特級スキルを取らせるように動く奴もいると思うのだが。


「まあいいさ。楽しみはこれからなんだからね」


 モーフィアスたち運営にとっても、今回は大掛かりな仕事なのだ。


 それこそ人間風に言うなら自分が所属する会社の明暗をかけた、とっておきの一大プロジェクトと称してもいいくらいに。


 失敗するなど許されないし、なによりもつまらない結果で終わるのが最悪。


 仮にコケるにしても、それなら盛大にコケて失敗した理由を明らかになる方が運営的にも断然マシだ。


 勿論成功するに越したことはないが。


「それも結局は彼ら次第なところがあるしね。我々が手を出せる範囲は限られているのだから」


 現実世界への干渉が認められていない以上、モーフィアスを始めとした運営に所属する存在に出来ることなど高が知れている。


 それこそ今回の試練を彼が無事に乗り越えたのなら、もうほとんど何もできないかもしれない。


「まあでも、それはそれで一興か」


 この先に何が待っているのか。


 全く分からないその未来を楽しみにしながら、モーフィアスは深い眠りにつく伊佐木 天架が目覚めるのを待つのだった。

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