4.中庭の相談

 数百年前、人間が他種族の持つ"神秘"を基に魔術を開発してほどなく魔術は全世界に浸透し、魔術を生業とする魔術師という存在が生まれた。

 それは魔術という人間の作り上げた技術の台頭によって現れるべき当然の存在であり、他種族もまた"神秘"とはまた別の技術として人間の魔術を基盤に独自の魔術を生み出していく事で魔術師は当たり前の存在となった。


 ……だがある日、そんな歴史の積み重ねの結晶である魔術師とは別の存在が現れた。

 "神秘"のような生物や土地の特性でもなく、魔術のような体系化された技術でもない――魔法という超常を行使する"魔法使い"である。

 竜が息吹ブレスを吹くのは当たり前。人が魔術を使うのは当たり前。

 だが魔法は不可能とされる現象を魔力によって引き起こす。

 魔術や"神秘"と違って詠唱と呼ばれる世界へ干渉する行程を必要とし、どれだけ調べても魔術化できず、魔法使い本人でなければ再現できない……全く別物である奇跡。特定の個体だけが至れる魔力現象の頂点。


 その超常の使い手を"魔法使い"と呼んだ。


 時折歴史の中に現れる"魔法使い"で現存しているのは三人しかおらず……魔術師を育成する教育機関であるシェオル王立魔法学院・・・・が魔術学院という名前でないのはそんな魔法使いが生まれるようにという願いからでもある。



「つまり、魔法みたいな意味わからないものと違って"神秘"である『竜の息吹ブレス』が撃てないのはそれ相応の理由があるって事だ」


 セーマがリュミエと同じ班になるのを約束した翌日、二人は中庭のベンチに座って同じ本を開きながらリュミエの抱える問題についてを話していた。

 来週末の実習は迷宮指定されているメルズ森林区域……低級の魔物が棲む場所だが、まだ未熟な魔術師の卵には間違いなく危険な場所だ。迷宮指定されている事から土地に根付く"神秘"もある。

 そんな場所で何をさせられるかはわからないが、どんな内容であれ協力して乗り切るためにも互いの現状については話し合わなければいけない。

 セーマにとっては当たり前にやるべきだと思った事だが、リュミエのほうは自分の問題に付き合わせてしまっているのが申し訳ないのか少しおどおどとしていた。


「う、うん、それはわかってるんだけど……」

「でもその理由がわからないから今日まで困ってるわけだ」

「うん、色々相談したりはしたんだけど全然改善しなくて……」

「相談?」

「私、小等部からこの学院にいるから色んな先生に相談してて……。有名になっちゃったのはそれもあるかも……。校長先生とか昨日実習の事話してくれたレイリーナ先生にも相談した事あるし、別の学院に行っちゃった先生とかにもね」

「あの先生レイリーナって言うんだ」

「えっと、初日にも自己紹介してたよ……?」

「……」


 セーマはこの学院に入ってから一週間、ひたすら魔術による罠を警戒していた。

 当然、教師の自己紹介など覚えてるはずもなく……自分が友人を作るのに困った理由が改めて自業自得である事に気付く。

 人間関係を作りたいのであれば他人にちゃんと興味を持とう。セーマは心の中でそう誓った。


「そ、そもそも生物の"神秘"は体質みたいなもんだから人間の俺達にはピンと来ないのもあるよな」

「自己紹介……聞いてなかったんだね……」


 種族の持つ"神秘"はその種にとっては当たり前でも他の種にとっては不明な点が多い。

 魔術のような後天的な技術ではなく、魔力で行う先天的な生物の機能であるためだ。

 人間に火を吐くにはどうすればいいか? などと相談した所で解決できるような答えが返ってくる事はないだろう。いわずもがな人間に火を吐ける機能などないのだから。


「ほらあれだ。カメレオンが舌めっちゃ伸びるのと一緒だろう?」

「あ、あの……例えられ方がちょっと……せめて色が変わるほうに……」

「"神秘"は魔力を使う体質みたいなもんだ。今のリュミエは舌を伸ばせないカメレオンってわけだな」

「スルーはひどいですセーマくん……」


 間違ってはいないがどこか釈然としない例えられ方にリュミエは不満を抱く。

 しかし隣で本をめくるセーマはそんなリュミエを気にする様子もない。セーマの中でリュミエは舌を伸ばせないカメレオン扱いになってしまったようだ。


「うーん、"神秘"について色々書いてはあるが、感覚はわからないな……」

「どっちも魔力を扱ってるから結果はほとんど同じに見えるし、過程が違うだけだもんね」

「だよな……術名を唱えなくていいってのがもう便利すぎるもんな」

「あ、でも、魔術みたいに属性はちゃんとあるよ?」

「ああ、竜族が強いってのがよくわかる。最初から二属性以上の『竜の息吹ブレス』があるんだもんな」


 魔術には属性が存在する。火、水、雷、地、風の基本属性に加えて浄化を得意とする光や呪詛を得意とする闇……他にも珍しい派生属性や属性の無い民間魔術などもある。優秀とされる魔術師でも扱える属性は大抵二つまでであるため、まずは一属性を極めるのが一般的とされている。

