第16話 話題沸騰の男

 昨日と同じようにスライムダンジョンに入る。


 ダンジョンに入る方法は簡単だ。一度でも触れたことにあるモノリスなら直接触れていなくても、一定の範囲内でダンジョンに入ると念じればいいだけなので。


 だから昨日と同じように適当なモノリス近くからスライムダンジョンへと入ったのだが、


(人の数が大違いだな)


 ロビーには昨日とは比べ物にならない人が溢れかえっていた。


 人の流れが多いことで係員によって誘導が行なわれているモノリス周辺ですら明らかに人が多かった。その誘導がない中はもっと酷くて当然のことだろう。


 そしてわざわざ耳を澄まさなくても聞こえてくる内容は決まっていた。


「ねえ、あのアルバートって外国人、いつ来るかな」

「時間までは指定されてなかったからなあ。でもどうにか接点を持ってコラボしてもらえれば、俺達もその人気にあやかれるかもしれないんだ。気長に待つしかないだろ。それにそうじゃなくても実物を見てみたいし」

「それにしても何者なんだろうね? 急に現れてあんな意味不明な活躍するなんて」

「そういやどっかの国の諜報員とかネットでは書かれてたな」

「えー諜報員って目立っていいの?」

「ダメなんじゃね? 知らんけど」


 謎の新人ダンジョン配信者であるアルバート。


 それについて皆が至る所で勝手な推理や推測、あるいは願望を口にしている。


 たった一つの配信映像だけなのにとんでもない注目を集めているのは疑いようがないだろう。


(変装してなかったらこれら全てが俺に向けられてたのか。ゾッとするな)


 そんなことを考えながらロビーに併設されているロッカールームに入る。


 するとそれぞれの個室の空間にワープして、そこでダンジョン配信の準備を色々と整えられるようになっていた。


 以前のロッカールームは個室ではなかったらしいのだが、準備している配信者同士が揉め事を起こすことがあったそうで、そこからは各々が自動的に個室へとワープされる形にされたらしい。


 そのおかげもあって俺は周りの目を気にせず準備に勤しめるので、揉め事を起こしてくれた奴らには感謝するしかない。


「さてと、千変万化を発動っと」


 特級スキルの千変万化。

 その効果は簡単に言ってしまえば変身能力だ。


 外見上の特徴を人間の枠を超えない限りは好きにいじることができる。


 その気になれば性別を変えることも可能な正体を隠すという点では非常に有用なスキルだ。


 ただしこのスキルではダンジョンカメラを騙すことはできないので、その点だけは注意が必要だ。


 また変装を見破るスキルがない訳でもないので、万能と高を括ると痛い目をみるだろう。


 もっともモーフィアス曰く、他の特級スキルがない現状ではバレる可能性は万に一つのレベルだとか。


 基本的に異なるスキル同士の効果が争った場合、級が高いスキルの効果が優先される。


 だから上級スキルまでなら俺の変装を見破ることは不可能ということだった。


 そうして昨日と同じように架空のアルバートという男の姿に変身する。


 筋骨隆々な肉体に合わせるように声を低くしてあり、身長体重どころか人種すら元の自分とは大きく違う状態となったのだ。


 これでアルバートが俺であることを分かる人はいないはず。


「ふう……よし、行くか」


 ここからは前と同じとはいかない。


 全く注目を集めていなかった昨日はここから外に出ても誰も注目せず、何も問題なくダンジョンに入ることが可能だった。


 だけどこの注目の集め具合だと、どう考えてもそうはいかない。


 外に出たらまず間違いなく人が殺到することだろう。


 それこそ見世物のように。


(それも目的を達成するためには必要なら我慢するさ)


 その上で完璧に演じ切ってやろうではないか。


 謎の外国人、アルバートという男を。


 そうしてアルバートとなった状態で俺はロッカールームから退出する。


「……!」


 ロビーに出た瞬間、周囲の視線が全てこちらに向けられたのを肌で感じる。


 いや、向けられたなんてレベルではない。


 それこそ殺到しているという言葉が相応しいだろう。


 そのくらい見なくても分かるレベルで注目を集めているのが嫌でも分かる。


(ただの視線のはずなのに圧力が半端ないな)


