第21話 低級ダンジョン攻略と救助
欲を言えばもっと時間を掛けて力をコントロールできるようになっておきたい。
だが期日が迫っている以上、のんびりとしている暇がないもまた事実。
だから俺はある程度までの段階まで進んだところで、遂に低級ダンジョンを攻略することにした。
選んだのはかつてグリーンスライムとの死闘を演じたスライムダンジョンである。
タイムアタックと違って周りには他のダンジョン配信者がいる。
大学の講義が始まる前、人が少ない早朝の時間を選んだのだが、それでも無人とはいかない。
(今は他の配信者と関わり合いになりたくないし、さっさと進んでしまおう)
そうしてスライムダンジョンに入った俺が進むことしばらく、ある意味で懐かしい相手との再会を果たした。
その敵の名前はグリーンスライム。かつての俺と死闘を演じた魔物である。
その宿敵との戦いだが、
「こうなるわな」
一瞬で終わった。
タイムアタックでも走るついでに轢き潰していた相手なのだ。至極当然の結果でしかない。
その後も最弱のスライムであるブルースライムや、炎を纏って突撃してくることがあるレッドスライムなどと遭遇するが、どの魔物もスキルや武器を使う必要もなく拳の一撃で沈める。
(状態異常を使ってくる敵もいないから
軽身だけは身軽になるということで効果は発揮しているだろうが、高まったステータスだけでも十分過ぎる現状では意味があるのかと聞かれると微妙なところではある。
つまり現状ではスキルなどなくても楽勝ということだった。
(まあそんなことはタイムアタックで分かっていたけどな)
タイムアタックの際に潜るダンジョンは通常のダンジョンから若干変化が加えられることがある。
先に進むためのルートが複数用意されたり、あるいはショートカットができたりなどタイムアタックする際に活用できるものとかだ。
だが出現する魔物の強さは変わらず、そこでスライム相手に無双できていたら他でも同じことは可能になる訳だ。
(この分だと下級ダンジョン攻略は簡単そうだな)
たまに他のダンジョン配信者を見かけても、関わらないように離れれば特に問題も起こらない。
あちらからは関わりたい気配をビンビン感じても、露骨にこちらに接触してそれが他の配信者の妨害行為と運営に判断されればBANされる可能性があるからだ。
そんなこんなで順調にダンジョン攻略は進んでいき、呆気ないくらいに簡単にボス部屋がある階層まで来た時だった。
「きゃああああああ!」
女性の悲鳴と思われる声が聞こえてきたのは。
本来なら他の配信者と関わらないように避けるべきなのだが、万が一何かあったらと思ってとりあえず声がした方に急ぐ。
(問題なかったらその時は改めて離れればいいだろ)
そう思って角を曲がって見た光景は、見たことのない黒いスライムに女性配信者が襲われている光景だった。
黒いスライムはその柔らかい身体を変化させて幾つもの触手のようにして女性の四肢を拘束している。
その触手に持ち上げられている女性は必死に藻掻いているようだが、触手はビクともせずに揺るがない。
(さてと、どうするか?)
