3.落ちこぼれの竜族
「いや、本当に助かりました。自分ではどうしようもできない事態かとすら思い掛けていたからまさに救いの手でした」
「あの、普通にして大丈夫だよ? 同学年の仲間だし、一緒に演習に挑むわけだから……」
「そうか? それなら普通に話させてもらってもいいか?」
「うん、私もそのほうが嬉しいです」
セーマとリュミエの二人は教室を後にすると自己紹介がてら二人で中庭へと出た。
シェオル王立魔法学院は生徒数に比べて建物は大きく敷地は広い。学舎の裏手に出れば巨大な公園かと思うほどの中庭が広がっている。
手入れされた木々が並び、花壇の花々は美しく咲いていて中心部には見事な彫像が飾られる噴水まである。散歩するだけで半日は経ってしまいそうな場所だった。
「ならそうさせてもらう。改めてよろしくリュミエ」
「うん、えっと……」
「セーマだ。平民だから名字は無くて……平民でもいいんだよな?」
念のためとセーマは確認を取る。
この学院は魔術師を育てるための教育機関。学院に在籍する間は立場による差別、侮蔑は禁止されている。国益のために万が一でも優秀な魔術師を失う可能性があってはならないからだ。貴族も平民も対等な立場となり、優劣がつくのは腕前だけ。
……勿論、これは表向きはの話。どれだけ禁止されていても今まで生きてきた常識が突然変わる事はない。貴族の中には当たり前のように平民を侮蔑する者もいれば、平民もまた貴族というだけで目の敵にする者もいるのが現実だ。
階級だけでなく種族差でもこういったトラブルが起きる事もある。
「うん、この学院ではそういうの関係無いから」
「……そうだな、つまんない事聞いて悪かった」
リュミエの様子を見るにどうやらそんな心配はないようでセーマはほっとする。
ここで平民だったの? ちょっと考え直させてもらっていいかな? などとなってしまったらセーマの今日の予定は再びコミュニケーションについての本を一人で探しに行く事になっていただろう。つまりは振り出しだ。
「いや、学院に入ってから慣れない事ばかりで困っててな……本当に助かった。このまま一人で来週末を迎えると思っていたから……」
「そんな大袈裟な……」
「一人だったらどうなってた事やら……。教師に誰かセーマを同じ班に入れてやれ、とか言われたんだろうか……それとも入学早々退学だったんだろうか……。後者は最悪だが前者も言いようのない恐ろしさを感じる……!」
「か、考え過ぎちゃう人なんだねセーマくんは……あはは」
本当に深刻そうなセーマを見てリュミエが小さく笑う。
その笑顔を見て自分がちゃんと話せている事に自信を持つセーマ。
同年代の人間と話す空気はどこか穏やかに感じた。丁度この中庭の雰囲気のようだ。
「それで……リュミエは貴族なんだよな? 何で俺を誘ってくれたんだ?」
「え……?」
「ほら、貴族なら貴族の派閥やら繋がりとかあるだろう? それに、さっき自分は竜って言ってたよな? リュミエが"竜族"なんだとしたら他の人が放っておかないだろうに」
竜族は魔物を除いた数ある種族の中でもトップクラスの基礎能力を持つ種族だ。
人間が作り出した魔術の起源でもある"神秘"と呼ばれる力を複数扱える種族であり、人間の魔術開発にも多大な貢献をしてきた種族であるため人間社会に住む竜族は例外なく貴族となっている。
そんな竜族であるリュミエが一人で自分を誘ってくれた事にセーマは喜びはしたものの違和感は拭えなかった。
「そ、れは……」
「貴族同士で組むと練習にならないとかか? それとも指揮の練習したいから知らなそうな平民と組んだとかか?」
途端にリュミエの歩が鈍くなる。
言い淀むリュミエに気付く様子もなく、セーマは考えられるであろう理由をつらつらと挙げていった。リュミエの言う通りセーマは次々と考える性格のようで、浮かんだ考え次々に口にしていく。
「そんな、向上心がある理由ならよかったんだけど……」
「違うのか? ……あ、足手纏いっぽい俺と同じ班になってハンデにしたかったとかか? それでも全然――」
「ち、違うよ!!」
さらっと言うセーマの言葉をリュミエは力強く否定する。
自分が思ったよりも大きな声を出してしまった事に気付いてリュミエは俯く。
「そうだね……同じ班になるのに隠してるのも良くないから、言うね……」
「ああ、リュミエの様子を見たらもっと気になってきた」
