第2話 神サイト運営からの接触

 気が付くと、そこは俺の部屋ではなかった。


「ここは、どこだ?」


 周囲には物は何もなく、殺風景な部屋の風景が目の前には広がっている。


 どこかの建物の一室の中なのだろうか。窓もないので外の様子も分からないし、背後を振り返っても出入りする扉は見当たらない。


「いや、確か俺はモノリスから出てきた手に引きずり込まれて……だとするとここはダンジョンの中なのか?」

「ここはモノリス内ではあるが、ダンジョンにはまだ入っていない。言うなれば、ダンジョンと現実世界の狭間の空間のような場所だよ」

「だ、誰だ!?」


 独り言に解答をもたらした声に咄嗟にそう誰何する。


 すると先ほどまでは誰もいなかったはずの場所に何者かが立っていた。


「手荒な招待ですまない。でもあのままこのモノリスとダンジョンのことを表沙汰にされると、色々と支障が出そうだったからね。その前にこうして話す場所を設けさせてもらったよ」

「……お前は誰なんだ?」


 真っ白な髪に金色の瞳。


 しかも身に着けた白い服から覗く肌は青色とその声の主の外見が異様なものだった。


 それこそダンジョン内に生息している魔物と言われれば信じてしまうほどに人間離れしている。


 だがその声の主の解答は俺の予想とは違っていた。


「ああ、自己紹介がまだだったね。私はこの世界の外からやってきて、君達の世界にダンジョンとそこと繋がる扉であるモノリスを齎した存在。もっと分かり易く言えば、神サイトの運営だから、ある種の神とでも名乗っておこうかな?」


 それはつまりダンジョンもこいつが管理しているということか。


 そんな得体のしれない超常の存在がどうして俺のことをこんな場に招待したのか、その目的が全く分からない


「まあ神と名乗ってはいても全知全能ではないからね。超常的な力も持つ理解不能な存在程度に思っていればいいよ。だからそう警戒しないで、私の話を聞いてほしい。なにせこの話は君にとってもメリットのある提案があるのだからね」

「……ちなみにそれを聞かないで帰るって言ったら?」

「どうしてもと言うのなら帰る扉を開くよ。だけどその場合は、君の部屋のモノリスも消えてメリットのある提案というのもなしとなるけどね」


 正直迷った。


 こんな訳の分からない相手と関わり合いになるのは危険ではないかと。


 下手に話を聞いて、そうなった以上は逃がさないとなる前に逃げるべきではないかとも考えた。


 だが結論から言えば、俺は興味を抑えきれなかった。


 このダンジョンを創った神と名乗る相手は何なのか、そしてそんな存在がどうして自分に会いにきたのか。


 そしてメリットのある提案という言葉が、どうしても気になってしまったのだ。


「話を聞いて提案を飲まないって選択もありなのか?」

「勿論だよ。選択の自由は保障するし、断っても危害は加えないと約束しよう。だから話だけでも聞いてくれないかな?」

「……分かった。なら話を聞いてから判断する」


 この選択をしたことで、俺の運命とやらがあるとしたら、その大まかな行き先が決定したようなものだった。


 それが良かったのか悪かったのかは分からない。


 だが確実に、普通とは程遠い上に困難と刺激に満ちた道を歩み始めたのだった。





 何もない殺風景だった部屋に高級そうな椅子とテーブルがあり、俺はそれに座って神と名乗った存在と相対している。


 この椅子などは神とやらが手を振っただけで、どこからともなく現れたのだ。


「それであんた……神様? は俺に何の用があるんだ?」

「神だと呼び難いのなら、そうだな……モーフィアスとでも呼んでくれたまえ。それで早速提案の内容だけど、君にダンジョン配信者になってもらいたいんだ」

「ダンジョン配信者って神サイトでダンジョン攻略とかを配信してる、あの?」

「その通り。と言っても今のレベルの低いものではなく、もっと刺激的で面白い内容にしてもらう予定だけどね」


 意味が分からない。どうしてそんなことのために神のような存在が接触してくるのだ。


 しかもただの大学生で配信などしたこともない俺に対して。もっと他に適任など幾らでもいるだろうに。


 そんなこちらの思いを見透かしたのか、モーフィアスは苦笑いを浮かべている。


「こちらにも色々と理由があるのだよ。その全てを話すことは出来ないけれど、それでもある程度のことは説明しておこうか。でないと君も納得できないだろうしね」


 そう言ったモーフィアスが手を振ると、何もなかった俺の目の前に半透明の画面のようなものが表示される。


 そこには世界地図と、点在している光点が記載されていた。


 光点は半分ほどが赤色で、もう半分が青となっている。

 いやよく見れば、若干赤い方が半分よりも多いかもしれない。


「これは?」

「赤い光点が発見されておらず、起動すらしていないモノリス。青いのが起動しているモノリスだよ。ちなみに拡大できるから君の家を見てみるといい。赤いモノリスが表示されているから」


