第7話 呪怨ダンジョンでの苦行と隠蔽工作
このままでは強くなるのにどれだけの時間が掛かるか分かったものではない。
それは俺に色々なことを協力させたいモーフィアスとっても、時間が限られている俺からしても決して望ましいことではない。
だからそれを解決する裏技、もとい荒業に出るとモーフィアスは言う。
「ここから地獄のような苦しみを味わいことになるけれど覚悟は良いね?」
「ああ、聞かれるまでもないさ」
向かう先は俺の部屋に存在しているモノリスから行ける特級ダンジョン。
その名も呪怨ダンジョンだ。
ただしこのまま何の対策もせずに呪怨ダンジョンで活動はしない。
何故ならこのまま呪怨ダンジョンで修業したら、その光景は神サイトで流れる。
そしていずれ多くの人が気付くだろう。
見たこともないダンジョンでアジア人の男が妙なことをしていると。
そうなればそこから日本人であることや、伊佐木 天架という都内に通う大学一年だとズルズルと発覚するのは必至。
その調査の手が迫られては困る。
少なくともこちらの準備が整うまでは。
だからこそモーフィアスは俺にカメラの機能を拡張させたのだ。
既に設定はスライムダンジョンで行なっておいたので、後はダンジョンに入るだけでその効果を発揮する。
「……これで本当に大丈夫なのか?」
そうして特級ダンジョンのモノリスへと入った俺だったが、自身の認識としては何の変化も感じられない。
だがそれも当然だった。
なにせモーフィアスが行なった第一の対策は、俺自身に対するものではなくカメラで撮られる映像に対してだからだ。
「大丈夫、アバター作成と言語翻訳の機能は問題なく働いているよ。今の神サイトで流れる映像には、君は筋肉質な肉体を持つ金髪碧眼の白人男性となっている上に、話す言葉は英語に自動的に翻訳されている。ああ、私の声はこのカメラでは拾えないからそこは気にしないでくれたまえ」
それは俺の言葉は拾うということでもある。
なので俺は下手なことは言わずに、頷くのみにしておいた。
俺が大量のポイントで買った特典はその二つ。
アバター作成は、カメラで映る際に自分自身のことを作成したアバターで上書きできるのだ。
つまり神サイト上では俺ではなく架空の白人男性が呪怨ダンジョンに潜っている様子が流れているはず。
もっともこれで誤魔化せるのは、あくまで神サイト上での映像のみ。
実際に俺のことを見た人は伊佐木 天架という日本人男性にしか見えないので、全ての人を騙せるという訳ではないが。
もう一つの言語翻訳もアバター作成と同様に、俺が話した言葉を任意で選択した言語に変換できるというもの。
勿論これも神サイト上だけで、実際に会った人は日本語を話しているようにしか聞こえない。
だが今はそれで問題なかった。
なにせこの呪怨ダンジョンには俺以外の人などいないのだから。
だからここで幾ら俺が修行に励んでも、神サイト上では巨躯の金髪外人が英語を話して何かしているようにしか表示されない。
これなら調査の手が延ばされても、その対象は日本人の俺には掠ることもない。
そうしてこのアルバートという偽名を付けた男が時間を稼いでいる間に、俺は目的を達成する。
そういう手筈だった。
「それと配信の方もちゃんとDPで作ったサブチャンネルのアルバートチャンネルで行なわれているよ。これで本チャンネルの方は見向きもされないだろうね」
配信や動画の対価として支払われるのが金銭なら、この偽装は何の意味もなさなかっただろう。
どんなに誤魔化しても金が俺の懐に入れば、その流れを辿れてしまうのだから。
だが神サイトで支払われるのはDP。
そしてその支払い方法はどこからともなく自動で行われる。
その流れを追うことは人間では無理だし、運営がそれらの情報を漏らすことも皆無。
なにせ運営の一人であるモーフィアスが断言するのだから、それは絶対だった。
こうして完璧な隠蔽工作が完了したら、作戦は次の段階に移行する。
(あとはこの呪怨ダンジョンに何度も潜ればいいんだよな)
その前に残りの10万ほどのDPは全て武器やアイテムなどを購入して、ほとんど空になっている。
これの行動が指し示すことはつまり、これから何度も死ぬということでもあった。
死ぬ度に保有ポイントが削られるなどバカらしいし、それならいっそ全て使い切ってしまった方が良いという判断だ。
「ふう……いくか」
それが分かった上で俺は呪怨ダンジョンへと足を踏み入れる。
そして入り口から少し先に進んだところで空気が変わって、次の瞬間に悟った。
(あ、死んだわ、これ)
ダンジョン内に充満する空気。それに触れた瞬間、自分が呪われたことを。
そしてその呪いによって、これまた一瞬で呪い殺されたことを。
「っげほ、げほ!」
気付けば俺はダンジョンの入口にあるモノリスの傍で横になっていた。
死んで戻ってきたのだ。
(これが呪いって奴なのか)
即死したので呪われていたのは一瞬だったが、それでも身体がガタガタと震えてくる。
まるで精神そのものに刃物を突き立てられたかのような、今までにない不快で息苦しいような感覚に心臓がキュッと締め付けられるようですらあった。
「なんだよ、これ。こんなのを何度も繰り返せってのか」
バカげている。こんな肉体ではなく精神に拷問を受けるような意味不明な思いをするのは一度でもコリゴリだ。
心の底からそう思う。
だけど、
「ふうー……これがあいつの言ってた地獄のような苦しみってことか」
俺には進まなければならない理由がある。
それを思えば、こんなところで止まってなどいられない。
震える肉体を心で叱咤して、また立ち上がるとダンジョンの入口へと歩いていく。
その先に足を踏み入れれば、また同じような目に遭うことが分かった上で。
「ああ、最悪だ。ちくしょう」
その日は四回、呪殺されたところで限界がきて、俺はその場を後にした。
これを暇がある限り繰り返すのだ。目的を達成できるようになるまでただ只管に。
「クソったれが」
この言葉をダンジョン内で発すれば、神サイト上ではファッ〇的な言葉に翻訳されているのだろうか。
そんなどうでもいいことを考えながら、俺は戻ってきた自室のベッドに倒れ込むと、すぐに泥のような眠りに落ちていくのだった。
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