15.お詫び
「特別な事なんて何もする必要ないわ。ただ私達と一緒にいればいいの」
今流れているセーマの噂について憤慨していたリュミエにも事情を話し、フローレンスに何をしたらいいかと問うと……フローレンスは噂を書き換える方法はそれだけでいいと言った。
交友を持ったからには言われずともそうするつもりだったが、それだけとは一体どういう事なのかと半信半疑ながらも翌日からフローレンスとリオンと行動を共にする事にした。
「リオンよ、覚えてるわよね?」
「ああ、平気な顔で俺に上級魔術撃ってきたやばい
「あれは本当に申し訳ないと思っているよ……一応、言い訳させてもらうと捕まえるだけで何かしようとは思っていなかったんだ」
「昨日も言ったけど、私がお願いしたの。だから悪いのは私……この子は許してあげて」
新緑のような髪色をした
フローレンスとは幼馴染らしく、入学するよりもずっと前からの付き合いらしい。
「私もセーマくんに庇って貰ったから何とも思ってないけど……」
「俺も事情は教えて貰ったからな。昨日までは警戒してたけどもう気にしてないが……競争してるわけでもないのにあのレベルを同級生に撃つのはやめたほうがいいぞ……」
「ああ、全くその通り過ぎてね……」
「でもリュミエ様を庇ったセーマはかっこよかったわよ? ね、リュミエ様?」
「う、うん」
自己紹介を終えてその日は昼休みも一緒に過ごす。
周りからの声は止まない。セーマが一人になるのを見計らって嫌がらせも行われた。
「あの、フローレンスさんはいいの? ランスター家の才女が落ちこぼれの私なんかと一緒に……公爵家と繋がりが持ちたいなら無理だよ? 『
「そんなに自分を卑下したらいけません。私なりの目的はありますが、公爵家との繋がりとかは正直どうでもいいと言いますか……それにお話してみたかったのは本当なのよ? リュミエ様はセーマの噂が広まってもセーマと一緒にいましたから」
「あの、様はちょっと……くすぐったい……かな」
「あらそう? じゃあリュミエでいいかしら。私もフローって呼んで」
翌日は食堂で食事をしたが、心無い陰口が少し減ったように思えた。
女子二人の会話を横目にセーマは周囲の生徒の顔を窺う。
嫌悪や侮蔑の声も当然まだある。だがそれ以上に感じ取れたのは戸惑いだった。こちらの様子を見ながらどこかその表情には困惑の色が見えた。
「五年より前の魔術が使えない……? の、呪いでも受けているのか?」
「いや呪いとかじゃない。精神的なものなんだろうけどなぁ……
「ああ、魔術を勉強しても使えないなんて拷問だよ……あ! だから僕の魔術を切り抜ける時あんな非効率で滅茶苦茶な魔術をわざわざ使っていたのか!」
「余計なお世話だこら」
「リオンは魔術のことになると一言多いのよね」
「あはは、リオンさんはそれだけ魔術が好きなんですね」
一週間もすれば授業の合間に教室でする四人の談笑が当たり前となった。
フローレンスが言った通り、セーマは特別な事は何もしていない。やっているのは学院に来て授業を受けて、授業が終わったら隣に座るリュミエや自分の所に来てくれるフローレンスとリオンと行動を共にした事だけ。
むしろ噂が広まる前よりも交友は広まって学院生活は豊かになったと言える。
本当にそんな日々を続けているだけで、一時は新しい尾ヒレを毎日付けながら広まっていった噂は徐々に聞かなくなっていき……セーマへ嫌がらせしていた生徒のほんの一部とはいえ噂を鵜呑みにした事を謝りに来る事態にまでなっていた。
「何をしたんだ?」
「ふふ、何が?」
フローレンスとリオンと行動を共にするようになって、一緒にリュミエのカウンセリングを中庭で待っている中、セーマは問う。
怪訝な表情を浮かべるセーマを見て、フローレンスは得意気に微笑む。
「昨日まで俺に舌打ちしていた奴が謝ってきたり、足を引っ掛けようとした奴がばつが悪そうに俺を気遣ったり……正直、噂が広まる前よりも過ごしやすくなって逆に気持ち悪いくらいだ。正直意味が分からない。どんな手を使ったんだ?」
「言ったでしょ? すぐに書き換えてあげるって、ね」
フローレンスは確かにそう言っていた。
結果はセーマにとっては半信半疑だったその言葉の通り、だがフローレンスが特別動いたようには思えなかった。何せこの一週間以上、フローレンスとリオンとほぼ一緒に過ごしていたので裏で何か動くような余裕は無かったはずなのだ。
途方に暮れていたセーマにとってはありがたいが謎は残る。それとも自分のような平民には思い付かないような利権でも動いたのだろうか。
「私達がやった事なんて簡単よ。ただセーマと一緒にいて、何か聞かれたらあなたの誤解を解いただけ」
「え?」
それだけで噂が消えるのなら苦労はしないのではないだろうか。
セーマが答えに納得していないのが丸わかりだったのかフローレンスは続ける。
「この学院に入れる生徒だもの、噂を勝手に大きくしてそれを鵜呑みにしてたのは愚かだけど、愚か者が愚かで在り続けるわけじゃないわ。大きかったのは三つ……元々一部の上位貴族はセーマについて静観していた状況があった事、ランスター家の代表としてすでに有名な私の存在、そしてあなたと一緒に居続けたリュミエよ」