 言われた通りタッチパネルを操作するようにして拡大すると、確かに俺の家の場所に赤い光点が存在していた。


 それだけでなく意外と近くにもモノリスが幾つかあるみたいだ。


(まさかこんな身近にもモノリスが存在していたなんて)


 ダンジョンなどネットなどでしか見たことがないし、存在していたとしても時分とは関係ない、どこか遠い世界の話だと思っていた。


 だがこうして身近にあると分かると、そんな思いを持ち続けてはいられなかった。


「我々はダンジョンを創って、その入口となるモノリスも君達の世界に配置した。そしてわざわざ中の光景を撮影及び放送できるようにしたことから分かる通り、撮影や配信などを積極的に行なってもらいたいと考えている。だが初期に配置したダンジョンの半分も見つかっていないのが現状で、この状況は我々としては全く満足いかないものとなっているんだ」

「なるほど。それで?」

「それでも問題が起こる度に運営がしゃしゃり出るのは興覚めだろう? それに今後のことを考えても宜しくない。だからこの半年ほどは静観していたのだけれど、一向に状況の改善が見られなくてね。流石にテコ入れが必要だと我々も判断した次第だよ」


 そうは言っても、この半年で見つかったモノリスの数は徐々に増えているはず。

 それにダンジョン配信する人口も増加傾向にあったはずだ。


 でもこいつの口ぶりからしたら、その程度の進捗では満足できないものなのだろう。


「それに加えて、一部の国などがダンジョンに入るのに制限を掛けたり、ダンジョンの価値に気付いた輩の中には利益を独占しようと動き出したりする奴も現れてきてね。このままでは一部の特権階級によってダンジョンが独占される恐れすらある。それは我々としては望まない状況なんだ」

「それで俺に接触したと? 意味が分からないんだが。何をさせたいのか知らないけど、一般人の俺に出来ることなんて高が知れてるだろうに」

「その点に関しては大丈夫! 我々も慎重に候補は選んだからね。君の協力があれば、間違いなく状況の改善に繋がるよ」


 褒められているはずなのだが、全く嬉しくない。


 得体のしれないことに巻き込まれる予感しかしないし。


(やっぱり断ろう。そもそも大学生活だってあるんだ、ダンジョンに潜って配信するのに時間を割くつもりはない)


 そう思っての言葉を口に出そうとしたが、続くモーフィアスの発言に息を呑む。


「それに君としてもこの提案はメリットがあるんだよ。だってこうでもしないと、君の母親は半年もしないで確実に死亡するのだからね」

「……今、なんて言った?」

「だから末期癌の君の母親を助けるにはダンジョンで治療薬を手に入れて、それを現実世界に持ち帰るしかないんだよ。あ、しまった。まだその辺りのことは伝えてなかったっけ」


 失敗したな、と軽々しく呟くモーフィアスの様子にカッとなって、思わずその胸倉を掴みかかってしまう。


「お前、母さんに何をしやがった!」

「おっと、落ち着いて。驚かせて悪いけど、私は何もしていないよ。我々は現実世界に直接干渉することを禁止している。だから君の母親に何もできないんだ」

「……くそ!」


 母親があと半年で死ぬと、急に宣告されて落ち着いてなどいられるか。


(いや、そもそもこの話は本当なのか?)


 そうだ、こいつが俺を騙している可能性だってあるのだ。


 まずは事実の確認をしなければ。


「疑うなら、一旦現実に戻って確かめてくるかい? 病院で検査をすればすぐに判明すると思うよ」


 その言葉に素直に従うのは癪だったが、確かめない訳にはいかない。


 仮にこいつが本当のことを言っているのなら、手遅れになる前に動かなければ。


 俺はモーフィアスが用意した帰りの扉を潜ると、すぐに通話が切れた状態で床に落ちていたスマホを拾って、実家に電話を掛けた。


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