別にここで彼女を助ける義理はない。彼女が倒されても多少のペナルティが発生するだけで本当に死ぬ訳ではないのだから。
だけどこのまま逃げたら、その映像はダンジョンカメラを通じて多くの視聴者に見られることだろう。
そうなった際に謎の男アルバートの圧倒的な強さというブランドに傷がつくのは避けられないに違いない。
だとすれば答えは一つ。どうせやらなければならないのなら、こちらにとっても利益になるようにすればいいのだ。
「今、助けます!」
精一杯爽やかな感じを出しつつ女性とその彼女を拘束する黒いスライムに近寄って、
(いや、待て。ここは盛り上がり的にスライムをすぐに倒すよりも……)
当初狙いを定めていたスライム本体ではなく、あえて彼女を拘束している触手の方に剣で斬撃を放つ。
何のスキルも使用しないステータス任せの斬撃だったが、それでもこれまでビクともしていなかった触手を破壊してみせた。
そうなると当然、宙に浮いていた女性は支えを失って地面に落下する。
このままでは彼女は地面に背中から叩きつけられるように落下するだろう。
だがそれを俺がそのままにするなんてことはしない。
なにせこんなに美味しいシチュエーションはそうそうないだろうから。
「大丈夫ですか?」
「あ、ありがとうございます。って、嘘!?」
俺は地面に叩きつけられる彼女をあえてギリギリのところでキャッチしてみせる。
そこでようやくこちらの顔を見て、俺が誰だか理解したらしい彼女は驚愕の声を上げた。
どうやらアルバートという男の存在は彼女みたいな他のダンジョン配信者にまで知れ渡っているらしい。
こちらの狙い通りに。
「すぐに片づけるので離れていてください」
触手を斬られた黒いスライムはそれで戦意を失うなんてことはなく、むしろより一層敵意を増したように見える。
斬られた触手もすぐに再生しているので、新たな攻撃が来るのも時間の問題だろう。
それを彼女も察したのか慌てた様子でその場を離れてくれる。自分が邪魔にしかならないと分かっているようでなによりだ。
それからすぐに黒いスライムは復活した触手をこちらに伸ばして叩きつけるように攻撃を仕掛けてきた。
何本も殺到してくるそれを俺は余裕を持って剣で斬り裂いて捌いてみせる。
(……あれ? こいつ下級ダンジョンに出る割には強くねえか?)
100を超えるステータスのおかげでその想像以上の威力を誇る触手攻撃でも余裕を持って捌けるのだが、それでも伝わってくる衝撃が尋常ではない気がするのだが。
少なくともスライムダンジョンのボスであるキングスライムよりもずっと強いのは間違いない。
(何でこんなボスよりも強い魔物が普通に出現してるんだ?)
その答えは分からないが、何だろうと倒す以外に選択肢はない。
やられて保有DPを削られるペナルティをもらうなんて御免だし、なによりアルバートという男の神秘性とブランドを保つためにも勝つしかないのだから。
「ふう、そろそろ決めるか」
差し向けられた触手は全て処理したことで、またしても黒いスライムは触手を回復させようとしている。その隙を逃す手はない。
俺は足に力を込めて一気に前へと踏み出す。
そしてダンジョンカメラ以外では捉えられないような速度で黒いスライムンに接近を果たすと、その無防備な状態の敵へと横薙ぎの斬撃を放った。
(おいおい、マジか)
その驚きは攻撃を失敗したという訳ではない。
攻撃はしっかりと敵の身体を切り裂いている。だがなんとボスであるキングスライムですら沈めるだけの一撃を受けても、黒いスライムはまだ生きていたのだ。
斬撃自体はまともに受けているのでかなりのダメージを負っているだろうが、それでもまだ諦めずに回復した触手でこちらに攻撃を仕掛けようとしている。
そのしぶとさはどう考えても下級ダンジョンの魔物ではなかった。
『
だとしても
俺は初めて魔物相手にスキルを発動して、MPを3消費して放たれたその斬撃は今度こそ黒いスライムに止めを刺す。
(なんだったんだ、こいつは?)
内心ではそう困惑していたが、それは表に出さないように余裕があるように振舞う。
「さてと、怪我はないですか?」
「え、はい! おかげさまで大丈夫です!」
突然こちらから声を掛けたられたことに驚いた様子の彼女だったが、どうやら本当に怪我などないようだ。
まあ仮にあっても回復スキルなど持っていない俺には何もできないのだけど。
「問題ないようなら私は先に行きますね。ボス戦を済ませてしまいたいので」
「あ、ありがとうございました! 応援してます!」
そんな応援を受けながら俺はその場を後にする。
視界の端で自分の配信のコメント欄が盛り上がっているのをしっかりと確認しながら。
(いやー有難いトラブルだったな。おかげで大盛況だし)
内心でそんな黒い考えを抱いていることなど欠片も見せず、俺はボスのキングスライムも倒してその日の配信を終える。
なおキングスライムは拳でも一撃で沈んだので、やはりあの黒いスライムは下級ダンジョンに出現する魔物にしては異常な耐久力を持っていると感じたのは間違いではなさそうだった。
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