 "神秘"にも同じように属性があり、竜族は大抵の魔術師の限界である二属性を『竜の息吹ブレス』ですでにクリアできてしまうのだ。

 竜族の『竜の息吹ブレス』はそのものが浄化の力を持つ光属性であり、そこに使い手が何の竜かで二属性の組み合わせが決まる。

 火竜なら光と火、水竜なら光と水、と……そこに魔術師としての教育で別の属性を学べばあっという間に三属性を使い分けられる竜族の魔術師の誕生だ。

 竜族が人間の魔術を扱いにくいという欠点を加味してもお釣りがくる。


「最初から光属性持ちって……『竜の息吹ブレス』使えば呪いとかも一瞬って事だもんな。正面から戦わない搦め手を使ってくる魔術師に対して元から対抗策があるってのが便利過ぎる。人間は魔道具で和らげたり、光属性の魔術師に浄化して貰わないといけないから」

「そういうセーマくんは?」

「俺は闇属性だからリュミエが『竜の息吹ブレス』使えたら一発だな」

「しないよ! しません!」

「まぁ、どちらにせよ呪詛の魔術使えないから浄化されるまでもないんだけどな」

「そ、そうなの……?」

「何か呪詛は向いてないみたいでなぁ……向いてる魔術のが少ないだろって言われたらそりゃそうなんだけど……」


 セーマは困り顔で手を前に突き出す。


「『中断の黒幕アティヒマ』!」


 セーマが魔術を唱え、突き出した手の中に魔力が渦巻く。

 渦巻いた魔力は水滴のようになったかと思うと、ぽにゅん、と妙な音を立てながらその場に落ちて……小さく弾んでそのまま消えていった。


「ほら、魔力遊びにもならな……い?」


 やっぱり駄目だとセーマが隣を向くと、リュミエがぷるぷると体を震わせながら体を前に倒していた。


「ぽ、ぽにゅん、って……! ふふ、ふふふ! か、可愛い……!」

「だから言ったろ? 言っておくけど真面目にやったからな?」


 決して狙ったわけではないが先程まであったリュミエの申し訳なさそうな様子は無くなった。

 無邪気に笑うリュミエを見て、魔術の失敗も悪い事ばかりじゃないとセーマも釣られて笑った。


「ご、ごめんなさい……笑い過ぎたかも……。はぁ……おかしかった……」

「いや、ここまで笑って貰えたならある意味成功したようなもんだろう。あれはもう呪詛ではなくあの魔力の塊を出す魔術という事にしよう」

「あはは、セーマくんは前向きだね?」

「失敗なんて何かに繋がるなら儲けもんだろ?」

「ふふ、確かに……うん、確かに」


 リュミエにいい感じに硬さが無くなったのを見てセーマは話を戻す。

 本題はリュミエの『竜の息吹ブレス』が使えない理由についてだ。リュミエが長年悩んでいるというのにそんな都合のいい事が起こるとは思っていないが……万が一、実習までに『竜の息吹ブレス』が使えるようになればそれだけでリュミエのワンマンショーだ。


「ちなみに他の"神秘"は使えるのか? 竜族は"飛行"と"形態変化"があるよな?」

「うん、竜化も出来るし、その状態で空も飛べるの……人型でもちゃんと背中に翼もあるから本当に『竜の息吹ブレス』だけなんだ」

「背中に翼……? へぇ、知らなかった。人型でもあるもんなんだな」


 セーマはついリュミエの背中をじっと見る。

 シェオル王立魔法学院の制服はシャツの上から短めのローブを羽織り、男子はズボンを女子はスカート(ショート、ロング選択可)となっている。

 ローブがある都合上、少しは隠しやすいのかもしれないがど妙な膨らみがあるわけではなく、背中にあるらしい翼はしっかりと制服の中に収まっているようだった。

 セーマがじっと見ていると、リュミエは勢いよく背中を隠すようにこちらを向いた。


「せ、セーマくん……知り合ったばかりなのに、そうやって……そ、そんなえっちなのは駄目だよ……?」

「え!? そういうもんなのか!?」


 種族が違えば常識も違う。どうやら竜族にとって人型の時に翼を探ろうとするのは破廉恥な事らしく、リュミエは顔を真っ赤にしながら背中を隠し始めた。

 結局、リュミエの悩みは解決しなかったもののセーマは竜族の価値観に触れながらリュミエの出来る事を教えてもらい……自分もまたリュミエに出来る事を教えて二人は来週末の実習に向けて仲を深めていった。

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