リュミエはぎゅっと制服の裾を握りながら口を開く。
「私、ね……落ちこぼれなの……」
「落ちこぼれ?」
「うん、家では家族に教わったり、この学院にも小等部から通ってるのに……魔術も大してうまくならないし、未だに『竜の
竜が吐く火炎。
とある種族や魔物、そして土地が魔力によって引き起こす現象は"神秘"と呼ばれる。魔術とは違って術の名前を唱えなくても魔力を扱うだけで発生する魔力を使った現象であり……人族が開発した魔術はこの"神秘"を模した所から始まった。
竜族は特に多くの"神秘"を扱える種族であり、『
そういった話題に疎いセーマには深刻さはわからなかったが、リュミエの表情に落ちる影を見ると……彼女がどれだけ悩んでいるのかが伝わってきた。
「竜族は十歳にもなれば、使えるようになったりするけど……私は十五歳になっても全くできなくて……魔術の腕も大した事無いから、貴族の人達の間ではちょっと有名なんだ、竜族唯一の落ちこぼれって。
セーマくんが言う普通の竜族……私のお兄様やお母様みたいに優秀な人だったら、確かにみんな私と組みたいって思ってくれてたかもしれないけど……私みたいな落ちこぼれと組みたいって人いないの……だから、私と同じ一人みたいだったセーマくんを誘ったんだ……このままじゃ一人になっちゃうから、私の誘いを断らないような人を、誘った、だけなの」
「……」
「あはは……ご、ごめんね? 私と班を組むのが嫌だったら今からでも断ってくれて、いいからね?」
リュミエが強がりの笑顔を浮かべながら横を見ると、セーマは不思議そうな顔で首を傾げていた。
「セーマ、くん?」
「普通は出来る事を出来ないと落ちこぼれなのか?」
「え?」
セーマからの妙な問いにリュミエが頷く。
頷くのに少し抵抗はあったが、自分が落ちこぼれと呼ばれる理由は間違いなく普通出来る事が出来ないからだったから。
「なんだ……奇遇だな。じゃあ俺も落ちこぼれだ」
そんな事をさらっと言いながらセーマはリュミエに笑いかける。
「魔術の腕が大した事ないって……使えるだけ凄いじゃないか。俺なんか五年前より昔の魔術全部使えないぞ?」
「……え? え?」
突然のカミングアウトに動揺を隠せないリュミエ。
魔術の歴史は数百年を優に超える。当然、昨日今日出来た技術などではない。五年より前の魔術が使えないというのは魔術師にとってあまりに致命的な欠陥だった。
「そ、それって……汎用魔術のほとんどが使えないんじゃ……?」
「ああ、だから術式だけ参考にして自分で新しい術式を作り直さないといけないんだ。色んな魔術師が研ぎ澄ました汎用魔術を俺みたいなガキがわざわざ作り直すからほとんど劣化になる。全部作り直せるわけじゃなくて簡単なものしかできないしな」
それがどれほどの労力かはリュミエには想像もつかなかった。まるで時間を見たい時に時計をわざわざ分解して作り直すような。
自分と同じく、落ちこぼれと言われてもおかしくない欠点だが……セーマの表情に暗さはない。
「でももしかしたら来年になって急に使えるようになったりするかもしれないだろ? もしかしたら明日、長かったら数年後……今は使えなくても魔術は好きだから使えた時俺は滅茶苦茶喜ぶ自信がある。今出来ない事は未来で出来ない理由にはならない」
「……!」
「……と個人的には思いたい」
「ふふ」
自信があるのかないのかわからないセーマの口ぶりについリュミエは笑みを零す。
いつの間にか悩みを吐露していた時に浮かんでいた影は消えて、少女らしい明るさが戻っていた。
「どうだ? 俺と班を組むのが嫌だったら今からでも誘わなかった事にしてもいいぞ?」
先程のお返しのようにそう言いながらセーマは微笑む。
セーマが自分の事を励ましてくれているのが十分伝わってきて、リュミエは右手を差し出した。
「ううん、改めてよろしくセーマくん」
「ああ、よろしくリュミエ」
当然セーマはその右手を受け入れる。
セーマは無事、来週末の演習への参加……そして最重要事項だった人間関係の第一歩である友人を一人作る事ができたのだった。
「あぶない……ここで本当にやっぱなしでとか言われたら多分泣いてた……」
「そんな事言わないよ!?」
あとがき
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