 正直に言うなら怖い。自分の一挙手一投足が見られているのがヒシヒシと伝わってくるのだ。


 何も悪いことはしていないのに、後ろめたいことをしているような感覚がつき纏ってくる。


 だけどそれでも止まる訳にはいかない理由が俺にあるのだ。

 だから怖くても突き進むしかない。


 そう覚悟を決めてダンジョンの入口へと歩き出す。


 それに合わせたかのように周囲の騒々しさも増していった。


「おい、あれって!」

「え、本物?」


 段々とその騒めきが広がっていく。


 それによってロッカールームと離れた場所にいた人も、この事態に気付き始めていた。


 俺がその気になれば、このまま話しかけられる前にダンジョン内に駆け込むことはできる。


 だけど今後のこと考えて、俺はあえてそうはしない。


「へ、ヘイ!」


 その結果、途中で声を掛けられることになる。


 だがそれに対しても俺は無視したりしない。


「ハロー! えっと、マイネームイズ」

「ああ、日本語で大丈夫ですよ。それで私に何か用ですか?」


 見知らぬ男が拙い英悟で自己紹介をしようとしたのを制止して日本語で話しかける。


 生憎を中身は日本人なので英語で話しかけられても困るのだ。


「あの、あなたはアルバートさんですよね? あの例のチャンネルの!」

「例のチャンネルとやらが私のものか確証はないですが、それが昨日このダンジョンのタイムアタックを配信したチャンネルをさしているのなら私であっていますよ」


 その言葉に周囲がからオオッというどよめきが起こる。


「えっと、もしよければなんですけど、一緒にダンジョン配信をしてもらったりすることってできませんか?」


 それはかなり図々しいお願いだった。


 全く面識のない相手に対して、話題性を利用したいから仲良くしたいと言っているようなものなので。


(仲良くしてください、とかオブラートに包むこともしないんだからな)


 だから素気無く対応しても、こちらになんら非はなかっただろう。


「申し訳ない。しばらくは一人で活動する予定なんです。色々と騒がれているので、下手に他の人と活動すると面倒事が起きてしまいそうですから」


 だけど俺はそうはせず、ちゃんと答えを返しておく。


 その返答を聞いて、周り奴らも残念そうにして諦めた様子だった。


 ここまで全員の聞き訳が良いのは、下手に強制や強要をすると規約違反としてBAN対象となるからだ。


 現実世界で他の配信者に対する脅しのようなことをして実際にそれでBANされた奴がおり、それが神サイト上で晒し者になったことがあるのも大きいだろう。


 その脅した奴は隠していた名前や住所なども運営によって明らかにされて、非常に痛い目をみたそうだし。


「ああ、そうそう。もし私について興味があるのならですが、近々配信で色々と話す機会を設ける予定です。その際に視聴者からの質問にも答えるつもりなので、良ければそれを見てください。どうやって強くなったのかについても多少は触れる予定ですよ」


 残念がる周囲に対して、ここぞとばかりに露骨な宣伝をしておく。


(これで嫌でも俺の動画を見る奴が増えるだろうからな)


 強さの秘密を全て明らかにするとは彼らも思わないだろう。


 でも少しでも情報を集めるために、そこで質問すればあるいは……と考える奴もいるに違いない。


 そういう奴がいればいるほど、俺の動画や配信の視聴数は増えることになる。


 つまりDPをより多く稼げるようになる訳だ。


(あとで配信でも宣伝しないとな)


 視聴者にはそれで十分伝わるだろうし、これだけ多くの配信者がいる場で宣伝したのだから、同業者にもこの情報はあっという間に流れていくことだろう。


 露骨な誘導で反感を持たれたとしても気にしない。


 規約に反していない限りはBANの心配はないし、俺には大量のDPを稼ぐ必要があるのだから。


 そうして今日も下級スライムダンジョンのレコードを更新してみせて、昨日の配信が偶然などではないことを証明してみせるのだった。

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