そこまで言われてもセーマには話が見えない。
今まで過ごした環境が環境だけに、元々そういった事には疎いのだ。
「人は未知に恐怖する。あのアニーって子がきっかけで広まった噂を聞いた生徒達は監獄に送られた事がある謎の犯罪者のあなたと一緒に空間にいる事を恐がって、排斥するために攻撃をしていた。それが正しい、やるべき事だと思い込んでね」
「人は未知に恐怖する……それは、わかるな」
「……?」
どこか実感の籠ったセーマの相槌に首を傾げながらもフローレンスは続ける。
「けれど、薄々おかしい事に気付いていく。噂通りなら在籍するだけでも不名誉なはずのセーマに対して何故か動かない学院と上位貴族……落ちこぼれとはいえ公爵家の令嬢であるリュミエはあなたを友達として接し続けている。それはセーマへの疑念を完全に拭えるほどではなかったけれど、彼等の引っ掛かる要素として残り続けていた」
フローレンスは傍らに立つリオンと自分を指差した。
「私達はそこにさらに引っ掛かる要素を増やしただけ。悪い噂しか流れていないはずのセーマにリュミエだけでなく急成長しているランスター家の私や同じ伯爵家の
そして新しい話題を求めて私達にこう聞くのよ。何であの怪しい奴と一緒にいるのか? ってね」
「実際、セーマのいないところでかなりの数が聞いてきたよ」
「ふふ、流石にセーマの前で聞こうとするのは気まずかったんでしょうね」
フローレンスはその光景を思い出して不敵な笑みを浮かべる。
セーマもまさか自分の知らない所でそんな風になっていたとは予想がつかなかった。
「最初の一人が聞いてきてくれればこっちのものよ。未知の犯罪者だったセーマは実は冤罪で監獄に連れていかれた悲しい被害者だったっていうわかりやすい正体を私達が教えれば、後は自然と広がっていく。
情報元はやり手で有名な私フローレンス・ランスターとその幼馴染リオン……未知の犯罪者だと思っていたセーマがそんな人間ではないという事実が安心となって恐怖や疑念を吹き飛ばして、学院や上位貴族が動かなかった理由もリュミエが何故好意的なのかもぜーんぶ腑に落ちる。貴族は体裁が大事だし正義感を持った子だっているわ……今まで流れてた噂はくだらないと一蹴されて、一気に塗り変わったってわけ」
「隣人が犯罪者かもって思うより被害者って聞いたほうが安心するし信じたいからね。何よりフローが調べたのは事実だし。今までが今までだからそりゃ同情的になる人達も出てくるよ」
「フローレンスもリオンもそこまで考えてやってくれたのか……? 何で……?」
フローレンスはばつが悪そうに視線を泳がせてから目を伏せる。
そして助けを求めるようにリオンを見たかと思うと、リオンは微笑んで何かを促すようだった。
するとフローレンスは何か覚悟を決めたようにセーマのほうを向く。
「……森であなたを試したお詫び、よ。お友達になるというのに迷惑かけるばかりで言葉だけの謝罪じゃと思って……私こうして成果をあげるくらいしか、お詫びの仕方がわからないのよ……。その、受け取って、くれるかしら……?」
自己肯定感溢れる正直さとはまた違う、申し訳なさから出た素直な謝罪。
どうやって噂を書き換えたかを説明する時に感じたやり手の印象は今のフローレンスには全くなく、恐る恐るセーマの反応を窺うその姿は年相応の少女らしい人間味を見せていた。
どうやら仲良くなりたいと言うのは本音だったらしい、とセーマの肩の力が抜けた。
「ああ、確かに受け取ったよ。ちょっとでかすぎるお詫びな気もするけどな」
「き、気にしないで! 私にかかればこのくらいお手の物よ!」
セーマが柔らかい表情になるとフローレンスは嬉しそうに胸を張る。
普段の調子が戻ったようだがその表情は少し綻んでいた。
そんなフローレンスを見て、リオンはくすくすと笑う。
「よかった。セーマはこれで許してくれるかしら、てフローずっと気にしてたから」
「リオン!? 言わないでって言ったでしょう!?」
「昨日はちょっと馴れ馴れしかったかしら、とか……今日は話す回数が少なくて愛想が悪く思われたかしら、とか……リュミエとは仲良くなれたけどセーマにはまだ壁を感じるわ、とか……。この一週間、学院が終わった後に散々相談されてたんだ」
「やああ! 言ーわーなーいーで!! クールで完璧貴族の私の印象が台無しになるでしょう!?」
「いや、その印象は元々ないんだよな……」
本人の制止を無視してリオンは次々とフローレンスの最近を暴露して……カウンセリングから帰ってきたリュミエがどうしたのかと聞くとリオンがもう一度最初から暴露して、フローレンスは恥ずかしさからか顔を手で覆ってぷるぷる震える事しかできなくなっていた。
あとがき
読んで頂きありがとうございます。
とりあえず半分以上は来ました。応援よろしくお願いします。
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